第33話 困った時は死霊に聞こう、再び
(スヴァルトの宝……?)
スヴァルトの伝説が残るこの地なら、あっても不思議ではなかった。グリューネにだって、アールヴが残した遺跡があるのだから。
疑問なのは、むしろ――。
「それが、具体的にどういう風に災厄を起こすと? 奇怪な音の正体は洞窟のせいなんだろう?」
アローが聞いていた噂話は、あくまで夜に地下から獣の吼えるような音や泣き叫ぶ声が聞こえるというものだった。そのどちらも洞窟で説明がつくのなら、わざわざグリューネから人を呼ぶ必要などない。実際、今に至るまで「音の怪異」は放置され続けてきた。
「本当のことを言うわけにはいきませんでしたので、便宜上、怪音のせいで舞踏会が危ぶまれるということにいたしました」
「なるほど。で、スヴァルトの宝とは? ごまかしはなしで頼む。僕は教会の代理人としてここに来ている。黒魔術師に見えるから言えません、はよしてくれ。僕は正確には黒魔術師ではないし、教会から頼まれてわざわざ国の端まで来たんだからな」
若干据わった目で念を押すアローに、リリエは少しだけ困ったように曖昧な笑みを見せた。
「見ていただいた方が早いかと思います。夜になるとわかりますので。それまではお部屋にご案内いたします。晩餐の前には叔父も時間がとれるかと思いますので」
「晩餐…………」
アローの目がさっきとは別の意味で据わった。そして横ではテオが黙ってそっと目をそらした。
「何か問題が?」
「い、いや……大丈夫だ。……あっ、だが、妹の、彼女の分は用意しなくて結構だ」
アローはあわてて首を振ると、ミステルの方を向く。
「彼女は魔術のために特殊な食事をしている。晩餐に同席しても大丈夫だが、食事と飲み物は自分で用意する」
「ええ。申し訳ないのですけど、お願いできますでしょうか。この国ではあまり知られておりませんが、私と契約する聖霊マリーツィアは大変な偏食なのです。ただ、約定を守れば多大なる力を貸してくれる聖霊ですので、聞き入れてくださるとうれしいです」
アローが適当にいったはったりに、ミステルが更に適当なことを重ねる。マリーツィアは、悪意の魔女と呼ばれる魔物。聖霊でもなんでもない。
適当と適当が重なると、意外に信憑性が増すのだろうか。それとも彼女の人柄が素直なのか。リリエはあっさりと信じて、「言っておきますね」と快諾した。
「夜、またお呼びいたします。その時に『スヴァルトの宝』をお見せしましょう。お部屋には侍女をつけますので、何かありましたらご用命を。ああ、それと……」
そこで彼女はぽん、と手を叩き。
「ドレスのご用意はありますか?」
「えっ?」
「はい?」
リリエの言葉に、ヒルダとミステルはそれぞれきょとんとして顔を見合わせる。
「せっかくですので、舞踏会に参加されていかれますよね。ドレス、お持ちでないのでしたらお選びします! オステンワルドは刺繍工芸が盛んなんですよ。素敵なドレスを見繕いますので。あ、もちろん殿方の衣装もお持ちしますよ!」
「えっ……いや、私は騎士としてここにきたので、舞踏会の時は警備を……」
「私も、その……貴族の身分ではない魔術師ですので」
「遠慮なさらなくても結構ですよ! 警備でしたらこの城のものがおりますし。舞踏会までに解決すれば、ふつうに楽しむこともできますから! 後で寸法を測りに使用人を向かわせますので」
「あ、あのー……」
ドレスの話になると急に熱がこもりだしたリリエを、ヒルダはひきつった顔で押し止める。
「仕事できていますので」
「あっ、すみません……私、ドレスを見繕うのが趣味なもので、つい。今からお部屋にご案内しますね」
リリエは頬を染めながらそそくさと立ち上がり、お付きの兵をせかすようにして部屋への案内を始める。アローたちも素直に従った。リリエが今、これ以上話すことがないというのなら、後は辺境伯本人か夜を待つしかない。
(舞踏会の話はちょっと唐突だったな。話題をそらしたかったのか天然なのか、微妙な線だ)
スヴァルトの宝がどういった種類のものかを確認しなければ、どうにも結論の出しようがなかった。
(そういえば、女中の話していた生贄のこともあったか。あれは眉唾だとは思っていたけれど)
たとえば、スヴァルトの宝とやらが人間の魂や肉体を対価として求めるものだった場合、生贄の話はあながち間違いではなかったことになる。スヴァルトの宝を暴走させないための対処として生贄を用意していた可能性はゼロではないからだ。
生贄が誰でもいいわけではないとしたら、生贄として求められた人間が死んでは困る立場の人間だった可能性が高い。もしかすると、リリエがその対象であるのかもしれない。
(まぁ、今のところは邪推でしかないな。結局、馬車を襲った犯人もわからないし……あれはリリエに言っておくべきなのか?)
