第25話 判定

 水曜日に雨が降るとたいを表している感じがしてちょっとだけテンションが上がる。

 前にじゅうごに話したらあまり同意は得られなかったけど。

 そんなわけで体育の授業は男女共に体育館が行われている。


「やっぱ参子まいこさんの胸、すげーな」

「ああ、なんか前よりデカくなってる気がする」

「くそぅ! あんな幼馴染がいるのにログボで毎日女の子と触れ合って。独井とくいが憎い」


 初めは琉未るみを見ていた男子達の視線が俺への嫉妬へと変わる。

 別にこれで危害を加えられたりはしていないけど居心地は悪い。


「相変わらず大変だな」

「じゅうご、お前は絶対に幸せになる。こんな器の大きい人間が不幸になっちゃいけない」

「はっはっは。ありがとよ」


 じゅうごが女だったら弐田にったさんとの間で心が揺れていたかもしれない。

 ほんの一言だけどじゅうごの言葉が俺にとっての癒しになっていた。


「じゅうごって本当に人間ができてるよな。まさか……二度目の人生?」

「そんなわけあるか。お前らと同じ初めての高校二年生だよ」

「だよな。二度目の人生にしてはちょっと残念だし」

「んだと!?」


 軽くヘッドロックを掛けられる。

 首は苦しいけど、ぽっちゃり気味の体に優しく包まれてむしろ心地良かったりする。


「成績は良いし、そんな体型なのになぜか動けるし、もう少し痩せたら絶対モテるって」

「うるせー! 太ってるんじゃなくて恰幅かっぷくが良いんだよ。おじさんになった時に若い子からモテるタイプなんだ」

「すげー将来を見据えてるんだな」

「同年代の女子は俺と同じように年を取るからな。JKに手を出すならもっと未来よ」


 ふんっ! と鼻息を鳴らして語る姿はまるで序盤にやられる小悪党こあくとうのようだ。

 スペックは悪くないし男子に対してはめっちゃ良いやつだけど、女子に対しての性根が腐ってるから微妙にモテない。

 本人はそれを良しとしてるから別に構わないんだけどさ。


「俺に言わせたら独井とくい。お前のログボ人生は気の毒だよ。自分で稼いだ金で女を釣るならともなく、出所でどころが分からない金を目当てに毎日むらがってくるんだもんな」

「そうなんだよ。それで済むならいいんだけど、妙な方向に話は進むしさあ……」

独井とくいがいつまでも曖昧な態度だからだろ。で、本命はどっちなんだ?」

「どっち?」

参子まいこさんとお姉さん」


 じゅうごから選択肢を提示されると、時を同じくして体育の先生が準備室から出てきた。

 始業を知らせるチャイムもなり特に指示されずとも自然と列を作る。


「今日は女子と合同で体育館を使うので、あまりはしゃいで邪魔をしないように」

「はい」

 

 野太い声がシンクロする。表面上は聞き分けが良いけど、心はやはり女子の方に向いている。

 ほとんどは琉未るみの胸が気になって仕方がないんだろう。

 俺もまあ、つい視線が行くこともあるし。でもそれ以上に弐田さんだ。

 長い髪をまとめてポニーテールにしている!

