第24話 予定外の勉強会

 勉強会は早速今日から始めることになった。

 だけどそれは予定していたものと少し違っていて……。


独井とくいくんよろしくねー」

「何気に学年順位高いって知らなかったよ」

「さらに数学が得意とかウケる」


 何がウケるのかわからないけどクラスメイトは浮足立うきあしだっている。

 今週の金曜日に突然行われることになった数学の小テスト対策として勉強会が開かれることになった。


「うぅ……なんでこんなことに」

独井とくいくんが押しに弱いからです」

「ホントよ。そこはビシっと……断れたらログボなんてやってないわよね」

「よくお分かりで」


 放課後の勉強会に心躍らせながら一限目の数学を受けていると、授業の最後に先生が突然の小テストを予告した。

 この成績によって連休中の宿題が変わるというんだからクラスは悲壮感に包まれてしまった。


「今勉強してもテストが悪かったらどうせ宿題増えんでしょ? だったら諦めた方がよくない?」

「それな」


 と、早くも捨ての声も聞こえてきた。その一方で、


「どうせ勉強しないといけないならテストで良い点取りたいよね」

「わかる」


 と、正々堂々とテストを迎え撃つ覚悟を決めたクラスメイトもいる。

 そんなクラスメイトが目に付けたが俺というわけだ。


「最近やった範囲ならともかく、数Iの全範囲も含むって鬼じゃね?」

「それな」

「初期の方とか忘れてるんですけど」

「わかる」


 同じ受験を突破しても、その後の生活で学力に差は生じる。

 俺は今、それを身を以って実感していた。


独井とくいくん三角関数とかよく覚えてるね」

「数学はわりと好きだし」

「ヤバ! 数学好きとか天才じゃん」

「不等式ってどうやって解くんだっけー」

「ああ、それは……」


 思っていた以上にみんなの数学のできが悪く質問が止まらない。

 ただ、一度はちゃんと履修しているのでヒントを与えるとすぐに理解してくれるのは助かった。


「あの……独井とくいくん」

「うん?」


 弐田にったさんがブレザーのすそをちょいちょいと引っ張る。

 他の誰にも気づかれないようにこっそりと僕を呼ぶ姿が可愛らしくてキュンとした。


琉未るみがここわからないって」

「ちょっと! あたしは雪那せつなちゃんに教えてもらえばいいから」

「……私もわからない」

「そんなわけないでしょ。あたしよりずっと数学得意なくせに!」

「……」


 弐田にったさんは一切反論せず、無言で俺を見つめる。『いいから琉未るみに数学を教えろ』という圧を感じた。


「わかったわかった。琉未るみはどうせ二次関数だろ?」

「う……っ! どうしてわかったの」

「この前もここで苦戦してたからな。基礎問題は完璧になったけど応用はまだ少し……なに?」


 さっきまで質問攻めをしてきた女子達が一気に静かになり聞き耳を立てている。

 問題を解いている時よりも遥かに集中力が研ぎ澄まされている感じがする。


「あー、うん。この前っていつのことかなーって思ったり、思わなかったり」

「そうそう。家が隣同士だと休みの日とか、なんなら平日の夜も会えちゃうよねーとか思ったり、思わなかったり?」


 どうやら俺と琉未るみが学校以外でも会っていることに気付いてしまったらしい。

 それは本当のことだし別に良いんだけど、付き合っていると思われるのは困る。

 下手な嘘で誤魔化すのは変だし、かといって常に一緒に居ると言うのもおかしな話だ。

 どう対処したものか手をこまねいていると、琉未るみが一石を投じた。


「そうなのよ。家が隣だから無料家庭教師になってもらったんだ。あたしはいつでも質問できるから、今はみんなに貸してあげる。ほら、雪那せつなちゃんも応用問題を解くチャンスだよ」