馬車を襲ってきたのが辺境伯の縁者である可能性も一応考慮して、あの一件はあくまで野生のはぐれたリントヴルムのが襲ってきたということにしている。
部屋に向かう途中、テオが急に立ち止まって、窓の外をじっと見つめる。アローたちに用意された部屋は、日当たりを考慮してか城の表側だったので、窓のむこうにはオステンワルドの街並みが見下ろせた。
「どうかしたのか、テオ」
「んー、ちょっと気になることあったんですけど、多分気のせいですねー」
「気になること?」
「あー、いや、そのー……ほんとに気のせいです」
今まで散々いらないことをしゃべり倒していたテオらしからぬ言動に、一同はそろって妙な顔になったが、問い詰めるよりも早くリリエが立ち止まった。
「左側の部屋に男性の方、右側の部屋に女性の方用に整えてあります。個室でご用意してもよろしいのですが……」
「いえ、それには及びません。ありがとうございます」
ヒルダがさらりと断った。人間ですらないミステルと、まだ若く一人で置くには不安が残るテオがいる。今後の作戦を練る意味でも、個室でない方がありがたい。
「では夕刻、叔父の準備ができましたらお呼びいたします。夜のことは晩餐の後にまた改めて」
リリエはしずしずと去っていき――。
一行はひとまず男性側の部屋に集まることにした。
「色々と不可解なことだらけね」
「そもそもスヴァルトの宝を見ないことには」
「何かよくわからんけど、危なくなったら斬ればいいんだな?」
「すみません、俺怖いの嫌なんですけどー」
真面目に考えている女性陣に対し、男性陣の投げやりさが半端ない。
「ヒルダとミステルはともかく、ギルベルトとテオはもうちょっと真剣に考えろ」
「俺は護衛が仕事であって、頭使う仕事にゃむかねえよ」
「すみません、今までの流れですでにちんぷんかんぷんなので無理ですね!」
「得意げにいうところじゃない」
はぁ、とため息をついて、アローは部屋の窓辺からオステンワルドの街並みを見下ろした。
山肌にあるこの城を起点に、扇状に広がる街。窓にはバルコニーの類はなく、石の壁はすらりと地上まで伸びている。しかし、落下防止のための手すりはついていた。
(いざとなれば綱を作って下に降りられないこともないか)
万が一のための脱出経路は一応考える。ミステルは幽霊だし、この中で壁を伝って下に降りる芸当ができなさそうなのはテオくらいだ。一人なら魔法で何とかできないことはない。
「オステンワルドって国境近くの華やかな交易都市って印象だったんだけど、思ってた以上に変なところね……」
ため息をつくヒルダに、ミステルがむすっとした顔でうなずいた。
「変というよりは、失礼ですね。いったい、黒魔術師が何をしたっていうんです?」
ミステルは死霊術が専門のアローよりも黒魔術師寄りなので、オステンワルドに着いて以来の黒魔術師差別が気に入らないようだ。
「お兄様も! 地下牢にいれられたんだから、もっと怒ってください。辺境伯を土下座させるくらいのつもりで」
「いやいや、グリューネでも散々黒魔術と死霊術を勘違いされたし、地下牢は二回目だし、今更怒るほどのことでも」
「いや、怒っていいと思うし、その節は本当にごめんなさい」
何故かヒルダが深々と頭を下げた。生真面目な彼女は、未だに最初の誤認逮捕のことを気にしているらしい。
「……というか、リリエが何も言ってこなかったところを見ると、城まで僕が捕まった話がきていないのでは?」
馬車の事故の件も、アローの逮捕も、リリエは全く話題にもしなかった。となると、知らなかったか、知っていてあえて知らない振りをしたか、どちらかしかない。
「……揉み消されたかしら」
「揉み消されましたね」
「なぁ、女中頭のばーさんが探りいれてたのって、もしかしてその件じゃねえよな」
