第21話 勉強会のお誘い

 俺の好きな人が弐田にったさんであることが琉未るみと姉ちゃんにバレてしまった。

 だけど二人の態度は全然変わらななかった。


れん、きゅーねえ、おはよう!」

「おう」

「おはよう。琉未るみちゃん、雪那せつなちゃん」

「おはよ……ございます」


 俺の意中の相手。弐田にったさんは琉未るみの後ろに隠れてしまった。

 二人にとっては最大の恋のライバルとも言える存在だけど、そんな様子を微塵みじんも見せない。

 女子って恐い……。


「昨日はありがと。やっぱり数学と言えばれんね」

「お前は数学に苦手意識を持ちすぎなんだよ。もっと落ち着けば良い点取れるのに」

「二人は……昨日も一緒に過ごしたんですか?」


 首をかしげて尋ねる姿が可愛い。

 クラスであまり目立たないから、この可愛さを知ってるのは自分だけだと思うとちょっと優越感だ。


「まあ、ほら、幼馴染のよしみでちょっと数学を教えてやっただけだよ」

「そうそう。何気に学年で10位になるくらいだし。無料の家庭教師みたいな?」

「ふーん」


 長い黒髪からチラリと覗く目は何かを疑っている。

 事細かに話せば疑われるようなことも多々あったのは事実だけど。


「休みの日に会うのって恋人みたいじゃない?」


 今度は琉未るみに話題を振る。

 俺が煮え切らないなら琉未に、という訳か。

 弐田にったさんの琉未るみを応援する気持ちは本物のようだ。


「そうかなー? そんなこと言ったら春休みに雪那せつなちゃんとれんがうちに来たのはどうなの? 友達が休日に集まるのなんて普通だよ。ねえれん?」

「うんうん。ふつうふつう」

 

 力強くうなずいてみせても弐田にったさんはまだ俺達に何かあったと勘繰っている。


「それなら雪那せつなちゃんも一緒に勉強すればいいじゃない」

「えっ!」


 姉ちゃんからの提案に弐田にったさんは声が裏返る。

 そんなに緊張しなくてもいいのに。


「あの、違うんです。私は二人きりの方がその……」

雪那せつなちゃんって文系科目が得意だよね。れんちゃんはそっちがイマイチだから教えてあげてほしいな。ね?」

「え? あ、ああ、うん。古文がちょっと足を引っ張ってるから、そこを克服できればもう少し成績が上がる……かな」


 姉ちゃんからしたら俺と弐田にったさんが一緒に居る時間は減った方が好都合なはず。

 それなのに一緒に勉強する流れを作るなんて……何か裏があるとしか思えない。


「人に教えるとね。理解が深まるの。お姉ちゃんもれんちゃんにあんなことやこんなことを教えることで知識が深まったわ」

「勉強な! 勉強を教えてくれたんだよな!」


 俺が成績上位になれたのは姉ちゃんの力があったからだ。

 今はふざけているけど教えるのがうまくて本当に助けられた。


れんちゃんが無料家庭教師になるなら、お姉ちゃんも一緒だよ」

「いやいや、きゅーねえは自分の受験勉強に集中しなって」

「もちろん毎日じゃないわ。予備校だってあるし。たまには息抜きにれんちゃんに勉強を教えないと、お姉ちゃん爆発しちゃうかも」

「姉ちゃんが爆発……恐いな」

「たしかに、何をしてくるかわからないわ」


 俺と琉未るみは姉ちゃんを見つめゴクリと唾を飲む。

 日常で何の迷いもなくベタベタしてくる姉ちゃんが欲望を爆発させたらキスどころで止まらないかもしれない。

 適度なガス抜きは大切だ。


「と、言う訳で雪那せつなちゃんもどう?」

独井とくい先輩が教えてくれるなら行きたい……です」

「決まりね。可愛い弟と後輩に勉強を教えているうちに愛情が芽生えたらどうしましょう」

「実の弟と女の後輩でそんな展開になるわけないでしょ」


 琉未るみは姉ちゃんの手をつかみズンズンと先へ進んで行く。

 一瞬目が合うと、うまくやれみたいな合図をウインクで送ってきた。

 