「え……わ、私は」

「おい琉未るみ。苦手科目から逃げるんじゃないぞ」

「逃げてないって。ちゃんとあとでれんに聞くから。それよりも今は雪那せつなちゃんの番だよ。はい、どうぞ」


 琉未るみはイスから立ち上がると、その場所を弐田にったさんに譲った。

 適度な距離が保たれていて体温なんてもちろん伝わってこない。

 それなのに、自分のすぐ隣に好きな人が座るというだけで胸の鼓動が高鳴った。


「ふふん。どうしたのれん? 顔赤いけど」

「な、なんでもねーよ。ちょっと疲れただけだ」

「それなら私は遠慮して……」

「ウソウソ! 琉未るみの相手に疲れたってだけ、弐田にったさんの苦手を克服するために全力を尽くさせてもらいます」


 思っていたのとは違うシチュエーションだけど弐田にったさんと近い距離で話せるチャンスだ。

 琉未るみが作ってくれたこの機会を無駄にするわけにはいかない。


「私もあとで琉未るみの家に行くからその時でいいのに……」


 弐田にったさんがボソッとつぶやく。


「ここでそんなこと言ったら余計に話がこじれない?」

「……そうですね」


 ちょっと不満そうだけど一応は納得してくれたらしい。

 弐田にったさんは問題集に貼られた付箋を頼りに当該ページを開いた。


「三角関数の問題なんですけど」

「あー、たしかにこれは難しい……」


 数学が苦手な人が見たら何も考えずに両手を挙げて降参するような複雑な問題だった。

 一つ一つの条件を見極めて正確に計算しないと正解を導き出すのは難しい。


「姉ちゃんの受け売りなんだけどさ、難しい数学の問題はまず邪魔者を消すんだって」

「なんだか独井とくい先輩らしいですね」

「そうかな?」

「我が道を突き進む感じがします」


 あれだけ人気があるのにブラコン道を突き進む。もはや一部のワンチャンに賭ける男くらいしか止める人間がいない。

 意図して邪魔者を消してるわけじゃないけど、言われてみればたしかに姉ちゃんらしい。


「とにかく大切なのは正解を導き出すのに必要な情報を整理すること。例えばこの問題だと……」

「なるほど。2つの式を1つにまとめて見やすくするんですね」

「そうそう。あとは正確に計算していく。こういう問題ってミスを誘導して、それでも最後まで解けるようになってるんだってさ」

「すごくイジワルですね」

「だから問題製作者を倒すつもりで解きなさいって姉ちゃんが言ってた」

「ふふ。やっぱり先輩はおもしろいです」


 わずかに口角が上がる。弐田にったさんを笑顔にしたのは姉ちゃんだ。それでも俺は、弐田にったさんが作っている心の壁に少しだけ穴を開けられた気がした。

 恋してると、ほんのささいなことでも嬉しくなるものなんだな。


「ごめんれん。やっぱここ教えて」


 いい感じの雰囲気だったところに琉未がグイッと割り込んできた。

 俺と弐田にったさんの間に琉未るみが居る。いつもの光景だ。


「彼女が悪い点取ったら悲しいでしょ? ちゃんと面倒見てあげなって」

「ウチらはもう平気だからさ。マジありがとー!」


 彼女達はお礼を言いながら足早あしばやに教室をあとにする。

 新学期が始まったばかりの時はログインを済ませたら用済みという感じだったけど、最近はほんの少しだけ人間扱いされている気がする。


「ログボ配って勉強教えて。あんたって本当に良い人よね」

「都合の良い人ってやつですね」

「うぅ……それを言わないでくれよ」


 二人の言葉が胸をえぐる。

 いざ身近な人に指摘されると本当に傷付く。


「ふふん。ログボ目当てでもなくあんたの傍に居るあたし達には最大限の感謝をしなさい。ね? 雪那せつなちゃん」

「あ、いや……そこまでしなくても」

「アリガトウゴザイマス」

「感謝が足りない!」


 バチンと背中を叩かれる。久しぶりに味わる琉未るみお得意のツッコミだ。

 その音にかき消され気味ではあるが琉未のスマホが通知を知らせる。


れんのせいでボディタッチの課題クリアしちゃったじゃない!」

「それは濡れ衣じゃない!?」

「誘導するなんて独井とくいくん最低です」

弐田にったさんまで!?」


 完全に悪口ではあるけど弐田にったさんの目に悪意はなかった。

 むしろ琉未るみと同じように俺をイジってくれたというか、会話に参加してくれたのが嬉しい。


「ありがとな。琉未るみ

「ふふん。あたしのありがたさにようやく気付いたようね」

「やっぱり独井とくいくんは琉未るみと一緒の時が一番活き活きしてると思います」

「だから別に付き合ってはいないってば!」


 相変わらず弐田にったさんは俺と琉未るみをくっ付けようとするけど、同時にほんの少しだけ弐田にったさんの距離が縮まった。今日のところはひとまず良しとしよう。

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