第13話 みんなでお昼

 金曜日。学校でのログボ生活が終わると思うとほんの少しだけ元気がわいてくる。

 さすがに耳に息を吹きかける女子は皆無かいむだったけど、ボディタッチはほとんどの女子がやっていった。

 手を繋いでる時点で体の一部を触ってるようなものだからハードルが低いんだろうな。


「今日はお昼みんなで食べるから。忘れないでね」

「もちろん参子まいこちゃんもだよ」


 連続ログイン5日目の課題『一緒にご飯を食べる 4000円』

 10秒見つめるとか、耳に息を吹きかけるとかをやらせた後にご飯を食べるって、課題設定の基準がよくわからない。

 ちなみに姉ちゃんは昨日のうちにあっさりとクリアしている。

 毎日全部の課題をクリアしているので1番電子マネーが貯まってるんじゃないだろうか。


弐田にったさんはどうする? ログボ貰えないけど」

「わ、私……は……」


 琉未るみがこちらの食事会に強制参加となると、弐田にったさんは独りになってしまう。

 俺も人のことは言えないけど、琉未るみの存在がクラスメイトとの懸け橋になっているから。


弐田にったさんもおいでよ。琉未るみもいるしさ」


 完全に琉未るみの存在に頼っているけど、弐田にったさんを誘うなんて我ながら思い切った行動だ。

 これで断られたらいよいよ俺が嫌われてることになるけど、そしたらもう諦めるしかない。


「は……はい」


 体をモジモジさせながら小さく頷いてくれた。

 長い髪で顔が隠れてよく見えないけど、普段はほぼ琉未るみの前でしか見せない笑顔がそこにはあった。

 俺が一目惚れした笑顔だ。

 二人きりの食事に誘った訳でもないのにすごく大きな一歩を踏み出せたような気がして心が躍る。


「せっかくだから弐田にったさんもサクッとログインしちゃいなよ」

「あ、いや、私は……」


 ログボに対していかがわしイメージを持ち、さらに琉未るみを応援すると決めている弐田にったさんにとって、俺と手を繋ぐのは琉未るみに対する裏切りのように考えているのかもしれない。

