第15話 幼馴染の余裕

「ご、ごめん]


 幼馴染からの突然の告白。

 それに対して俺の口から出たのはこの言葉だった。


「いや、これは断ったわけじゃなくて」

「ふふん。いいわよ。連がすぐに返事をくれるなんて微塵みじんも思ってないから」

「んだと!?」


 小生意気こなまいき琉未るみの言葉が少しだけ俺達の関係もいつも通りの状態に引き戻してくれた。

 バランスを崩し、幼馴染の部屋で這いつくばって状態でされた人生初の告白。

 琉未るみは変わる覚悟を決めたのに、俺は受け入れるでも断るでもなく、曖昧な答えしか出せなかった。

 すでにログインを済ませた琉未るみは何の躊躇ちゅうちょもなく俺の手を取り助けてくれる。

 

「さて、じゃあおやすみ」

「え、寝るの?」

「当たり前じゃない。夜更かしはお肌の敵よ」


 数十秒前に告白したとは思えないくらいの変わり身に驚く。

 琉未るみのメンタルが強いのは知ってるけどまさかここまでとは。


「ふふーん? もしかしてエッチなこと考えてた?」

「ばっ! んなわけねーだろ!」


 こんな時間に部屋に招待されるから何かあるとは思っていた。いやらしい意味ではなく。

 それがまさかの告白で読みが外れたというか、準備していた心と違うものがきてビックリしただけだ。


「……答えをちゃんと出すまでベッドの中に潜り込まないでよね」

「しねーよ!」

 

 つい大きな声を出してしまった。

 参子家まいこけから妙に信頼されているのでこの状況も笑って見逃してくれると思うけど、深夜に起こすのは申し訳ない。


「そうやって必死に否定するのが怪しい」

「むしろお前が俺の布団に潜り込んできたんだろ」

「ちがっ! あれは事故というか、寝顔を近くで見てたら寝落ちしたというか」

「は?」


 ベッドから落ちたんじゃなくて寝顔を近くで見てた?

 さらっととんでもない事実が明かされたぞ。


「まあまあ、もう済んだことだし」

「それって被害者側の台詞だよな。加害者側の言うことじゃないよな」


 琉未るみはベッドに入りしっかり布団にくるまっている。

 これをひっぺがしてまで先週の件を追及しても今度は俺が加害者扱いだ。


「わかったわかった。もう済んだことだ。それに俺は居候いそうろうの身だしな。文句は言えん」


 参子家まいこけのお世話になれなければ姉ちゃんとの近親相姦きんしんそうかんルートに突入してしまう。

 そにれ比べれば幼馴染と一緒に寝るなんてたいした問題じゃない……と思う。


「……れんはさ、あたしが横で寝ててどう思った?」

「どうって……」


 健全な男子高校生なら、隣で女の子が寝ていたらドキドキするに決まってる。

 でも、その相手が幼馴染の琉未るみなら?

 

「何とも思わなかった……って言ったらウソになる」

「ふーん」


 そっけない返事だが、声からわずかに喜々としたものを感じた。


「あたしね。本当はログボ目当てだと思われても別によかったの」

「なんだよそれ」


 これまでの琉未るみの言葉と180°反対だ。

 ログボ目当てだと思われたくないから距離を取り、ログボと関係なくデートしたのに。


「いろんな女の子に鼻の下を伸ばすれんを想像したら嫌だったんだ」

「それは不可抗力だから許してくれよ」

「じゃあれんは、自分の彼女が他の男とイチャイチャしてたら許せる?」

「まあ……良い気分はしないな」


 俺が想像したのは弐田にったさんが他の男と楽しそうに話している姿だった。

 じゅうごならギリギリ。関係者って表現するのも変だけど許せる。

 だけどよく知らない男とタメ口で談笑している姿を想像したらムカムカしてきた。


「一個聞いていい?」

「ああ、うん」

「今、誰のことを思い浮かべた? あたし? きゅーねえ、それとも女の子?」

「……」


 なんで姉ちゃんが候補なんだよ! そんなツッコミで逃げることもできた。

 でも、妙な間ができてしまった以上、もうこの逃走ルートが塞がれている。


「別の……女の子なんだ」


 俺は否定も肯定もできなかった。

 この答えはすなわち、琉未るみの告白に対する返事になってしまうから。


「あたしがログインから逃げたのは、そうすればれんから特別に見られると思ったからなんだ」


 深夜の静かな部屋に琉未すみの声だけが澄み渡る。

 

「そしたら雪那せつなちゃんもログインしなくて。あたしの気持ちを知ってるから」


 弐田にったさんは琉未るみを応援すると言っていた。

 それとは別にログボに対する嫌悪感けんおかんも抱いているようだけど。


「だから、みんなに彼氏彼女の関係だと思われて本当は嬉しかった」

「……」


 琉未るみが彼女。そう思われて俺はどうだったろう。

 人生初の彼女が幼馴染というのはシチュエーションとして素敵かもしれない。

 でも、気持ちはそこまで舞い上がらなかった。

 むしろ弐田にったさんとの距離が広がってしまうことに不安を覚えた。

 

「でもね、エッチのログボを知ったらなんか急に恐くなっちゃって。ログボにペースを合わせてたら半年後じゃん?そんなこと急に言われても心の準備ができないって思ったら具合悪くなちゃって」


 エッチしたら10億円。

 俺も他人事だったら羨ましくて仕方のない話だと思う。

 好きな人と結ばれて、おまけに想像できないほどの大金を手に入れて。


「俺も驚いたよ。あんな課題が設定されてて」

「……れんは10億円貰えないけどさ、それをエサにすることはできるでしょ?」

「しねーから!」


 弐田にったさんに言われたパパ活という言葉を思い出して胸にチクりと刺さる。

 正確には『両想いになって』という漠然とした条件があるのでお金目当てでエッチしても大金は手に入らないようだけど。


「うん。れんはそういうことしないってわかってる」

「お、おう」


 なんか男としての生き様を褒められたみたいでむずがゆい。


れんの肩で眠った時、すごく安心した。あたし、やっぱりれんが好きなんだなって」


 このまま琉未るみと恋人になれば姉ちゃんも諦めてくれるかもしれない。

 琉未るみとの思い出を振り返ると、大変なこともあったけど琉未るみが一緒だったから笑っていられた。

 一番の理解者だと思うし、みんなの言う通りお似合いなんだろう。

 それでもすぐに返事ができなかったのは、弐田にったさんの笑顔が俺の心に引っ掛かっているからだ。


「ごめん琉未るみ。やっぱりすぐには返事できない。ヘタレでごめん」

「ふふん。知ってる。ゆっくり考えて。周りに流されて好きって言われても嬉しくないし」


 幼馴染は余裕の笑いを放った。

 その余裕とは反対に、俺には余裕がなくなっていた。

 弐田にったさんへの想いを諦めて琉未るみと恋人になるのか。

 幼馴染の関係に戻れないとわかって弐田にったさんを想い続けるのか。

 ログインボーナスになってモテ始めたゆえに、恋の悩みがより複雑になってしまった。

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