第20話 川の字

「こうして川の字になって寝ると家族みたいね」


 左側から姉ちゃんの声が優しく届く。

 

「あたしとれんが夫婦で、きゅーねえが大人びた娘?」


 対抗心を燃やした琉未るみの声が右耳を刺激する。


「んー? お姉ちゃんとれんちゃんが夫婦で、琉未るみちゃんが娘じゃない?」


 俺を挟んで火花を散らされても困る。いや、それ以前に


「どうしてこうなった!?」




 俺は自分の記憶を辿る。


 突然窓から押し掛けたにも関わらず姉ちゃんの分の食事までしっかり用意されていた。

 おばさんいわく作り過ぎたそうだが、裏で姉ちゃんと繋がってるんじゃないかと勘繰ってしまう。

 

 風呂に関しては、琉未るみが姉ちゃんを見張り、姉ちゃんが琉未るみを見張る形で硬直状態を作り出せた。

 他人様ひとさまの家の風呂でギャーギャーと騒ぐわけにはいかない。

 どちらかが入浴中は二人きりになってしまうけど、そんな時はゲームに助けられた。


 食事と風呂を済ませて、さて寝るかという時に俺は気付いた。

 もうログインされてるから琉未るみの部屋に泊まる意味がないって。

 連日お世話になるのも申し訳ないと思い、帰ろうとした時




「姉ちゃんが俺と琉未るみを押し倒して、トドメに自分も布団に潜り込んだったんだな」

「なんか修学旅行みたいで楽しいね」

「すまん琉未るみ。うちの姉ちゃんが」

「きゅーねえが暴走するのは前からじゃん」


 ハハハと乾いた笑いが漏れる。

 外面そとづらは優等生の完璧なお姉ちゃんなのに俺の前だとこうだからな。

 あー、だから彼氏ができないのか。


「ふふふ。今夜は寝かさないわよ」


 姉ちゃんの瞳があやしく光る。

 風呂上りで火照ほてった体が妙に色っぽい。

 毎日見てるはずなのに、今日の姉ちゃんは一味違うように感じるのは参子家まいこけという普段と違う環境だからだろうか。 


「ちょっ! きゅーねえ、まさか3人で」

「おいおい待て待て! 他人様ひとさまの家でそんな」


 俺が自分から好きになるまでしないって話はどうした!?

 それもいきなり3人でって。姉ちゃんの倫理観はそこまで崩壊していたのか!?


「修学旅行と言えば恋バナよね」

「「は?」」


 どこからツッコンでいいか分からずマヌケな声がシンクロした。

 まず修学旅行じゃねーし。3人でって意味深な言い方をするから変な想像しちゃったし。


「お姉ちゃんと琉未るみちゃんの好きな人はれんちゃん。はい、次はれんちゃんが好きな人を言う番だよ」


 弐田にったさんは琉未るみを応援すると言っていた。

 そんな弐田にったさんを好きと言えば三角関係になって話がこじれる。

 

 それに姉ちゃんは弐田にったさんの憧れの人。

 俺の好意が弐田にったさんに迷惑を掛けそうで言いにくい。


「姉ちゃん達が勝手に俺を好きって言ってるだけだろ。俺が言う道理は……っ!」


 左右同時に手をギュッと握られた。姉ちゃんはスマホを家に置いてきたらしく、琉未のだけがログインを通知した。


「これであたしは9日目。ふふん。9日目の課題はどんなのか覚えてる?」

「そんなこと急に言われても……」


 姉ちゃんは基本的にベタベタくっついてきて、いつの間にか課題をクリアされてることが多い。

 だから課題内容はあまり把握していない。


「きゃー! 琉未るみちゃん大胆」

「え? そんなにすごい課題なの?」


 まさか姉ちゃんもまだ実行していない過激な課題とか?

