第16話 攻める幼馴染

 4月18日 土曜日

 参子家まいこけで目覚める2度目の朝。

 子供の頃に何度も泊まったことがあるけどあれはノーカン。

 高校生になってからだと泊まるの意味が持つ重みが違う。


「好き……か」


 琉未るみに言われた言葉をぽつりとつぶやく。

 幼馴染だと思っていた女の子から受けた突然の告白。

 予兆は感じ取っていたのに、自分の中でその可能性を否定して逃げ続けてきた。


「やっぱりわざとだったんだな」


 1週間前は俺の横にあった顔が今日はない。

 本人の言う通り俺の寝顔を見ている間に寝落ちしたらしい。


「んん……」


 ベッドの掛け布団がもぞもぞと動く。 

 部屋の主もお目覚めのようだ。


「ん……おはよ」

「お、おう」


 髪はボサボサで目も半開き。

 お世辞にも可愛いとは言えない姿なのに、妙に意識してしまい緊張する。


「なによそんなに緊張して。ふふん。あたしのこと気になるのね?」

「う……」


 図星だった。さすがに告白されて今まで通りに過ごせるメンタルの持ち主ではない。


「だけどれんは逃げられない。家に帰ればきゅーねえが待ち構えている。実の姉と幼馴染、どっちを選ぶ?」


 黒い笑みを浮かべて得意気に迫ってくる。

 見た目は小悪魔、中身は大魔王という感じだ。


「ほんっっっとイイ性格してるよな」

「でしょ? あたしのこと好きになった?」

「なるわけねーだろ」


 このやりとりで少しだけ緊張が解けた。

 やっぱり俺のことを一番理解しているのは琉未るみだとは思う。

 幼馴染としてはずっと好きなんだ。ただ恋愛対象として見れないだけで。


「さ、顔洗ってご飯を食べたら宿題よ」

「へーい」


 どんなに青春していても学生である以上は勉学から逃れられない。

 いつもなら憎き宿題も今日ばかりは救世主のように思えた。


 こんな朝早くから俺が参子家まいこけに居ることにたいして疑問を抱かず、それどころかなぜか俺の朝食まで用意されていた。

 え? もしかしておばさん達は知ってたの?

