第23話 急接近

れん、おはよう」

「おはよ……ございます」


 今日も琉未るみ弐田にったさんは二人で登校している。

 一方、姉ちゃんは生徒会の仕事で早めに出発したので俺は一人だ。


「きゅーねえが居ないと静かね」

「肩の荷が下りた気分だよ」

「リアルに肩にぶら下がってるもんね」


 弐田にったさんがくすりと笑う。だけど姉ちゃんの姿がなくてちょっと寂しそうだ。


「そうだ。勉強会のことなんだけどさ、雪那せつなちゃんとれんってID交換してる?」

「いや、してない」


 基本的に琉未るみを経由してやり取りしているのでIDを知らなくても困ることがなかった。

 中学の頃からそういう関係が続いたせいで今なら聞きにくいというのもある。


「きゅーねえに先生をお願いする時はれんの家に集まるかもしれないでしょ? 二人も連絡先を知っておいた方がいいと思うんだ。ね?」


 弐田にったさんを後押しするように視線を送る。

 若干戸惑っているようにも見えるけど、こくんと頷いてくれた。


「そうと決まれば善は急げよ。学校が近付くとこのログボ野郎に人が群がるから」

「うぅ……それは俺のせいじゃないんだけどな」

れんの態度が曖昧だからいつまでもログボ目当ての女子が寄ってくるのよ」

「そう思います」


 琉未るみはともかく弐田にったさんにも同意されるとダメージが大きい。

 この傷を癒すにはID交換しかない。


「ほらほら。スマホだして」

「おう」

「うん」


 ID交換なんていつ以来だろう。アップデートで微妙に画面レイアウトが変わるからちょっとややこしい。


「じゃあ、俺が読み取るから弐田にったさんQRコードよろしく」

「は、はい」


 弐田にったさんもあまりID交換に慣れないのかスマホを持つ手から緊張が伝わってくる。


「お互いに向かい合ってるとQRコード読み取りにくくない? ほら、並んで並んで」


 まるでカメラマンのように俺と弐田にったさんを横並びにさせようとする。

 たしかに画面が反射してうまく読み取れなかった。


「そんなに離れてたら読み取れないって。えい!」

「おわっ!」


 琉未るみが俺の脇腹に張り手をくらわせた。

 小柄だけど遠慮のない攻撃は人をちょこっとだけ動かすには十分な威力だ。

 弐田にったさんが立つ方によろけてしまう。


「ひゃっ!」


 スマホを持つ手で俺の体をガードしてくれたお陰で結果的に転倒せずに済んだ。


「ごめん。弐田にったさん。ケガしてない?」

「は、はい」

琉未るみ。なにすんだよ」

「ごめんごめん。そんな距離感じゃいつまでも読み取れないと思って」


 口では謝っているものの、その得意気な表情からは『感謝しなさい』というメッセージを読み取れた。

 

「ねえ、琉未るみ……」


 弐田にったさんが言いかけたところで琉未るみが遮る。


「ほらほら。早く。遅刻しちゃう」

「そうだな。ホントごめんね」

「平気……です」


 弐田にったさんのスマホの上に俺のスマホを重ねる。

 ホーム画面には『雪那せつな』という名前と、今よりも髪が短い弐田にったさんと思しき後頭部のアイコンが追加された。


「この髪が短いのって弐田にったさん……だよね」


 琉未るみや俺と出会って間もない頃は今よりもずっと髪が短かった。

 前髪で表情が隠れているのは変わっていないけど、姉ちゃんと出会ってから伸ばし始めていたと思う。


「はい。この頃からどれくらい独井とくい先輩に近付いたかなって振り返るために」

「今のロングもいいけど、この頃もショートも可愛いよね。雪那せつなちゃんお人形みたい」


 まだ弐田にったさんを恋愛対象として見ていなかった頃だ。

 当時は全然意識していなかったけど髪が短い弐田にったさんも可愛い。



「って言うか、れんのアイコンはなんなの? 数式って」

「名前がれんだから連立方程式という高度な自己紹介だよ」

「高度過ぎるでしょ。この際だからアイコン変えなさい。れん、スマホ貸して」

「は? え?」


 俺からスマホを奪い取るとタタタっと距離を取る。

 何がなんだかわからないでいる俺と弐田にったさんはただ茫然ぼうぜんと立ち尽くす。


「はい。いくわよ」


 カシャっとスマホからシャッター音が鳴る。

 もしかして、撮られた?


「ふふん。雪那せつなちゃんとのツーショットよ。これをアイコンにすればリア充感が出るわね」

「出るわねじゃねーよ! 弐田にったさんに迷惑だろ」

「なら、れんの顔だけ写るようにすればいいじゃない」


 琉未るみは勝手にスマホを操作すると俺のアイコンが自画像になっていた。

 俺の顔だけが丸く切り抜かれていて弐田にったさんとのツーショットだなんて微塵も感じさせない。


「ふふん。これですぐあんたって分かるわ」

「むしろ連立方程式の方が個性的で分かりやすいだろ」

「そう? 雪那せつなちゃんはどう思う?」

「私は……どっちでもいいかな」

「……」


 そうですよね。俺のアイコンなんてどうでもいいですよね。

 俺は涙をグッと堪える。

 むしろ姉ちゃんとID交換させてあげた方が良かったかな。


「と、とにかくスマホ返すわ。ありがと」

「お、おう」


 ただ渡すだけでいいのに、丁寧にお釣りを渡す店員さんのようにわざとらしく手を添える。

 この行為が手を繋いだと見なされたらしく琉未るみのスマホが通知を知らせた。


琉未るみ、これで何日目?」

「ふふん。11日目。きゅーねえよりも一歩リードは保ったままなんだ」

「じゃあ琉未るみは特別な存在なんだね」

「そんなことは……ねえ?」


 クラスメイトにはやし立てられた時は困惑気味だったのに、弐田にったさんにこういうことを言われると赤面してしまうらしい。

 まあ幼馴染という意味では特別な存在ではあるけど。


「まあ、他の女子に比べれば」

「良かったね。琉未るみ

「う、うん」


 俺が付き返すとでも思っていたのか、それなりに特別な存在だと認めたら妙にかしこまってしまった。

 必死に弐田にったさんとの距離を縮めようとしてくれた幼馴染を無下むげに扱うなんてできないさ。


「そうだ独井とくいくん、さっきの写真なんですけど」

「ああ、すぐに消して……」

「消さなくてもいいですけど、誰かに見せたりはしないでくださいね。特に先輩には」


 どうして姉ちゃん? と思ったけど、元から誰かに見せる気はない。

 むしろ消さないでいいと本人からお墨付きを貰えたことの方が嬉しかった。


「先輩の大切な人とツーショットなんて、先輩に嫌われちゃうかもしれないじゃないですか」

「姉ちゃんはそんなこと気にしないと思うよ。むしろ仲良しで嬉しいとか言って喜びそう」

「……独井とくいくんは乙女心がわからない人ですね」

「そうなのよ。本当に苦労するわ」

「うぅ……」


 女子二人に責められて、有頂天だった心が地に堕ちていく。

 やっぱり結託した女子は恐い。仲が良い場合は特に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る