「あっ、もみ消したのがバレてないかどうか気になったってやつですか? キナ臭くなってきましたねー」
テオが何故か一番楽しげである。
「お兄様、馬車を襲った黒魔術師がリリエ・アレクサンダーの刺客、という説はありませんか?」
「それはないと思う。わざわざ呼んだ相手を攻撃するほど、馬鹿じゃないだろう。ただ、何かを知ってる可能性はありそうだ。そもそも、僕をあそこで捕まえたのは計算通りだったということも考えられるな?」
「ん? でもあれはアローが馬の死体を使ったからで……」
「門兵は僕が黒魔術師かどうかも確認せず、馬の死体を動かしたという建前の理由だけで捕縛した。だが、いくら黒魔術師を忌避しているといっても、それだけで捕縛するのは無理がありすぎる。きっと僕があんな登場をしなかったら、彼らはこうしていただろう。『黒魔術で馬車を襲った犯人である』とね」
「そんな、明らかにアローも連れの一人なのに……」
「明らかに連れの一人なのに、こじつけでつかまったじゃないか」
ヒルダの言葉に、アローは反論した。
「何らかの事情で、一晩足止めする必要ができたんだ。そうすると、不自然な僕の逮捕も、いやに準備がよかった別邸も、不審な探りをいれてきた女中頭も、そして言葉を濁してばかりのリリエの態度にも説明はつくな」
時間を稼ぐ理由が何なのか、結局襲ってきた黒魔術師が誰なのか、それはスヴァルトの宝や城の怪異と何が関係あるのか。
「もちろんだけれども、辺境伯が準備を整えるのを待ってやるつもりはないぞ?」
■
リリエ・アレクサンダーは地下への階段を下りていた。
ひんやりとした空気の中で、石段を降りる靴音だけがかつかつと響く。風など吹いていないはずなのに、ランタンの灯ががゆらりゆらりと大きく揺れる。
底は見えないほどに深く、地下水が湧いているのか湿った水の匂いと黴の匂いが混ざりあっていた。
「ステルベン……いるのでしょう」
リリエの声は少し、震えていた。
「……ああ、ここにいる」
遅れて、若い男の声がした。だが、その姿はどこにも見えない。どこから声がするのかも察することはできない。
「教会の人間を呼んだと聞いたが、アレは何だ? 黒魔術を解するものがくるとは思わなかった。使い魔までつれている」
「私もそれは予想外だったの。他意はないわ。だけど……何で襲ったの? 予定通り、一日は猶予を作ったわ。貴方との約束だから。でも、襲うだなんて……疑われるだけじゃない」
「そもそも、俺は教会の助けなど必要としていない。あの異教徒どもは我らの敵だ」
「でも、もう教会くらいしか頼れないでしょう? 今まで何人、あれの犠牲になったと思っているの? リューゲだって、このままじゃ死んでしまうわ」
「ああ。だから教会に助けてもらう必要はないが、好都合だとは思った。多少なりとも魔力のある人間なら、代用品くらいにはなるだろう」
青年の声には感情がなかった。淡々と、慈悲のない言葉を紡いでいくばかりだ。
「俺は先の時代の置きみやげを始末したいだけだ。お前には多少なりとも感謝をするが、この城も黒魔術を嫌う領民も、ましてや教会の手先のことなど心底どうでもいい」
「……っ」
唇をかみ、それでもリリエは前を向いた。ランタンの灯りだけがほの暗く地下を照らす。
「でも、今この地で暮らしているのは私たち人間です。だから、人間が責任を取るべきだと思います。私たちの街を守るために。…………私の友人を、救うために。だから、地下のアレを教会の使者様に見せるつもりです」
「勝手にしろ。だが、俺の邪魔はするな。教会の使者であろうが、邪魔になれば殺す」
「わかりました」
それきり、青年の声が聞こえることはなくなり。
リリエは闇の底をじっとみつめて、息をついた。