 琉未るみに視線を送るとしたり顔で返された。


***


「ごめん。朝ごはんの時に課題クリアしてた」


 すでに琉未るみの連続ログインは8日目。5日目以降に挑戦できる『一緒にご飯を食べる』をうっかりクリアしたことを謝られた。


「仕方ないっていうか、琉未るみがログボ目当てじゃないのは知ってるから」

「そうだけどさー、ご飯を食べてお金を貰うってパパ活みたいじゃん」

「うぅ……」


 弐田にったさんの言葉を思い出して泣きそうになる。これはパパ活じゃない。謎のログボのせいなんだ。


「まずはれんから着替えて。あたしは後でいいから」

「あ、いや、ここは部屋の主から」

「女の子は時間が掛かるの! さっさと済ませて」

「はい」


 言われるがまま先に着替える。ジーンズにTシャツというシンプルな装いなので時間は掛からない。


「さ、琉未るみの番だ」

「……覗かないでね」

「覗かねーよ!」


 むしろ更衣室に押し込んだのは琉未るみの方だ。

 俺は見ないように見ないように必死に我慢したというのに信用がないな。


「終わったら教えてくれよ。俺は何時間でも待つから」


 入れ替わりで着替えを済ませると、俺の知らない琉未るみがそこにいた。

 私服では滅多に履かないミニスカートで太ももが露わになっている。

 Tシャツもだいぶサイズが大きいものを着ていて胸元のガードが緩い。

 子供っぽさとそれに似合わない巨乳のアンバランスさが扇情的せんじょうてきだ。


「なあ、本当にその服で合ってるのか?」

れんがあたしの何を知ってるのよ」

「いや、そんな服見たことないなって」

「ふふん。当然でしょ。初めて着るんだから」


 言葉を選ばないで表現するならば、琉未の格好はエロい。その一言に尽きる。

 こんな格好で外を出歩いたら俺が……いや、親御さんが泣くぞ。


「どう? 男子ってこういうのが好きなんでしょ?」

「まあ……そうだけど」


 一対一で琉未と張り合っても勝ち目は薄い。

 それならば正直に性癖を晒した方がマシというものだ。


「これはれんの精神を鍛えるためでもあるの」

「は?」

「女の子に対する免疫がないからログボ目当てでも鼻の下を伸ばすわけ。もっと強い刺激になれたら仏のようになるから」

「お前は俺をどうしたいんだ!」


 好きな男を他の女に取られたくない。みたいな心理なのかもしれないけど、残念ながら俺の本命はログボ目当てで近付いてくれない。

 むしろログボになることで遠退とおのいてしまっているんだ……。


「ほらほら。布団を畳んでテーブル出して」

「はいはい」


 指示通りにセッティングをして、俺達は向かい合って座る形になった。

 琉未るみが視線を落とすと同時に胸元の布も重力に従って垂れ下がる。

 俺の顔をしっかり挟み込んだ谷間が見えて思考はおっぱいでいっぱいになってしまう。


「あのさ、れん

「え? あ、なに?」

「有名な噂だから知ってると思うけど、女の子って胸への視線に超敏感だからね。っていうか連はチラ見じゃなくてガン見だし」

「す、すまん」


 慌てて宿題に頭を切り替えるものの問題の内容が全く入ってこない。


れん……問題集の向きが逆」

「ははは。そりゃ問題が入ってこないわけだわ」


 もはや笑って誤魔化すことしかできなかった。


「それにしても、やっぱりこのテーブル狭いわね。どうせ同じ問題集を見るんだから」


 琉未はすっと立ち上がり自分の問題集を片付けた。


「うん。れんの問題集を見せて。あたしのペースで進むからサボったら置いてくから」


 実に合理的な考えだと思うし、俺の集中力向上にも繋がる方法だと思う。

 でも、琉未るみの想いは全く俺に届いてない。なぜなら、


「ちょっと近すぎないか?」

「こうしないと問題が見えないし」


 乗車率200%超えの満員電車のようにやたらと体をくっつけてくる。

 特に気になるのが太ももだ。

 ジーンズ超しなのに琉未るみの熱が伝わってきて心拍数が上がっていくのがわかる。


「ほら、手が止まってるよ?」

「苦手なんだよこの範囲」

「しょうがないな~。教えてあげる」


 俺のノートを覗き込むと、自然と琉未るみの胸が俺の右腕に触れる。

 それをわかっているのか琉未るみの顔もほんのりと赤くなっていた。


「なあ琉未るみ。お前やっぱりおかしいぞ」

「……おかしくない」


 琉未るみは涙目でじっと俺を見つめる。

 その弱々しさは思わず抱きしめたくなるほどだ。

 だけど、俺にそんな度胸はない。


 ピンコーン


 琉未るみのスマホから通知音がなった。


「なあ、今のって」


 上目遣いで10秒見つめるをクリアしてしまったらしい。

 琉未るみはそんなことはお構いなしと言わんばかりに俺の胸に触れる。


 ピンコーン


「ドキドキ…してるんだね」

「おい。ボディタッチもクリアしてるけど」


 琉未るみはさらに追い打ちを掛ける。


「ふぅ~」

「おおう」


 耳元にそっと息を吹きかけられた。

 その甘い刺激に思わず身震いする。俺のよろこびを代弁するかのごとく琉未るみのスマホが通知音を鳴らした。


「ふふん。こんなに課題をクリアしちゃった」

琉未るみ、なんのつもりだよ」


 どちらかと言えばログボに否定的だった琉未るみの行動に心が乱される。


「あたしなら、これから先の課題もクリアできるよ。れんは……興味ない?」


 ごくりと唾を飲み込む。まずは意識したのは14日目のキス。そして、半年後のエッチ。

 妄想が一瞬で爆発的に膨らみはしたものの理性はまだまだ正常だ。


「あれだけエッチを恐がってたのに?」

「……っ!」


 俺が知った琉未るみの弱点。これならば反撃できる。


「段階を踏めば……あたしだって」


 ただならぬ気配をまとった琉未るみの顔が急接近した。

 

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