第4話
教室に戻る足で昇降口に向かい、そのまま外に出て校庭に面して建っている二階建ての部室棟へと足を運んだ。写真部の部室の扉を開けると、同学年の六組所属で写真部部長の島崎徹(しまざきとおる)が部屋の奥の窓際に置かれたソファに仰向けに寝転がって素人の投稿写真を集めたエロ雑誌を読んでいた。
「おおハル。久しぶり。どうした?」
徹が雑誌を下ろして顔を出し、こちらを見て言った。
「自分の作品ファイルを持って帰ろうかと思って」
「ああ、それなら多分本棚の上から二番目の段にあるよ」
徹は上半身をわずかに起こして左の壁際に設置された本棚を指差してそう言い、またすぐに体をソファの座面に預けて雑誌に視線を戻した。
「徹は最近なに撮ってるの」
僕は本棚の前に移動し、上から二段目に収められた数十冊のクリアブックファイルを一つ一つ引き出して名前を確認しつつ訊いた。
「不倫」
「またそういうテーマかあ。ブレないねえ」
「だってそれしか撮るもんねえもん」
徹は家が高速道路のインターチェンジに近く、近辺にラブホテルが乱立しているため、中学生の時からずっと『高校生』『援助交際』『デリヘル』などと毎回テーマを設定しては、ラブホテルの前や時には中にある車庫のところに張り込んで半ば隠し撮りのような形でホテルに出入りするカップルを撮影し続けている。徹底した撮影スタイルと自分で現像や印刷まで行う作品の完成度は学校外からも高い評価を受けていて、今年の春には大手カメラメーカーが主催する公募展で史上初めて高校生で新人賞を獲得したほどだ。ある写真専門誌では『近代化によって地方都市の内部に抑圧された欲望のドグマの有り様を白日のもとに晒した傑作』などと称されていたが、本人は「評論家の人は大げさなんだよな。俺は自分ちの近所を撮影しただけだもん」などと言ってうそぶいていた。
「まあ正直撮ってる俺には、レンズの向こうの二人が『不倫』なのか『独身同士のカップル』なのかっていう本当のところはわからないんだけどな。でも『不倫』ていうラベルを貼った瞬間にそういう関係に見えてしまうっていうところまで含めて面白いと思うんだよ」
「さすが写真家の先生は考えてることが違いますな」
「茶化すなよ」
徹が投げたエロ雑誌が背中に軽く当たって、床に落ちた。振り返って見た雑誌の表紙には『不倫特集』という文字が赤字で印刷されていて、胸が微かに痛んだ。
僕は一人っ子で幼い時分に母親と二人で居る時間が長かったせいか、どうしても男同士でつるむことが苦手で、学校でも男だけでいることを苦手にしていたのだけれど、なぜか徹とは変な気遣いをせず自然と接することができた。写真を撮らなくなってからも写真部に籍を置き続けているのは、もしかしたらそういう理由もあるのかもしれない。
「あった」
僕が自分のファイルを発見して声を出したのとほぼ同時に、ガラス窓を細かい粒が連続して強く叩く音がした。
徹が素早く起き上がって窓を開け
「雨だ」
とつぶやいた。
横から窓を覗き込むと、確かに無数の細かい線が折り重なって地面に落ちていくのが見え、幾分ひんやりとした空気が肌を撫でた。さっきまで太陽がのぞいていたはずの空には濃い灰色の雲がおどろおどろしく渦を巻いている。校庭で活動していた運動部が校舎の方に引き上げてくるのが見え、悲鳴をあげながら走ってくる女子の集団のなかに、黒い髪から水を滴らせ顔をしかめる冬子の姿があった。
「マジかよー、きょう傘もってきてねーよ」
徹が窓をしめてぼやき、倒れこむように再びソファに横たわった。
僕はその姿を横目に見つつ、太もものあたりが震える感触があったので、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出しボタンを押した。
不意に風で窓ガラスが揺れた。雨粒が窓を叩く音が一段と激しくなる。スマートフォンの画面にはメッセージが届いたことを知らせるメッセージが表示されていた。
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