 普段は隠れがちな顔もいつもよりかはよく見える。

 体育があまり得意ではない弐田にったさんはちょっと緊張気味だ。そんな姿も可愛いと思う。


「準備体操が終わったらマットの準備な。テキパキやらんと時間ないぞー」

「はい」


 体育係が前に出ると隊列が広がりラジオ体操ができる程度のスペースを作る。

 校庭とは違って空間に限りがあるのでだいぶギリギリだ。


「ああ、くそ。なんで女子の方を向いてやらないんだよ」

「バカ。あっちも壁の方を向いていたら背中しか見えねーじゃん」

「俺は首筋が見たいんだよ」

「変態かよ。でもわかる」


 小声で性癖暴露大会が始まる中、俺はじゅうごから受けた質問の答えを考える。

 本命はどっちでもない。なら誰が好きなのか。そんなに追及はしてこないだろうけど、じゅうごに嘘を付くのも忍びない。

 さすがに姉ちゃんを選ぶのはおかしいし、琉未るみと答えるのも違う。

 体を動かすと良いアイデアが浮かぶなんて言われるけど、今のところはその兆候は見られなかった。


「なあなあ独井とくい。耳たぶを触るみたいな課題はないのかよ?」

「もしくは直接おっぱいに……いや、それはなんかムカつくな」

「は? なんの話だよ」

「あー、いや。どうせログボでモテてるなら、お前が知ってる女子のステータスを教えてほしいなって」

「知るかよ。知ってても教えねーし」


 メリットがないとかじゃなくて、プライバシーに関わる問題だ。

 情報漏洩で嫌われてログボが収まるなら考えなくもないけど、やっぱりこういうのは俺の倫理観が許さない。


「ちぇっ! つまんねーの」

「くそー! 俺がログボに選ばれてればなー」


 不満を口にしながら彼らは去っていった。


「まあ気にするな。独井とくいの選択が正しい」

「ありがと」


 男の友情に感動しつつ、俺はしっかりと弐田にったさんの姿を目で追っていた。

 こういう所では結局のところ他の男子と変わりないのかもしれない。



***

 

 授業が終わり男女それぞれの更衣室に向かう途中、琉未るみに声を掛けられた。

 その後ろには弐田にったさんも控えている。


れん、あたしの匂い……どう?」

「どうってお前急に何を」


 琉未るみはグイっと背伸びをして頭を俺の鼻に近付ける。

 体育のあとだから汗臭いのかと思いきや、男子の体育後とは全く違う爽やかな酸味が脳を刺激する。


「別に臭くないから。安心しろって」

「人間ってね、相手の汗臭さが嫌じゃなければ相性が良いんだって」

「それがどうしたっていうんだよ」

「あたしもね、れんの匂い、嫌じゃない。本当はそれを言いたかったんだけど、あたしだけ嗅ぐのは不公平だから嗅いでもらったの」

「だからって今しなくてもいいだろ。家とか、誰にも見られてないところでも……」


 自分でも何を言ってるのかわからなかった。

 二人きりで匂いを嗅がせ合うなんて、それはつまり身体的な距離がかなり近いことを意味するわけで。


独井とくいくん、ようやく琉未るみと付き合う気になったんですね」

「なんでそうなるの! 誰かに見られたら恥ずかしいって話しだから」


 弐田にったさんは隙あらば俺と琉未るみが付き合う方向に持っていこうとする。

 片想いの相手であり、ある意味では強力な恋の妨害者とも言える。


「……? 私の顔に何か付いてますか?」

「いや、ごめん。何でもない。あはは」

「私は別に独井とくいくんの匂いに興味ないですから。あと、嗅いでほしくもありません」

「わかってるって」


 口ではそう言ったものの、弐田にったさんの匂いがどんなものか気にならないわけじゃない。

 それ以上に、俺の匂いをどう受け取ってもらえるのかも。


「それじゃあたし更衣室行くから……覗くんじゃないわよ?」

「するかよ! 退学どころか逮捕だわ!」

独井とくいくんにそんな度胸はないですよね?」

「フォローありがとう。でも、ちょっと傷付いたよ」


 内心では俺をイジってくれたことにテンションが爆上がりだった。

 それを表情に出さないようにするのが難しい。


れん、ニヤけてて気持ち悪い」

「顔だけなら覗き魔です」

「し、失礼な!」


 全く誤魔化せていなかったらしい。もう少し精進せねば。


「それじゃあ、またあとで」

「おう」


 琉未るみ弐田にったさんは更衣室に向かった。と、思ったら弐田さんだけ駆け足で戻って来る。


「12日目の課題は『匂いを嗅がせる』なんです。琉未るみはどんどん課題をクリアしていっています」


 そうつぶやいて足早に琉未の元に戻る。

 琉未は俺に匂いを嗅がせるのもいとわないということなんだろうか。

 だけど今はそんなことどうでもよかった。

 かすかに感じた弐田にったさんの匂いが俺に幸福感を与えてくれたから。


「ごめん弐田さん。やっぱり俺は、弐田さんのことが……」


 この幸福感は琉未の匂いでは感じられなかった。

 弐田さんの行動が、俺の好きな人をしっかりと判定してしまったんだ。

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