第19話 お姉ちゃん襲来

「姉ちゃん、どうやってここに?」


 俺と同じように窓から琉未るみの部屋に入ってきた。

 それはすなわち、鍵の掛かった俺の部屋にも入ったことを意味する。

 部屋の鍵は外から開けられないはず。


「お姉ちゃんの部屋の天井に穴をあけて、屋根裏かられんちゃんの部屋に入っちゃいました」


 てへっと可愛く笑っているけどやっていることがワイルド過ぎるし恐い。


「ちょっと待て。父さんも母さんも何も言わなかったのか?」

「騒音対策はバッチリだし、お姉ちゃんとれんちゃんの部屋に穴を開けただけだもん」


 だもんって、家に穴が開いたと知ったら父さん倒れるんじゃないか。


「ただ穴を開けたんじゃなくて、ちゃんと蓋ができるようにしてきたから安心して」

「安心できねーよ! いつでも俺の部屋に来れるってことだろ!?」

「えへへ。震えるほど喜ばなくてもいいのに」

「喜んでねーよ! 恐怖で震えてるんだよ」


 琉未るみの忠告は本当だった。もし18日になった時点で避難していなければ速攻でログインされたかもしれない。

 こうして琉未るみの部屋まで来られたら現象としては同じなんだけど。


「はぁ、きゅーねえならやりかねないって思ってたけどさ」

「せっかく連続ログインしてたんだから途切れさせるのはもったいなって思ったの」

「一週間はもうぶっ飛んだことはしないみたいな雰囲気だったのに」

「え~? 琉未るみちゃんの方がぶっ飛んでない? すごい色仕掛けじゃない」

「そ、それは」


 琉未は体を縮こまらせて所在なさげにモジモジする。

 たしかに今日の琉未るみはちょっとおかしかったんだけど、なんでそれを姉ちゃんが知ってるの?


「正々堂々と戦う上で琉未るみちゃんのテリトリーに入るのはルール違反かなって思ったんだけど、さすがに一線を超えそうになってお姉ちゃんは見過ごせなかったの」

「ちょっと待って! マジでどの辺から見てたの!?」

「んー? 二人が宿題中にキスしそうになったあたりから」


 俺と琉未るみは両手で顔を覆い隠す。あれを姉ちゃんに見られてたなんて恥ずかし過ぎる。

 もしかしてそれをネタに俺達を脅す気なんじゃ……。


「お姉ちゃんはね、れんちゃんが琉未るみちゃんを受け入れるならそれも仕方ないって思ってたの」

「きゅーねえにしては潔いわね」

「だってれんちゃんが選んだ幸せだよ? それを邪魔したらお姉ちゃん失格だよ」


 なんかすごく良いことを言ってる風だけど、勝手に俺の部屋に侵入して全く気取けどられることなくずっと覗き見してたんだよな。

 琉未るみ、姉ちゃんの話術に騙されないでくれ。


「だけど、れんちゃんは琉未るみちゃんを受け入れなかった。それなのに肉欲にくよくで一線を超えそうになったらお姉ちゃんとして止めない訳にはいかないでしょ?」

「肉欲なんてないから! むしろ姉ちゃんの行動の方が恐いから!」

「ほんとにー? お姉ちゃんが入ってこなかったら我慢できなくなってたんじゃない?」

「そんなこと……あるわけねーだろ」


 最後の方は口澱くちよどんでしまった。

 俺は弐田にったさんが好きで琉未るみは幼馴染。この関係を壊すようなことは絶対にしない。はずなのに、1%の疑惑を自分に掛けてしまうのが男子高校生の悲しい性だ。


「きゅーねえ、これはマジな話なんだけどさ」

「うん?」

「あたしはれんが好き。それで、れんがあたしを好きになってくれるまでキスやエ……エッチはしない」

「なっ! お前何を」


 急にキスやらエッチやら言われて俺の方が焦ってしまう。

 

