第14話 計算

 姉ちゃんがログインを再開したのが4月12日。

 このまま途切れることがなければ4月25日に14日目を迎える。

 25日は土曜日。参子家まいこけに逃げればいいと思いつつ、あまりにもギリギリ過ぎる。

 それこそ日付が変わった瞬間から何を仕掛けてきてもおかしくない。


「っていか、土曜日にリセットして日曜日に再開だと、結局毎週土曜にリセットするしかないじゃん」


 カレンダーを片手に何度確認しても同じだった。

 日曜日にログインを再開させれば絶対に14日目は土曜日に当たる。

 同じ家に住む姉ちゃんの連続ログインはそう簡単に途切れない。

 

琉未るみ、頼みにくいよなあ……」


 昨日の昼休み、琉未るみは5分ほど眠ったあとは元気を取り戻していた。

 ログボのことでやいやい言われていたが、それも上手じょうずに切り抜けていた。


「先週とは違った気まずさだ。はぁ……」


 勝手に恋人関係にされて、あの後は全く連絡を取ってない。

 参子家まいこけのお世話になるなら今日中に連絡をしないとさすがに迷惑だ。


 スマホの画面をタップする指が重い。

 電話帳を開いて、参子まいこ琉未るみの名前をタップして、あとは番号に触れれば電話を掛けられる。

 たった3ステップで相手に電話を掛けられることをこんなに恨んだことはない。

 心の準備ができないまま時間だけが過ぎ去っていく。


「ああ、もう!」


 いつまでも悩んでいられない。

 とにかく電話を掛けて用件だけ伝えよう。


 トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル


 なかなか電話に出ない。

 もしかしてもう寝ちゃった?

 カーテンを開けて窓の外を覗くと、同じように琉未るみが窓の前に立っていた。


 ガラリと窓を開けるとまだ冷たい夜風が部屋を抜けていく。

 この冷たさのおかげで悶々もんもんとしていた気持ちが少しだけ落ち着いた。


「……悪いな。こんな時間に電話して」

「ううん」


 1週間前に使ったシャンプーの香りが風に乗ってふわりと鼻孔びこうをつく。

 その匂いも相まって、しおらしい幼馴染が妙に大人びて見えた。


「窓を開けたままじゃ寒いだろ。やっぱり電話」

「直接……話したい」

「そっか」


 琉未るみがそれを望んでいるのなら断る理由はない。

 俺達の距離はこんなにも近いんだから。


「きゅーねえのリセットだよね?」


 琉未るみは俺の悩み事をすぐに言い当てる。昔からそうだった。

 

「ああ、うん。よく考えたら、日曜日からログインが再開すると2週間後の土曜日が14日目になるんだ」

「毎週土曜日にリセットしないと危ないってわけね?」

「かたじけない」

「いいわよ。ほら」


 琉未るみはそっと手を伸ばす。

 三日月に照らされた顔がちょっとだけ色っぽい。


「いや、まだ金曜だし、明日の昼にでも」

れん、きゅーねえを甘くみてるでしょ?」

「そんなわけねーよ! 最大級の警戒をしてる」

「なら、今からうちに避難しなさい」


 どの道、明日には参子家まいこけのお世話になる。それも今夜は琉未るみの部屋に敷いた布団で寝るだけ。

 それでもいろいろな思い出が琉未るみを幼馴染ではなく一人の女の子として意識させてしまう。


「いや、今日は平気だから。準備もあるし」

「準備が終わるまで待ってる」


 真っすぐ俺を見つめるその瞳から一歩も引く気がない意志の固さを感じた。


「……わかったよ。今週は宿題がたくさんあるだろ? 全部詰めるから、用意が終わったら連絡する」

「ふふん。初めからそうしておけばいいのよ。それじゃ、またね」

「ああ」


 お互いに窓を閉める。

 一瞬カーテンに手が伸びたけど、それを閉めるのはやめた。


「さて、荷造りしないとな」


 着替えと勉強道具、あとは携帯ゲームも持っていく。

 宿題を終わらせて、気まずくなったらゲームに逃げる。

 今日はちょっとおかしな流れになったけど、週末をゲーム漬けで過ごせば元に戻るかもしれない。

 

 気付けば時刻は間もなく0時。

 琉未るみはずっと部屋の電気を消したままだ。


「もしかして寝落ちしてる?」


 俺にとってはその方が好都合。

 二日連続で同じ部屋で寝たらどうしても意識せざるを得ない。

 ただ、勝手な思い込みで連絡しなかったら何を言われるかわからない。

 アリバイ作りのために一応電話を掛ける。


 トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル……。


 何度コールしても琉未るみは出ない。

 時間も時間だ。疲れて寝てしまったのだろう。

 明日からお世話になる話は付いている。俺もさっさと寝よう。


 ガララ……。 

 

 予期せぬ物音に体がビクッと硬直した。

 音の出所は自分の部屋ではなく琉未るみの部屋だ。


 カーテンを開けたままの窓に視線を移すと、したり顔の琉未るみが立っていた。

 琉未るみの部屋は暗いままなので妙に悪者っぽく見える。


「ふふん。ビックリした?」


 こちらも窓を開けるとニヤニヤしながら琉未が言った。


「ああ、驚いたよ。起きてるなら電話出ろよ」

「電話が鳴ったから準備できたんだと思って窓を開けたんじゃない」

「ほんと良い性格してるよな」


 俺をおちょくるのに関して琉未の右に出られるのは姉ちゃんくらいだ。

 そう考えると姉ちゃんの魔の手から逃れるために琉未るみを頼るのはおかしい気がしてフッと笑いがこみ上げる。


「どうしたの急に笑って。気持ち悪い」

「気持ち悪いとは失礼な」

「こんな気持ち悪い男を同じ部屋に泊めるなんて、あたしって本当良い幼馴染だわ」

「はい。存じております」


 そう、琉未るみは幼馴染なんだ。

 今までも、きっとこれからも。


「ほら、準備できたんなら早く」


 琉未るみが伸ばした手を何も考えずにつかむ。

 同時に、琉未るみのスマホが鳴った。


「ふふん。ログイン8日目。きゅーねえよりも先にログインしちゃった」

「まあ不可抗力だよな。クラスの女子も琉未をログボ目当とは思ってないし、これからはあまり気にせ……おわっ!」


 琉未るみが勢いよく手を引くのでバランスを崩してしまう。

 反射的に右手を放し、寸でのところで床に手を付き落下の勢いを殺した。


「おじさんとおばさんだってもう寝てるだろ? あんまり騒がしくするのは」

れんがあたしの気持ちから逃げるからイジワルしただけ?」

「あん?」


 悪態をついて気付いていないふりをした。

 薄々感じていた琉未るみの好意。

 幼馴染をからかっているだけだと自分に言い聞かせていた。

 女心はわからないと逃げていた。琉未の気持ち。


「今から言うことは本気だから。でも、今言うとなんかズルい気もするから、床に寝たまま聞いて」

「はあ? なんだよそれ」


 胸の鼓動が高鳴る。

 琉未るみがその言葉を発したら、絶対にもう同じ幼馴染の関係には戻れないから。

 期待と恐怖が入り混じる複雑な感情が俺の中でうごめく。


 スーッと、琉未るみが深呼吸をしたいのが聞こえた。

 

「あたしはれんが好き」


 ちょうど一週間前、俺達の関係がリセットされたような気がしていたけど、気のせいなんかじゃなかった。

 あの時からただの幼馴染の関係は終わってしまっていたんだ。

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