第22話 ほうれんそう

 結局、今日は琉未るみ弐田にったさんとは教室で一言も交わさなかった。

 気まずいというのもあるけど、週明けでログインする女子が多くてその処理で休み時間が終わってしまった。


 いくら何度か移動したとは言え、年頃の女子の部屋が見えるのはマズいとカーテンは閉めてる。

 電話をして無視されるのは辛い。

 それならいっそ、カーテンを開けて琉未るみも同じことをしてたら話そう。

 運試しのつもりでカーテンを開けると、窓辺に琉未るみが立っていた。


「今日はなんかごめんね」

「なんで謝るんだよ」

れん雪那せつなちゃんが仲良くなるチャンスだと思ったのに、雪那せつなちゃんが思ったより強情で……」


 俺も驚いた。俺と琉未るみに手を繋ぐことをうながすなんて。


「それと例の勉強会、姉ちゃんと示し合わせたろ?」

「あ、バレた?」

「姉ちゃんからの提案に何のツッコミも入れないなんて二人の共謀としか思えん」

「ふふん。さすがあたしが見込んだ男ね」

「なんで勝ち誇ってるんだよ」


 正々堂々と戦う。ライバル同士である琉未と姉ちゃんが誓い合ったことだ。

 弐田にったさんは完全に巻き込まれた形ではあるけど、俺の恋路こいじを妨害する気はないらしい。


「なあ、琉未るみは俺が好きなのに、なんで俺を手伝ってくれたんだ?」

「きゅーねえが言ってたよね。正々堂々と戦うって」

「うん」

れんにもちゃんと好きな人と向き合える時間があって、その上で雪那せつなちゃんと彼氏彼女になるなら諦めが付く」


 琉未るみはスーッと深呼吸をして言葉を続ける。


れんには、あたしを一番好きになってほしい。雪那せつなちゃんと仲良くなるチャンスがあって、その上であたしが一番。ふふん。これなら浮気の心配もないでしょ?」


 自信に満ち溢れた表情はまるで子供のようで、それでいて湯上がりの色気のギャップが俺の体温を上昇させた。

 今の俺を弐田にったさんが見たら喜ぶのだろうか。琉未るみに気持ちが傾いたって。

 ほとんど姿が見えない月はその答えを教えてはくれなかった。


雪那せつなちゃん言ってたよね。好きな人と手を繋ぐのは自然だって。だからあたしも遠慮しない。れんが拒否るなら自分からいく」

 

 琉未るみは窓から右手を伸ばして俺の右腕を掴む。これでは手を繋いだと言えない。


「あたしがどれくらい遠慮しないかって言うとね」


 そのまま左手の指を絡ませ、恋人繋ぎのような状態になった。


「これで今日のログイン完了。連続ログイン10日目」

「お前まさか14日目に……」

 

 無言で首を横に振った。


「それはれんの気持ちを無視してることになる。あたしはいつでも準備万端にしておきたいだけ。また1日目からやり直しなんてもったいないもん」

「安心したよ。琉未るみまで姉ちゃんみたいになったら逃げ場ないし」

「あるよ」

「え?」


 自宅も参子家まいこけも、言い方は悪いが俺を狙うハンターがいる。

 じゅうごの家には世話になれないし、あとはもう野宿くらいしか選択肢がない。


雪那せつなちゃんの家。雪那せつなちゃんと恋人になれば、そこに逃げられる」

「いや、それは階段を飛ばし過ぎだろ!」

「最終的にそういう関係になりたいと思ってるんだよね?」


 琉未るみの問い掛けに力強く頷いた。


雪那せつなちゃんはあたしを応援してくれてる。だからあたしはれんを応援する」

「は?」

「裏で邪魔するとか、そんな卑怯な手は使わない。正面からフラれて、ふふん、あたしのところに戻ってくるといいんだわ」

 

 フラれて傷心のところを狙うとかとんだ悪女だ。でも、実に俺の幼馴染らしい。

 勝ち目は薄いけど絶対に弐田にったさんと恋人になってやるという気力が湧いてきた。


「おいおい。なんでフラれる前提なんだよ。頼れる幼馴染が味方してくれるんだろ?」

「さらにきゅーねえまで手伝ってくれる。れんの恋は安泰ね」

「初恋が実るなんて俺は幸せ者だ」


 そう言った瞬間、絡み合っていた指が解かれ琉未の顔が一気に曇る。

 まるで今宵の空模様のように。


れんの初恋は……あたしじゃないんだ」

「……」

「ふふん。初恋は実らないって言うしね。2回目の恋はあたしにしておきなさい。幸せにしてあげるわよ」


 声が震えている。目からは今にでも涙がこぼれそうだ。それを必死に堪えている。


「そう。これからは報連相ほうれんそうよ。報連相ほうれんそうれんの初恋は雪那せつなちゃん。報告ありがと」

 

 琉未るみはくるりと振り返り言葉を続ける。


「言いにくいこともあるだろうけど、できるだけ教えてね。でも、あんまり生々しいのはいらないから! キスした……とか」

「いきなりそんな関係にはならねーよ!」


 ログボ目当てでもそんなことしないのに、奥手おくて弐田にったさんとヘタレな俺がキスなんていつになるやら。


「あとは、しっかり雪那せつなちゃんと連絡を取って、そして、困った時はあたしに相談しなさい」

弐田にったさんはライバルじゃないのかよ」

「それとこれとは別。あたしも雪那せつなちゃんに相談してるし。相談相手が居ないと煮詰まっちゃうよ」

「体験者が語ると言葉の重みが違うな」

「でしょ?」


 再び振り返ると、いつもの得意気な笑顔を見せてくれた。

 完全に敵に塩を送る状態でも自分が勝つと信じるこの自信。

 それが俺や弐田にったさんを惹き付けたんだ。


「ちゃんと告白して、ちゃんとフラれなさいよね」

「お前は応援してるのか失敗を願ってるのかどっちなんだ」

「両方……だよ。自分でもよくわからないけどさ」


 夜の空気もほんの少しだけ暖かくなった。

 このまま窓を開けて寝てもよさそうだけど、やっぱり閉めよう。

 お互いに無言のまま、なんとなく自然にそうしていた。

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