第7話
藍色の空に包まれた景色のなかをライトをつけた車が次々向こうからやって来て、僕の横を行き過ぎていった。夕方六時の国道は帰宅する人たちが増える時間帯だからか交通量が多い。体を壁際に寄せ、もたれるように側頭部をガラス窓に密着させると、外を行き交う車のライトの光がより強く視界を覆った。
「お待たせー」
冬子がドリンクバーコーナーからコーヒーカップを二つ持って席に戻ってきた。その一つを僕の前に置いて彼女は向かい側の椅子に座った。コーヒーの香ばしい匂いが温かく薫った。体勢を直して冬子としっかり向き合うと、このファミレスに久しぶりに父さん以外の人と来たからか、様々な年代の人たちが談笑しながら食事をする店内のありふれた光景がどことなく新鮮に感じられた。
「定期テストの勉強は進んでる?」
冬子がこちらを向いて訊いた。
僕はコーヒーを啜りながら目を伏せて、瞼のあたりでその視線を受け止める。
「まだ二週間あるし、日々の授業はきっちりノートにまとめてあるから、来週ぐらいから本格的に始めるつもり」
「さすがだね。でも今回は負けないよ」
おどけた調子で彼女が言った。
「あんまり大口は叩かない方がいいんじゃない」
反射的にそれに応えて高飛車な態度を装って返した。不意に左の窓ガラスの方から伝わってくる外気が冷たく感じられた。
「季子ちゃんとの勉強はこれからも続けるの?」
冬子の声が少し強張った。
「あと一回教えてもらったら終わり」
「そうなんだ」
彼女の全身を覆っていた薄らとした緊張が解けて安堵するのがわかった。微かに口角が上向いたようにも見えた。
「じゃあ、テスト準備期間に入ったら、図書室か、学習センターの自習室で一緒に勉強しようよ。ハルに聞きたいところもあるし」
「いいよ。冬子と一緒に勉強するとなんだかんだいってはかどるしね」
彼女は目を輝かせ頬を紅くした。
僕は無意識に自分の口をついて出た体の良い言葉に辟易して、彼女から視線を逸らし、目の前にあったポーションミルクを一つ手に取ってコーヒーに注いだ。ミルクが焦茶色の液体の中に沈んでしばし濃く澱んだ。
冬子がよりいっそう嬉々とした調子で何かを話し始める声が聴こえた。
僕はその話に頷きながらも、今日の季子先生の振る舞いや言動が断続的に脳裏に浮かんで、その度に気持ちが塞いだ。一旦不穏な予感に焦点が合うと、それを裏付けるしぐさや表情ばかりが思い当たって、頭の中が埋め尽くされてしまう。
「ちょっと聞いてる?」
冬子が前のめりにこちらを覗き込んで言った。
「ごめん。定期テストのこと考えたら少し憂鬱になっちゃって」
彼女は一瞬怪訝な顔をしたが、僕が姿勢を正して彼女の方を真っすぐに見つめると、笑顔をみせ再び話し始めた。どうやら来年の受験のことや大学でやりたい勉強のことなどを話しているようだった。
僕は彼女の話に耳を傾けつつ、時折頭の中を覆う靄を振り払おうとちらちらと横を見やった。目の前で笑う彼女は可愛く、コーヒーは温かい。なのにどうしても闇を濃くしていく窓の外の空と、信号待ちで長い列をつくる車の群れにばかり視線が向いてしまうのだった。
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