第26話 憧れの先輩

独井とくいくん」

「ん。なに?」


 弐田にったさんの方から俺に話し掛けるなんて珍しい。

 我ながらよく平静を装って返事ができたと思う。


「今日こそ、琉未るみと二人きりで勉強会を」


 言いかけたところで琉未るみが割ってはいる。


「ねえれん。きゅー姉って今日は予備校?」

「いや、水曜は休みだけど」

「それなら、きゅー姉に家庭教師お願いしよ。れんにも解けない問題を教えてもらえるかも。ね?」

「うちは構わないし姉ちゃんもたぶんOKすると思うよ」

「ほら。チャンスじゃん。雪那せつなちゃんも一緒に」

「で、でも……私は」


 弐田にったさんの思惑としては俺と琉未るみを二人きりにしたい。

 琉未るみは俺と弐田にったさんが一緒に居る時間を増やしたい。

 完全に相反する目的がぶつかり合っているわけだけど、こういう時は押しの弱い方が負けるのが常だ。


独井とくい先輩が居るなら私も……お邪魔していいですか?」

「もちろん。姉ちゃんも喜ぶよ」


 ほんのちょっとだけ弐田にったさんの口元が緩む。

 姉ちゃんが関わると少しだけ表情が柔らかくなるところが可愛い。その役目を俺が担えるともっといいんだけど。


「そうだ。俺これから図書委員の集まりがあるから、先に入ってて」

「いや、さすがに家主が居ないのにお邪魔できないから。うちで待ってるから帰ったら連絡頂戴」

「……なんか今の二人、夫婦みたい」

「「んなっ!?」」


 二人の声が重なった。息の合った反応に弐田にったさんはほくそ笑む。


「やっぱりお似合い」

「いや、別に特別なことじゃないって。弐田にったさんが変なこと言うから」

「そうだよ雪那せつなちゃん。夫婦は話が飛びすぎ」

「なら、長年付き合ってるカップル。実際付き合いは長いしウソじゃないでしょ?」


 弐田にったさんの目が俺達を捉える。なんだか全てを見透かされているような、それでいて『はい』と言わせる圧力も感じる。


「カップルだったらもっとこうスキンシップがあると言うか……ねえ?」

「そうだな。それこそログボ程度じゃ済まない濃厚な……」


 言いかけたところで琉未の顔が赤くなっていることに気付く。

 ログボ程度じゃ済まないこと。先週末に琉未るみとやってたわ。


「どうしたの琉未るみ?」

「ななななな、なんでもない!」

「ふーん?」


 こんな反応したら自分から何かあったと自白してるようなものだ。

 弐田にったさんにはいろいろ相談してるみたいだけど、さすがに色仕掛けしたりキスしようとしたことは話してないか。


「とにかくごめん。先帰ってて」

「あーはいはい。それじゃあまた」


 大人しそうに見えて弐田にったさんは意外と圧力を掛けてくる。

 油断してるとクラスの女子よりもカップル成立の後押しをしてくるかもしれない。

 ログボを受け取ってない弐田にったさんには何のデメリットもないし。


「はぁ……なんでこうなるかなあ」


 琉未るみはすごく俺を応援してくれているけど、同時に弐田にったさんも琉未るみを援護している。

 めちゃくちゃバランスの悪い三角関係だ。


「あっ! 独井とくいっち、もう会議始まるよー」

「うん。ごめん」


 早歩きで図書室に辿り着くと四村しむらさんが出迎えてくれた。

 初対面は友達に連れられて俺にログインした時。背は高いし金髪が目立っていたので印象に残っている。

 スカートは衣服の意味をなしてるのか疑問になるレベルで短くなっていて、こんなギャルが図書委員と知った時は本当に驚いた。


「真面目そうな顔して遅刻とかギャップ萌狙ってる?」

「狙ってないから。ギャップで言ったら四村しむらさんだって」

「んー? ウチはクジ引きで選ばれただけだからギャップではないかなー」


 俺の言わんとしていることは本人も自覚があるらしい。

 クジ引きで選ばれただけとは言え、ちゃんと時間を守って委員会に参加するのは素晴らしいと思う。


「んで、早速お願いがあるんだけどさ」

「なに?」

「図書委員の当番、ウチの代わりに全部出てくれない?」


 当番がいなれば貸出かしだしができず困る人がいる。

 それに、やっぱりギャルの圧は強い。どうにも断る度胸がなくて二つ返事で了承してしまった。


***


「ただいま」


 玄関を開けるといつもより靴が多かった。

 見慣れた靴と見慣れない靴。それぞれ一足ずつ多い。


れんちゃんおかえりー!」


 ドタドタと階段を降りてくるなり抱き付いてくる。

 ひらりとかわしても良かったんだけど、ドアにぶつかってケガでもされたら困る。

 