「……ええ、わかっていますよ、お父様」
■
アローたちは、ひとまず情報を整理することにした。
リリエの主張によれば、辺境伯を通して教会に怪異調査の要請をしたのは彼女の判断によるものである。
スヴァルト絡みのことだからか、もっと懸念事項があるのか、彼女は事実を伏せている。もしスヴァルトの遺産絡みだとわかっていたら、それこそ教会はハインツを直接派遣するくらいのことはしたかもしれない。
あるいは、ハインツは何かしらこの一件に思う所があって、あえてアローに託したという線もある。ギルベルトもハインツの思惑を完全に知っているわけではなさそうなので、この件は一旦保留とする。
リリエと馬車を襲った黒魔術師との関係は不明であるが、何らかの理由で関与している可能性は高い。だが、現時点では彼女にはアローたちを襲わせる理由がない。わざわざ王都から教会の人間を呼んだのだ。教会の不興を買うのは得策とは言えないだろう。
不自然な誤認逮捕と別邸に部屋と晩餐が用意されていたことを考えると、魔術師の関与は知っていた可能性がある。やってきたのが純粋な教会の人間だったとしても、理由をつけて別邸に泊まらせる手はずだったのかもしれない。
リリエはアローたちに黒魔術の知識があるとは思っていなかったはずだ。だからきっと、教会の人間だったらあんな風に無理な拘束はできなかった。
黒魔術の知識があるとわかった時点で作戦変更したのだろうか。女中頭の不自然な行動や、リリエのはぐらかしは、作戦変更のための調査と時間稼ぎだったとも考えられる。真犯人の黒魔術師に思う所があって、庇い立てしたという見方もできる。
「襲ってきた黒魔術師が見つかれば話が早いんだが。ミステル、昨晩は本当に気配がなかったんだな?」
「はい。女中頭が探っていたこと以外は、特に何も。彼女も聞き耳をたてていたくらいで他に行動は起こしてないですし、他の女中たちも何かを知っている様子はなかったですね」
「地下を見なければ何とも言えないことには変わりないわね」
肩をすくめるヒルダににこっと笑いかけ、アローは杖を手に取った。アローにだけ使える、とっておきの方法がある。
「ま、まさか……」
「そのまさかだ。死霊に聞けばいいじゃないか。古い城なんて呼べばいくらでもでてくるぞ」
「……………………私、部屋に戻っていてもいいかな」
「苦手なものは仕方がないし、無理強いはしないけれど、一人でいる方が怖くないか」
「うっ…………」
ヒルダはびくりとかたまり、そして、救いを求めるようにミステルへと目を向ける。
「ヒルダさ……ヒルダ。またしてもお忘れのようですけど私も死霊ですからね?」
「そ、そうだった……ミステルも死霊だけど、でもミステルは怖くないし……」
「ヒルダさん幽霊怖いんですか? 戦女神さまにもかわいいとこおろがあ……がっ!?」
横から調子づいたテオが口を挟んだところで、ヒルダがスパンッと小気味良い音を立てて彼の後頭部をひっぱたいた。
「怖さが吹き飛んだわ。アロー、やってちょうだい」
恐らく、ヒルダのことの言葉を真に受けて死霊を呼びだしたら、一気にまた怖がり出す気がしないでもないが、それよりもアローには重要なことがあった。
「ヒルダもミステルも、いつの間に呼び捨てにしあうほど仲良くなったんだ?」
「えっ、それは……その!」
ミステルが何故か顔を真っ赤にして首をぶんぶんと横に振る。
対するヒルダは目を輝かせて顔をあげる。
「そうだ、今ちゃんとヒルダって呼んでくれたよね?」
「き、気のせいじゃないですか!?」
ミステルがぷいっとそっぽを向くのを、すっかり機嫌をなおしたヒルダがにこにこと見つめる。仲良きことは美しきかな。