「ごめんね。朝から騒がしくて」

「平気……です。琉未るみも先輩も楽しそうだし」


 弐田にったさんは姉ちゃんをじっと見つめる。

 学校ではなかなか見られない、琉未るみと無邪気にじゃれ合う姿に口角が少しだけ上がっている。


「私じゃ……あんな風になれません」

「姉ちゃんみたいにってこと?」

「はい」


 髪は伸ばしてるみたいだけど、胸は残念ながら……。

 きっとそういうことじゃなくて性格的なことだよな。


「いつも周りに人が集まってきて、その中心に居る。先輩は本当に遠いです」

「俺から見ても憧れるよ。姉ちゃん、すげーモテるんだ」

「今の独井とくいくんだってモテるじゃないですか。……ログボ目当てですけど」

「悲しいことを言わないでくれ」


 姉ちゃんに言い寄る男子だって下心があって集まってきてるんだろうけど、それは姉ちゃん自身が努力して手に入れた魅力だ。

 ある日突然、降ってわいたような俺のログボとは全然違う。


「この前は、ログボをパパ活みたいって言ってすみませんでした」

「いや、いいって。気にしてないから。実際近いものはあるし」

「もし私がログボになって、知らない男子に毎日手を触られたり見つめられたらどうだろうって考えてみたんです」

「うん」

「すごく恐いと思いました。独井とくいくんは琉未るみの友達だから平気ですけど、なんとなく男子とはうまく話せません」


 弐田にったさんが男子と話しているところはあまり見たことがない。

 あったとしても琉未の添え物というか、たまたま琉未るみの近くに弐田さんが居るという状態で会話に参加してる様子はなかった。


「今も、ちょっとだけ緊張しています」


 リュックのベルトをギュッと握る。

 その白くて小さな手は、ログボ目当てで俺に触れてはくれない。


「まあ気持ちはわかるよ。気心がしれないって言うかさ、嫌われたくなくて身構えちゃうんだよね」

「私は別に……嫌われてもいいんです。琉未るみ独井とくい先輩以外は」

「……」


 弐田にったさんは琉未るみと出会うまでは言わるぼっちという存在だった。

 琉未るみが引っ張ってくれたから俺と出会い、クラスの輪に入ることができた。

 今ではそれなりにクラスの女子とは話すみたいだけど、まだ高い心の壁があるとは。


琉未るみと……彼氏彼女の関係になっても」


 弐田にったさんはゆっくりと、嚙み締めるように言葉をつむぐ。


「たまにでいいので親友の琉未るみを私に貸してください」

「貸すもなにも琉未は誰のモノでもないし。あと、琉未るみとは彼氏彼女にはならないから」

「……琉未るみはあんなに独井とくいくんを好きなのに?」


 琉未るみ弐田にったさんに俺への好意を伝えていた。

 まさか俺がその相談相手に恋してるとも知らずに。


琉未るみはとても良い子です。独井とくいくんにはもったいないくらいの」

「それは……俺も知ってる」

「ならなんで」


 唇をギュッと噛み締める。どれだけ真剣に親友の恋を応援しているのか伝わってくる。

 その気持ちが俺の胸をギュッと締め付けた。


「れーんちゃーん! 琉未ちゃんがイジワルする~」

「きゅーねえが路上で弟とイチャつこうとするからでしょ」

「なら家ならいいの?」

「家でもダメ!」


 恋のライバルは何やら揉めているようだ。

 本気のケンカではなくじゃれ合いみたいなものだけど、なんか俺を巡って争ってるみたいで恥ずかしい。

 

「あ、独井とくいくん。おはよー。今週もログボよろしくね」

 

 学校が近付いてくれば祖始有そしあるの生徒に遭遇する確率も上がる。

 ナチュラルに手を繋ぎ、通知を確認してらさっさと去っていった。

 その様子を弐田にったさんはジトっとした目で見つめる。


「やっぱりパパ活とは違うよね。もはや海外式の挨拶みたいなモノというか」

「こうして目の前で見ると不潔さはあります」

「だから不可抗力なんだって」


 必死に弁明する俺を見て、弐田にったさんはわずかに微笑んだ。

 誤解が解けて、ほんのちょっとだけ距離が縮まったのかもしれない。

 そう思ったのも束の間、弐田にったさんは爆弾を放り投げる。


琉未るみ独井とくいくんと手繋がないの?」

「あ、あたしは別にログボとか興味ないし」

「だって、好きなんでしょ? 好きなら手を繋ぐのは自然なことだと思う」

「それはあたしが好きってだけで、れんは別にあたしのこと……」


 弐田にったさんの視線が琉未るみから俺に移る。

 お前はどうなんだと問い詰められているようだ。


「……」

「どうしてですか? 琉未るみはこんなにも独井とくいくんを」

雪那せつなちゃん、急がないとホームルーム始まっちゃう」


 琉未るみは俺ではなく弐田にったさんの手を取り、先に学校へと駆けて行った。


れんちゃんの恋も障害が大きそうね」


 姉ちゃんは俺の肩をポンと叩き、そのまま一人で歩いていった。

 こういう時にウザ絡みしないで放置する優しさを普段から発揮してほしい。

 余計に寂しくなっちゃうじゃないか。

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