 いやいや、キスの前にそんなすごいことがあるわけ……。


琉未るみちゃんのおっぱいすっごく育ってるもんね。うふふ」

「ちょっ! 変なこと言わないで」

「だって事実だもん。これからそのおっぱいでれんちゃんを誘惑するんでしょ?」

「違う! これは色仕掛けじゃなくて……そう、我慢比べ。れんがさっさと好きな人を言えば許してあげるから」


 一体琉未るみは誰と戦っているのかわからないけど、このままだと9日目の課題をクリアしてしまうらしい。


「もし9日目の課題をクリアしちゃったら、それはれんが悪いから。あたしはログボなんて興味ないのに」

「えへへ。れんちゃんはどうするのかな~?」


 切羽詰まった琉未に対して姉ちゃんは妙に楽しそうだ。

 

琉未るみちゃん安心してね。もし琉未るみちゃんが失敗しても、お姉ちゃんがしっかり聞き出しておいてあげるから」

れん! 早く吐いちゃいなさい! マジでなにされるかわかんないわよ!」

「そんなこと言われても」


 両隣を挟まれて物理的に暑いのも相まって額に嫌な汗が滲んでくる。

 琉未るみに課題をクリアさせるのは可哀想だし、姉ちゃんに何をされるかわからないのも恐い。

 緊張しているのか、琉未の息が荒くなりそれが右耳に掛かる。


 ピンコーン


「ちょっと! 『耳に息を吹きかける』をクリアしちゃったじゃない」

「俺のせいじゃないだろ。お前が息を抑えろ」

「えへへ。それじゃあついでにお姉ちゃんも。ふぅ」

「ふおおおっ」


 甘い吐息が左耳から全身に広がっていく。思わず変な声が漏れてしまった。

 

れん。気持ち悪っ」

「仕方ないだろ」

「連ちゃんって昔から耳が弱いよね」

「あんた達、昔からこんなことを……」

「違うんだ。きゅーねえが一方的に」


 ジトっとした目で見つめられる。完全に犯人を見る目だ。

 必死に無実を訴えても有罪にされてしまいそうな雰囲気を醸し出している。俺は被害者なのに。


れんが好きな人の名前を言っちゃえばきゅー姉だって諦めるかもしれないよ?」

「そ、そうか?」

「えへへー。諦めないもーん」


 琉未るみの交渉術はあっさりと破られた。

 それくらいで諦めてくれるなら俺だってこんな状況に追い込まれていない。


「ほら、れん……早く言わないと……胸、当たっちゃうよ」

「んな!?」

「9日目の課題は『胸を押し当てる』なんだ」


 すでに一度顔面で体験しているとは言え、あの感触を腕に押し付けられる。

 ゴクリと唾を飲み込んで冷静さを取り戻す。


「ほられん、いいの? 好きな子がいるんでしょ? 胸を押し当てられてデレデレしちゃっていいの?」

「う……うぅ……」


 日常生活の中で手が触れ合ったり、目が合うことはある。一緒に食事をするのなんて普通のことだ。

 でも、胸を押し当てられるのは、よほどの信頼関係がないと難しい。

 琉未るみに課題をクリアされることは、同時に弐田さんとの距離が広がっていくことを意味する。

 

 意を決して俺は好きな人の名前を口にする。


弐田にったさん」

「……え」


 さきほどまで小悪魔な笑みを浮かべていた琉未るみから表情が消える。

 だから言いたくなかったんだ。


「……あたし、雪那せつなちゃんとライバルになるんだ」

「まあ弐田にったさんの俺に対する好感度は0に等しいけど」


 自分で言ってて泣きたくなる。でもこれが現実。

 ログボ人生を送る限り好感度は上がりそうもない。


「そんなことは……ないと思う」

「え?」

「だって、一緒に遊んだことあるじゃん」

「それは琉未るみが居たから」

「ううん。雪那せつなちゃん人見知りだから、特に男子となんてあたしが一緒でも無理」


 それは嬉しい知らせだと思ったけど、もしかしたら男として見られていない可能性もある。

 憧れの独井とくい九音くおんの弟だから仕方なくという線も。

 考えれば考えるほどネガティブな発想が沸いてくる。


雪那せつなちゃんをおとしめるようなマネはしたくない。れんの邪魔もしたくない。あたしは正面かられんに好きになってもらう」

「うんうん。その意気だよ琉未るみちゃん」

「ログボ目当ての女子達よりも、雪那せつなちゃんよりもきゅーねえよりも、あたしが一番好きって思わせるから」


 琉未るみは俺の右手をギュッと握って宣言した。


「お姉ちゃんだって負けないわよ。れんちゃんが生まれた時から一緒に暮らしてるんだから」

「そりゃそうだよ。姉弟きょうだいなんだから」


 左手を優しく握られる。記憶に残ってないくらい昔から、ずっとそうしていてくれたように。


「正直に教えてくれて。ありがと」


 左右の耳から同じ言葉が脳に伝わった気がした。

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