第12話 もっとほしいの

 今日は週の真ん中、水曜日。

 姉ちゃんはもちろん、なんだかんだで琉未るみも連続ログインを継続中だ。

 毎日強引に姉ちゃんが手を繋がせている。

 琉未は土曜日から、姉ちゃんは日曜日からなので琉未が一歩リードしている状態だ。


独井とくいくん、今日もお願い」

「あー、はいはい」


 すっと手を差し出すと、彼女はギュッと握る。

 

「それとついでに……ジーーーー」


 少しかがんで上目遣いで見つめられる。

 ログイン2日目に解放されるこの課題、正確にはただ俺を見つめるだけじゃダメで、目が合ってないといけないらしい。

 両手で処理できる『手を繋ぐ』と違ってどうしても時間が掛かるし、何より恥ずかしい。


「2回目だけどちょっと緊張。でも、これを乗り切れば……」


 課題クリアのボーナスが加算されたことを確認すると、今度は俺の太ももに触れる。


「やりぃ! さらに2000円ゲット!」


 くるりと振り返ると同時にスカートがふわりと舞う。

 ここまでさらたら普通は好きになるのかもしれない。

 だけど、完全にログボ目当てだとわかっているので心がトキメクことはなかった。


「ねえねえ、別に10秒見つめるをクリアしてなくてもボディタッチはクリアできるんだよね?」


 別の女子が俺に質問する。ショートカットで快活なタイプだ。


「うん。そのはずだけど」

「ふーん。それじゃあ試しに」


 彼女が俺の肩に触れると同時にスマホが鳴った。

 無事に課題クリアとみなされたらしい。


「うはっ! 先週気付いてればよかった。手を繋いでどこか触れば合わせて3000円。うめー!」

「マジ? 毎週めっちゃ稼げるじゃん」

「見つめ合うのは無理だけどボディタッチならクリアできそう」

「絶妙な課題設定だよね。あ、5日目の『一緒にご飯を食べる』ってやつ、ウチら全員でクリアできんじゃね?」


 などなど、名前もよく知らない女子達がワイワイと盛り上がっている。

 その様子を、いや、俺を冷やかな目で見るのが弐田にったさんと琉未るみの二人。

 せっかく好きな人から視線をもらってるのに、全く好意を感じられないのが辛い。


「ねえねえ、参子まいこちゃんも課題クリアしちゃえば?」

「そうだよ。毎日独井とくいくんの背中叩いてたじゃん」

「え? あ、あたしは別に……」


 突然のクラスメイトからの振りに戸惑う琉未るみ

 琉未るみは本当にログボで稼ごうなんて思っていないし、多くの生徒が見てる前で姉ちゃんに連続ログインさせられるのも不本意なんだから。


「月火水で3日目でしょ? 見つめるのは恥ずかしくてもボディタッチなら余裕っしょ」

「ほらほら参子まいこちゃん、せっかくだしさ。ね? 独井とくいくん」

「え、いや……うん」


 よく知らない女子に触られるのと琉未るみに触られるので重みが違うというか、意味合いが変わってくるというか……。

 もっとすごい体験はしてるはずなのに、いざこうしてみんなの前でとなると気恥ずかしさが出てくる。

 それは琉未るみも同じようで。


「あー、でも、れんもいっぱい触られて疲れてるだろうし、またの機会ということで」

「平気平気。むしろウチらに触ってもらって元気いっぱいっしょ」

「だよねー。健全な男子高校ならもうギンギン」


 微妙に品のないことを言ってるけど事実なので反論はできない。

 どんなに強い意志を持っていても体は正直に反応してしまうのだ。


「せっかくだから弐田にったさんもおいでよ。まだ1回もログボ貰ったことないよね?」

「初めは緊張するかもだけど、慣れたらおいしいよ」

「……」


 弐田にったさんはうつむいてしまった。こういうカースト上位の女子集団に話し掛けられると委縮いしゅくしてしまう。

 琉未るみが一緒ならある程度は平気みたいだけど、状況が状況なのでやっぱりキツいみたいだ。


「わかったわかった。あたしも課題クリアするから。ね?」


 スッとイスから立ち上がりこちらに近付いてくる。

 弐田にったさんを守るために無理をしてるのだろう。表情は少し引きつっている。


琉未るみ。そんな無理しなくても」

「ふふん。ちょうど新しい服が欲しかったからちょうどいいわ」


 嘘だ。琉未るみはこれまでに貯まっているログボを使う気はないし、自分から積極的にログインしたり課題をクリアする気はない。

 琉未るみが俺をどう思っているのか本当のところはわからないけど、ログボ目当てでつるんでいると思われるのは嫌というのは本音だ。


 琉未るみは小柄なので、イスに座っている状態だとちょうど顔が同じ高さになる。

 普段は見下ろしているので少しだけドキッとしてしまう。


「ごめんね」

 

 琉未るみが耳元で他の女子に聞こえないくらいの声でささやく。

 息が掛かって身震いしたのと同時に、琉未のスマホから通知音がなった。


「今の音って課題クリアの音?」

「マジ?」

「なんでよ。今日で3日目だからボディタッチまでしかクリアできないんじゃないの?」

「あー! 4日目に『耳に息を吹きかける 2500円』ってのがある」


 少なくとも連続4日はログインしないと挑戦できない課題。

 さすがにハードルが高いのか、女子達もこの課題についてはスルー気味で内容を覚えていないようだった。


「ってことは参子まいこちゃん。日曜もログインしてるってこと?」

「まあ、幼馴染だし……ねえ?」

すみにおけないなー。このこのー」


 などと勝手に盛り上がっている。

 彼女達は琉未をログボ目当てではなく、色恋沙汰のたぐいだと思っている様子だ。


「あの……違うの。これは……」


 困惑の色を浮かべながら琉未るみは弁明しようとする。が、言葉が出て来ない。


「隠すことないじゃん。二人とも息ピッタリでお似合いって感じだよ」

「そうそう。まあ、手を繋いだりするのに罪悪感はあるけど、それ言ったら独井とくいくんのお姉さんなんて、ねえ?」

「それな! 独井とくいくん、お姉さんに愛されすぎ」

しゅうとめよりも姉の方が手強そう」

「わかる」


 琉未るみが想定していたのは別の方向に話が膨れ上がっている。

 どうにかした方が良いとは思いつつも何の策も浮かばない。

 俺と琉未るみはただ作り笑いを浮かべて時間が過ぎ去るのを待った。


 キーンコーンカーンコーン


 始業を知らせるチャイムが鳴るとそれぞれ自分の席へと戻っていく。

 琉未に何も言葉を掛けられなかった自分が情けない。

 

「せっかく仲直りできたっぽいのに、これは辛いな」


 後ろの席のじゅうごが声を掛けてくれた。

 周りが敵だらけみたいな状況だったので、このたった一言が身に染みる。


「まあ、なんとかなるさ」


 そう自分に言い聞かせた。

 学校では無理だとしても家に帰ればゆっくり話せる。

 この考えは正しかった。だけど、それと同時に別の問題を発生させてしまうんだ。

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