第18話 吹っ飛ばせ

 なんとか宿題を終えた俺達はスマッスブラザーズの対戦をすることになった。

 ゲーム欲が溜まっていたわけじゃない。ゲームでもしてないと落ち着かないからだ。

 しかし、それが失敗だった。


「さ、座って」

「おう」


 子供の頃からゲームをする時は琉未るみの左側、1P側に座るのが習慣になっている。

 当時は俺が琉未るみを誘っていたからなんだけど、この位置がしっくりくるから琉未るみ主催でも同じ並び順になってしまう。

 小学校高学年になって気付いたんだけど、俺を窓側に座らせることで日除けにしているそうだ。


 琉未るみの部屋に置いてあるテレビは結構大きくて、ベッドをイス代わりにして見るような位置に置かれている。

 今までだってベッドに座ってゲームをしてきたけど、こんなミニスカートの琉未るみが隣に座った経験がないので妙に緊張してしまう。


「ふふん。あたしは追加キャラの先生にするわ。どの武器も破壊力があって強いの」

「なら俺はいつも通り魔王にする。この一撃には敵わんだろ」


 できるだけ平静を装うものの緊張で指先が冷たく、コントローラーを操作するのもおぼつかない。

 琉未るみが新キャラを使ってるのも相まってボコボコにされてしまう。


れん、こんなに下手だっけ?」

「お前がうますぎるんだ。まだ追加されたばっかりなのになんで使いこなしてるんだよ」

「あんたがログボ目当ての女にうつつを抜かしてる間にかしら」


 うつつを抜かしてたつもりは全くないとは言い切れないけど、琉未るみはしっかり俺と遊びための準備をしてくれていた。

 果たして弐田にったさんはこれくらい俺のために何かしてくれるだろうか。

 別に完全に受け身で好きになってもらおうとは思っていない。

 だけど、琉未るみが俺のために時間を割いてくれたと考えると心が動かされるものがある。


「ほら、ボーっとしてると」

「うわっ!」


 またしても琉未るみが操作する先生に吹き飛ばされる。

 可愛い外見のくせに斧とか使ってえげつない。


「ふふん。どう? あたしの実力」

「いや、マジですげーわ。小学生の頃と立場が逆転だ」


 当時は俺が一方的にボコボコにしちゃって、ハンデを付けてようやく対戦が成立するレベルだった。

 それがだんだんとハンデが緩くなり、今は正々堂々と勝負できるようになっている。


「だって……一緒に遊びたかったから」


 琉未るみがぽつりとつぶやく。

 マズい。せっかく俺へのアピール攻撃が収まったのにまた変な空気になってしまう。


「はら、2回戦行こう。先生の技性能もだいたい把握したから次はどうなるかわかんねーぞ」

「ふふん。それはあたしだって同じ。のろまなワンチャン野郎なんて吹き飛ばしてあげるわ」

「ワンチャンじゃねー。ロマンと言え」


 話題をゲームの方に持っていく。

 夕飯をご馳走になったらあとは入浴して寝るだけ。

 琉未るみと二人きりで過ごす時間は思ったよりも少ない。

 来週以降はどうなるかわからない。まずは今日という日を乗り切るんだ。


「えっ! ウソ!」

「わっはっは! 先生の攻撃は隙も大きい。うまく攻撃を誘い出せば魔王拳まおうけんを当てられるのだ」

「くぅ~~~やっぱれんは強いわね」

「ゲームの中でくらい琉未に勝ちたいからな」

「それってつまり、現実では常にあたしの方が上ってこと?」

「俺より成績が上がってから言えよ。そういうセリフは」


 琉未はぐぬぬと歯ぎしりを立ててテレビ画面に集中する。

 その幼い横顔からかすかに漂う色気にドキリとしてしまう。


「はい! あたしの勝ち~。やっぱり鈍足キャラはサンドバッグになる運命なのよ」

「違う。今のは俺が悪いんだ。キャラ性能のせいじゃない」

「ふふん。なら次の勝負は言い訳なしの真剣勝負。負けた方は勝った方の言うことを聞くなんてどう?」

「望むところだ」


 たしかに今日の琉未るみは調子が良い。が、俺が本気を出せば勝てる……はず。

 勝って妙な色仕掛け禁止を命じればひとまずの解決ということでいいだろう。


「エ、エッチなのは……ダメ」

「んなっ!?」


 突然放たれた爆弾に集中を乱され自ら崖下に落下してしまう。

 鈍足かつ重量級のキャラクターなので復帰力は低く、そのまま残機を一つ減らしてしまった。


「おい。場外乱闘は卑怯なんじゃないか?」

「ちがっ……だって、れんにいろいろして、ムラムラしてたらそういうお願いもされちゃうのかなって」

「俺がヘタレなのはお前がよく知ってるだろ」


 自分で言って悲しくなるけど俺はヘタレだ。ゲームに勝ったのを理由に幼馴染を襲うなんてできない。

 