 その琉未るみはちょうど出払っているので一昨日おとといのような助け船は期待できない。

 今ここで弐田にったさんを救えるのは俺だけだ。


「逆にさ、このままずっとログインしない縛りプレイもアリじゃないかな?」

「あはは。なにそれ」

「その縛りに何の得があるのさ」

「まあ、ウチらにはもうできないことだよね」


 意味不明な理論だけど彼女達にはウケたようだ。

 もう一押しで弐田にったさんのログインは回避できる。


弐田にったさんと手を繋げないのは残念だけど縛りプレイ頑張ってね」

「は、はい」

「ちょっとー。参子まいこちゃんってものがありながら弐田にったさんに浮気する気?」

「サイテー」

「毎日ログボを貰ってるみんなは何なの!?」


 どうにか弐田にったさんは俺と手を繋がずに済んだ。

 本当は繋ぎたかったけど、パパ活と同じとまで言われたのでログボをきっかけに手を繋ぐのは何か違う気がする。

 場も温まったみたいだし一安心かな。


「ありがと……ございます」


 俺にだけ聞こえるような小さな声で弐田にったさんがつぶやいた。

 結局俺に対する敬語は抜けていないけど、ちょっとだけでも好感度が上がっていたら嬉しい。

 なんて、すぐに打算的なことを考えるからダメなんだよな。やっぱり俺は良い人ではないと思う。


***


 昼休み。みんなの机を寄せ合って昼食を取る。

 なんだか小学校の給食の時間みたいだ。


「はいはい。参子まいこちゃんは独井とくいくんの隣ね」

「一緒に食べればいいわけだから、さすがに隣は彼女だよねー」

弐田にったさんは参子まいこちゃんの隣がいいかな? しっかりガードしてもらってね」


 カースト上位の女子達によって話があれよあれよという間に進められていく。

 さらっと琉未るみが俺の彼女扱いされてるし。


れん、あんたお人好しにもほどがあるでしょ」

「うぅ……女子の圧力が恐いんだよお」

「とか言って、まるでハーレムみたいな光景に鼻の下を伸ばしてるくせに」

「伸ばしてねーよ!」


 琉未るみと姉ちゃん以外の女の子と触れ合う機会がほぼなかった俺にとって、この状況はどう処理していいかわからない地獄と言ってもいい。

 弐田にったさんと琉未るみと俺の3人とか、俺が求めるシチュエーションはそういうのなんだ。


「夫婦喧嘩はあとにしてもらって。それでは、いただきまーす」


 別に号令はいらないと思うんだけど、このシチュエーションがそうさせるのかみんなで手を合わせて食事が始まった。


「幼馴染と付き合うって本当にあるんだねー」

「ぶほっ!」

「ちょっと独井とくいくん、大丈夫?」

「だ、大丈夫。俺達、別に付き合ってないからね」

「そうなの?」


 ここでしっかりと誤解は解いておきたい。

 彼氏彼女の関係だからと課題クリアを強制されても困る。


「でも実際さ、参子まいこちゃんと独井とくいが付き合ってたとしたらログボがどうなるの?」

「たしかに。これって独井とくいくんが彼女を作るためのアプリなんでしょ」

「俺には全く身に覚えのないアプリなんだけどね」


 彼女達は興味は俺と琉未るみが恋人関係かよりもログボを貰えるかに移っていた。

 ログボの正体は俺もよくわからないけど、まだこっちの話題の方が助かる。


「さすがにこの課題をクリアしたらログボも終わるんじゃない?」


 うちの玄関まで来ていた女子がスマホの画面をみんなに見せる。

 そこに映し出された課題内容はとんでもないものだった。


 “181日目 両想いになってエッチする。 10億円”


「んぶごっ!」「ばはっ!」


 俺と琉未るみが同時にむせる。


「あはは。二人とも動揺し過ぎだって」

「条件めっちゃ厳しいもんね。180日以上連続でログインして、両親に挨拶済ませたり旅行に行かないといけないんでしょ?」

「でも幼馴染だから両親への挨拶って済んでるっしょ」

「お金もログボも貯まるしね」


 姉ちゃんとのキスに気を取られて先の課題を全然確認してなかったけど、180日連続ログインするとこんな課題と報酬もあるのか。

 わざわざ『両想いになって』と付けることで強引にも恋人関係にしようという思惑が透けて見える。


「これって宝くじが当たるようなもんじゃん? 参子ちゃん、羨ましいな~」

「彼氏ができてエッチしたら10億円。前世でどんな徳積んだのよ」


 周囲の盛り上がりと反比例するように琉未の顔は青ざめていく。


「琉未、大丈夫か?」

「う、うん」


 口ではそう言っているものの、やっぱり心配になる顔色だ。


「ねえ参子まいこちゃん、顔色悪いよ?」

「ごめん。ちょっと騒ぎ過ぎたね」

「せっかくだからさ、彼氏の肩で休ませてもらいなよ」

「いいじゃんそれ! 高さ的にちょうど良さそうだし」


 心配してくれてるのか楽しんでいるのか、彼女達はどうしても俺達に恋人っぽいことをさせたいらしい。

 琉未るみの隣に座る弐田にったさんを見ると、無言で小さく頷いた。

 これは『やれ』という合図なのだろうか。

 わずかでも俺に対して恋愛感情があれば渋りそうなものだけど、わりと即答なのがショックだった。


琉未るみ。嫌かもしれないけどここはサクッと済ませるぞ」

「うん」


 体調が悪いせいか琉未にいつものキレはなく、素直に俺の肩に体重を預けた。

 同時に、琉未のスマホが通知を知らせる。


「待って。なんで課題完了?」

「一緒にご飯を食べるだったらウチらもクリアのはずだよね」

「まだクリアになってないよー」


 突然の課題クリアにざわつく食卓。

 180日目なんて遠い話は把握してなかったけど、14日目のキスまでならだいたい覚えている。

 一度姉ちゃんにだいぶクリアされてるし。

 それなのに迂闊だった。琉未るみが土曜日からログインを始めて今日で7日目であることを忘れていた。


「もしかしてこれじゃない。『7日目 肩に頭を乗せる。 7000円』ってやつ」

「マジか! 参子まいこちゃん、少なくとも連続7日はログインしてたんだ」

「幼馴染なら休みの日もログインできるもんね。こりゃ参子まいこちゃんに勝てる女子いないって」

「あ! お姉さんなら」

「実の姉と恋愛とか意味わかんねーから」


 琉未るみが7日目の課題をクリアしたことに沸く一同。

 そんな中、琉未るみはすやすやと寝息を立てていた。


「みんな盛り上がってますね。少しの間、琉未をこのままにさせてあげてください」

「う、うん」


 体調が悪そうだったので起こすのも忍びない。

 弐田にったさんから心の壁を感じるお願いの仕方をされ、俺は大人しくそれを受け入れた。

 もう完全に俺と琉未るみが付き合っているみたいな空気になってしまっている。 

 琉未るみのことは嫌いじゃない。むしろ好きな部類だけど、それは幼馴染としてだ。


 弐田にったさんとの距離が縮まったような遠退とおのいたような、そんな微妙な結果で今週の学校生活は終わりを告げた。

 一つだけ良かったのは『実の姉と恋愛とか意味わかんねーから』という発言を聞けたことだ。

 この言葉を姉ちゃんに聞かせてやりたい。これが世の一般的な女子高生の考えだぞ!

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