「えへへ。委員会お疲れさまー」

「はいはい。で? もう琉未るみ弐田にったさんは来てるの?」

「そうなのー。まだ2年生なのに勉強熱心で偉いわあ」


 それを言ったら姉ちゃんなんて1年の頃から学年1位なんだけど、それは言わないでおいた。

 あんまり順位にこだわりがないみたいだし。


「ほら、手を洗ってうがいをしたら早速お勉強よ」

「うん。わかってるから一旦離れてくれるかな」

「一旦……ね」

「違うっ! ずっと離れてろ」


 ズルズルと姉ちゃんを引きずって洗面所まで行くと、言質を取って満足したのかそそくさと去っていった。

 今の数十秒で随分いろんな課題をクリアしたんだろうな。


 顔も洗ってスッキリしたところで自室に向かうと、


「さ、れんちゃんこっちこっち」

「いや、ここ俺の部屋なんだけどね」


 もはや自分の部屋と言わんばかりに姉ちゃんがこの場を仕切っていた。

 姉ちゃんは俺と弐田にったさんが向き合うように座らせる。


雪那せつなちゃんに教えるなら隣の方がやりやすいからね」


 必然的に琉未るみは俺の隣になる。

 妙に積極的だったあの時のことを思い出して自然と体が熱くなる。


独井とくいくん、顔赤いですけど大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫。人口密度が高くて暑くない?」

「まあ、多少は……」


 うまく誤魔化したつもりだけど実際はそんなに暑くない。


「むしろちょっと寒いかも? 雪那せつなちゃん、あったまらせて」


 まるでぬいぐるみのように弐田にったさんを抱きしめる。

 黒髪ロングの女の子が目の前で百合みたいなことを繰り広げていて目のやり場に困る。


「ちょっときゅーねえれんがいやらしい目で見てるから」

「バカッ! そんな目で見るか」

「じゃあどんな目で見てたの?」

「いや、それはその微笑ましいなって」

「やっぱりいやらしい」

「なんでだよ」


 仲の良い先輩と後輩で微笑ましいのは事実だ。

 姉ちゃんのポジションが自分に置き換わっていたら更に良かったけど。


独井とくい先輩、この問題難しいです」

「あーこれね。こういうごちゃごちゃした問題は……」

「邪魔者は消せ。ですか?」

「あれ? 雪那せつなちゃんに教えたことあったっけ?」

「この前、独井とくいくんが教えてくれました」


 ふと弐田にったさんと目が合う。

 俺が教えたことを覚えてくれたこと、俺から教わったことを姉ちゃんに話してくれたことが嬉しくて、ちょっと照れ臭かった。


「さすがれんちゃん。数学の申し子ね」

「姉ちゃんに教わったことを弐田にったさんにも教えただけだから。すごいのは姉ちゃんだよ」


 自身の成績が良くて教えるのもうまい。

 そんな姉ちゃんの弟だから俺もそれなりの成績になれたんだ。


「でも、教え方は独井とくい先輩の方が上手です。いやらしくないし」

「俺、何もしてないよね!」

「ふふん。どうかしら? 間近に迫った雪那せつなちゃんの匂いを嗅いだりとか」

「してないから!」


 呼吸した時に酸素と一緒に匂いが入ってきただけで意図的に嗅いだわけじゃない。

 だからセーフ! 


「あの、先輩。また来てもいいですか?」

「もちろん。れんちゃんの大切なお友達だもん」


 お友達の部分を強調していたのはきっと気のせいだ。

 姉ちゃんも俺と弐田にったさんが触れ合う時間を増やそうとしている。

 その上で、自分を恋人として受け入れてもられると信じている。


独井とくいくんの友達としてじゃなく、独井とくい先輩の後輩として遊びに来たい…です」

れんちゃんが居なくても来たいってこと? もちろん。歓迎するわ」


 ギュッと抱きしめると弐田にったさんの顔が赤くなる。

 弐田にったさん、本当に姉ちゃんのことが好きなんだな。

 こんなに弐田にったさんに想われていて、ちょっとだけ姉ちゃんに嫉妬してしまった。

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