「それもそうね。でも、動揺したのはれんの責任だから。このまま試合続行よ」

「ハンデだハンデだ。これで俺が勝ったら文句は言えないよな?」


 勝負は一進一退。ダメージが蓄積していってピンチに陥ってもギリギリのところで回避や復帰をする。

 時間無制限の残機制にしたのでお互いが決め手に欠ければ勝負は長引く。

 それはつまり、先に集中力が切れた方が負けることを意味する。


「うう~~~必殺が当たらない」

「魔王だって意外と動けるんだぜ? 長年愛用してる俺の動きに追い付けまい」

「ふふん。それはれんだって同じじゃない。いつまでも逃げてばかりじゃ勝てないけど?」


 お互いにあと1回でも強力な攻撃を当てれば勝てるという状況。

 なかなか手を出せず、戦いの場は場外、ゲーム外での会話に移行していた。


れんは勝ったらあたしに何を命令する気なの?」

「うん? たいしたことじゃねーよ」

「言っておくけどここはあたしの家だからね。あんまり変な命令したら大声で……」

「だからしねーって。ただ、妙な色仕掛けをやめろって言うだけだ」

「え?」


 俺の命令内容を知った琉未るみは一瞬だけ集中力を途切れさせた。

 その隙は見逃さず、すかさず必殺の一撃を決める。


「うしっ! 俺の勝ち」

「あああああああ! もうっ!」

「余計な質問をしなければ隙ができなかったかもな?」

「うううう。負けは負け。で? なんだっけ? 色仕掛けをやめろだっけ?」


 ぷくっとほっぺを膨らませる琉未るみは完全にすねた小学生だ。

 だけど胸元から覗かせる谷間は大人顔負けだし、太ももからも色気が漂う。


「なんでよ。男子ってこういうのが好きなんじゃないの?」

「好きだよ。好きだけどさ、琉未はそういう目で見れないっていうか……」

「……っ!」

 

 琉未の瞳からじんわりと涙がにじむ。


「違うんだ。そういう意味じゃなくて。なんていうか……無理にエロいことしなくても琉未るみは魅力的っていうか、普通にゲームしてるだけで楽しいっていうか」


 別に琉未るみの体が目当てで一緒に遊んだわけじゃない。

 一緒に遊んで楽しいから琉未を選んだんだ。


「それって、好きとは違うの?」


 琉未るみの問い掛けに数秒悩んで、無言で頷いた。


「……そっか」


 バタンとベッドに倒れ込む。

 たわわな胸が重力に従い横に垂れる。


「実はね。ノーブラなんだ」

「のっ!?」

「それでもれんはあたしを襲わない。誰なのか知らないけど、れんは本当にその子が好きなんだね」


 琉未に誘惑されるたびに浮かぶのは弐田にったさんの笑顔だった。

 現実的に考えれば弐田にったさんにはフラれる可能性の方が高い。

 それでも弐田にったさんへの想いを諦めず、琉未るみの好意を断り続ける俺は大馬鹿なのかもしれない。


「よいしょっ!」


 琉未は体を起こし、真っすぐに俺を見つめる。


「今のところはれん以外に好きな人はいないから、もしフラれたらあたしが面倒見てあげる」

「やっぱり琉未るみは最高の幼馴染だよ」

「でしょ? それが今ならログボ関係なしで付き合えちゃう」


 目は真っ赤で鼻水も出てきちゃって、そりゃもう見れたもんじゃない。

 だけど、俺はこんなことで琉未るみを嫌いにはならない。


「ごめん」

「謝らないでよ。あたしが勝手に好きになっただけなんだし」

「こんな素敵な幼馴染がいるなんて、俺は前世でどんな徳を積んだんだろうな」

「ふふん。前世に感謝することね」

「ありがとう。俺の前世」


 訳のわからないログボに振り回されてるけど、琉未るみと幼馴染なのを考えればプラマイゼロなのかもしれない。


「ん? なんか付いてる」


 ベッドに倒れ込んだ時だろうか。琉未の頭に付いていたホコリみたいなものをさっと振り落とす。

 同時に琉未るみのスマホが通知を知らせた。

 連続ログイン8日目に挑戦できる『髪を触らせる』をクリアしてしまったらしい。


「これはれんのせいだからね。責任取って」

「責任って、お前が連続ログインしたせいだろ」

「それを言ったられんがログボになったのがそもそもの原因じゃん」

「うっ! それは」


 不可抗力とは言え事実なので反論できない。


「あはは。あたし達の距離感ってこれくらいだよね。妙にくっついたり、離れすぎるとおかしくなっちゃう」

「だな」

「でも、れんを好きなのは変わらない。絶対に振り向かせるから」


 琉未るみの真っすぐな告白の向かい風になるかのように、背中から冷たい風を感じる。

 窓は閉めていたはずなのにどうして。

 その疑問の答えは出かけていたけど確認したくなかった。琉未の青ざめた表情から、自分の出した答えが正解だとわかっていたから。


「えへへ。来ちゃった」


 窓から侵入したにも関わらずいつもと同じノリの姉ちゃんがそこに立っていた。

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