「すごいなぁ、ミステル。死霊になった後でも友達ができるんだ。僕なんていまだにモテないのに。やっぱり顔がダメなのか? もう少しイケメンだったら魂を気前よくわけてくれる女の子のひとりやふたり……」
「あの、アローさん、それマジで言ってますか?」
テオが叩かれた後頭部をさすりながら、うろんな目でアローを見る。
「マジだが」
ミステルのたゆまぬ啓蒙活動のおかげで、アローはいまだに自分がブサイクだと思い込んでいる。ナンパの仕方が不適切なせいで、王都呪殺事件の後も一向に女の子と仲良くなれたためしがないからだ。
アローの非モテ原因の七割が死霊魔術への誤解、あとの三割がズレまくった言動のせいだが、幸か不幸かアローは何も気づいていなかった。
色々あった後でも、アローはミステルに甘い。彼女のいうことは、重要視していないことならば大体ホイホイ信じてしまう。
「アローさんがモテないのって見た目とかじゃなくもっと根本的なとこじゃないですか?」
「テオに言われるのはちょっとイラッとくるな」
「えっ、酷くないですか。俺、自分でも珍しく建設的なこと言ったと思うんですけど」
むくれるテオの手首をつかみ、アローは無言で出口に引きずっていく。
「あっ、すみません!? 生意気いいましたすみません!! あの、痛いおしおきはなしで!!」
「いや、僕に他人を折檻して喜ぶ趣味はない。よくよく考えたら別に全員に見せる必要はないんだと気付いた。僕だけ適当に歩いて死霊に聞いて来ればいいんだな。というわけでつきあえ」
「俺だって怖いのそこまで得意じゃないですよぉ!」
「少し気になることがある。つきあえ」
「お兄様、私もご一緒します!」
嫌がるテオをひきずり、慌ててついてきたミステルも一緒に、扉を開けようとして、不意に声を潜めた。
「そうだ。このまま出て行っても止められるな。姿は消そう」
室内の声は、例によって外に漏れないように結界をはっている。だから向こうからはせいぜい楽し気な談笑の声としか認識できていないはずだ。しかし、部屋の外を出歩くとなると、部屋付きの使用人と衛兵の眼を盗んで自由に歩き回るのは無理だろう。
「では、栄光の手を使いますか」
「そうだな。寒い演技だが、扉を開けるのはミステルに頼もう」
「かしこまりました」
アローは一度自分の荷物に戻ると、ごそごそと道具袋を漁りはじめる。
「アロー、栄光の手ってなに?」
「呪術道具のひとつだ。手の形をした燭台に灯をともしている間、他の人間には姿を認識できなくなる」
「へー、そんなのがあるん……ひゃあっ」
ヒルダは驚いて尻もちをついて転び、ギルベルトが「なんだそりゃ」と眉根をあげる。アローが取り出したそれが、握りこぶしの形でからからに乾かされた手首のミイラだったからだ。
「栄光の手は手首のミイラで作る。安心しろ、本来は犯罪者の死体から作るものだが、これは代用品として森にいた猿の魔物の手で作ったものだ。人間じゃないぞ」
「安心できない!!」
悲鳴をもらすヒルダをよそに、アローはミイラの指の間に松明の芯をねじ込むと、簡易魔法で火をともす。
「さあ、いくぞ、テオ、ミステル」
栄光の手をもって、再びアローはテオを引きずっていく。ミステルがそれに続き、扉を開ける。
衛兵が不可解そうに顔を出したのに、ミステルはにこりと微笑みかけた。
「使用人の方に、お茶を人数分お願いしてくださいます?」
「ああ、わかった」
衛兵は頷き、ミステルは部屋に引っ込んで扉を閉じ、そして他人には見えないように姿を消して、扉をすり抜けてきた。
「さぁ、いきましょう、お兄様。それとジャリガキ」
「ああ」
「…………だから何で俺もなんですかぁ」
嘆くテオを引きずりながら、アローとミステルは彫刻城の探索に乗り出したのだった。
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