「それはお姉ちゃんも一緒。れんちゃんがお姉ちゃんを一人の女の子として見てくれるまで一線は超えない」

「だったら何でこんなことを……」


 こっちはキスの課題をクリアされるのが恐くて琉未るみの部屋まで逃げているというのに。


「正々堂々と戦うって言ったでしょ? お姉ちゃんは同じ家で暮らしてる。琉未るみちゃんは窓かられんちゃんを呼べる。うん。これで平等だね」

「平等って……」


 姉ちゃんに関しては家を改造して俺の部屋に侵入してるんだけど。


「これでお姉ちゃんと琉未るみちゃんの差はなくなった。正々堂々、れんちゃんを奪い合いましょう」

「あの……きゅーねえ、すっごく言い辛いんだけどさ」

「うん?」

れんには他に好きな子がいるんだって」

「!?!?!?」


 まるで強烈な電気が流れたかのように姉ちゃんの目がくわっと見開かれる。

 そんな状態でもまだ美人なんだから、本当に俺ばかりに構ってないで彼氏でも作ってほしい。


「どこの誰!? その子とも正式にライバルにならないと。そしてお姉ちゃんこそがれんちゃんを真に愛する者だと証明するの!」


 姉ちゃんは俺の肩を掴みゆさゆさと頭も揺らす。

 好きな人の名前を言うなんて恥ずかしい。それ以上に、琉未るみ弐田にったさんの友情に亀裂を入れたくなかった。

 弐田にったさんは琉未るみを応援すると言っていた。

 そんな弐田にったさんを好きだとバレたら三角関係になってしまう。


「まさか、ログボ目当ての女に一目惚れしたんじゃないでしょうね?」

「ち~が~う~」


 頭を揺らされているのでうまく発生できない。

 思考力も低下しているので、この発言がヒントになってしまうことにも気付けなかった。


「ふふ~ん? つまり、ログボになる前から好きだったわけね?」

「へー。れんちゃんの心を射止めたのはどんな子なのかしら」


 さっきまでライバル同士バチバチばった二人が手を組み始めている。

 マズい。こんなの絶対太刀打ちできねーよ。


「お姉ちゃん達だけ好きな人の名前を言ってるのって不公平だと思わない?」

「そうだそうだー。れんも言えー」

「ゆ~ら~す~の~や~め~て~」


 姉ちゃんがパッと手を離すと、俺は床に倒れ込む。


「おとなしく白状する気になったのね。さすがれんちゃん。男らしい」

「どこがよ。拷問に屈しただけじゃない」


 ジリジリと近付いてくる二人の足。

 ふと見上げると、琉未の黒いパンツが見えた。


「バッ! なに見てんの!」

「わるい! 不可抗ふかこうり」


 ズゴッ!!


「がっ!」


 後頭部に衝撃が走った。

 経験したことはないけど、レンガで殴られたらこんな感じなんだろな。

 

「ふぅ。琉未るみちゃん、不意打ちセクシーなんて油断できないわ」

「なにやってんの!? れん、気絶してるっぽいけど!?」

琉未るみちゃんのセクシーパンツで誘惑される前に落としたの。物理的に」


 かすかに二人の声が頭に入って来る。意識は失っていないようだ。

 

「俺なら……平気だ」

れん!」


 床に突っ伏したまま生存報告をする。

 他人様ひとさまの家で救急車沙汰なんて起こすわけにはいかない。


「さすがれんちゃん。丈夫に育ってくれて嬉しい」

「……きゅーねえ、本当にれんのことが好きなの?」

「好き好き超大好き」


 透き通るような綺麗な声で好きを連呼される。

 これが実の姉じゃなかったら完璧リア充なんだけどな。


「あのさ、きゅーねえってすごいモテるじゃん。なんでそんなにれんが好きなの?」

「それを言ったら琉未るみちゃんもでしょ?」

「う……っ! あたしは血の繋がりがない幼馴染だからいいの! きゅーねえれん姉弟きょうだいなんだよ」

「お姉ちゃんが弟に恋したら……ダメ?」


 姉ちゃんの言葉は琉未るみに対してだけでなく、俺への問い掛けのようにも感じた。

 なんでダメかと問われたらそういう法律だからとしか言えない。

 きっと姉ちゃんだって知っている。法律以上の理由を見出せず、部屋に沈黙が訪れる。


「覚えてる? お姉ちゃんが公園で転んだ時、まだ小さかったれんちゃんがこうして手を取ってくれたの」


 姉ちゃんが俺の手を握る。日付はまだ4月18日。これで本日のログインは完了。連続ログイン7日目だ。


「そんなことあったっけ?」

「まだ小さいから覚えてないか。でもね、お姉ちゃんにはその時の連ちゃんが周りのどの男の子よりもカッコ良く見えたの」

「まさか……それだけで?」


 琉未るみが驚愕の表情を浮かべている。俺もだった。

 たったそれだけのことで実の弟に恋するなんて。


「お姉ちゃんだって初めは戸惑った。初恋が弟なんておかしいって。でもね、他の男の子には全然ときめかなかった。ああ、お姉ちゃんはれんちゃんが好きなんだって」


 俺は姉ちゃんに引っ張られるように立ち上がる。

 その時の俺は姉ちゃんを助けたかもしれないけど、姉ちゃんに助けられることの方が多い。

 成績だって学年一位だし生徒会長だってやってる。

 俺なんかよりもずっと上の存在だし、もっと良い男が寄ってくるはずだ。


「恋って、そういうものだと思わない?」


 姉ちゃんの長い黒髪が風で揺れる。

 どこか切なげな笑顔に思わず心が奪われそうになった。

 それはまるで、俺が恋した弐田さんの笑顔のようだったから。

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