第9話 ドキドキ水着選び

 本当に水着売り場に来てしまった。

 基本的には女の子が多くて、たまに居る男は付き添いの彼氏という感じだ。

 俺の場違い感が半端ない。


「うーん。やっぱりお姉ちゃんは一人で選ぼうかな。一時間後にここに集合でいい?」

「俺は構わないけど」

「オッケー! きゅーねえの気が変わる前に行こ行こ」


 有無を言わさず琉未るみは俺の手を引きグイグイと進んでいく。


「おいおい。そんなに引っ張らなくても」

「珍しくきゅーねえれんを手放したんだよ? こんな貴重な機会を逃す訳にはいかない」

琉未るみが一緒に来てもいいって言ったのに酷いな」

「だってきゅーねえからは逃げられないでしょ?」


 琉未るみの言葉に無言でうなずいた。

 逃げても逃げても追いかけてくる。それが姉ちゃんだ。

 逆に、一人になると言ったら絶対に一人になる。


「きゅーねえの束縛から逃れられたんだからこの瞬間を思い切り堪能しなさい」

「お前、姉ちゃんをなんだと思ってるんだ」


 ありたがい進言しんげんではあるけど、姉ちゃんを怪物みたいな扱いにされてちょっと複雑だ。


「さ、選んで」


 琉未に連れてこられたのはビキニコーナーだった。

 この中から俺に選べと言うのか。


「まあ、なんだ。どれを着ても似合うと思うぞ」


 うっかり琉未るみの胸部を見ないように視線を逸らしながら言う。

 だけどこれは本音で、背が小さいとは言ってもこのバストならどんなビキニでも似合うと思う。


「まったく。これだからモテない男は。妙に女の子の水着に詳しくてもドン引きだけど、この色が似合いそうとか、この柄が良さそうとか。そういうアドバイスを求めてんの」

「お、おう」


 琉未からの具体的なアドバイスを受け止めきれずまともに返事すらできなかった。

 一体こいつは俺をどうしたいんだ。


「それで、あたしの助言を受けてれんはどれを選んでくれるの?」

「って、言われてもなあ。そんな急には……」


 いくら琉未るみと一緒でも、水着売り場であまりキョロキョロすると不審者扱いされるかもしれない。

 慣れない水着売り場の雰囲気に飲まれながらも辺りを見回し、琉未るみに似合いそうな水着を探す。


「これなんてどうだ?」


 パッションオレンジと言うのだろうか。弾けるような明るいオレンジ色が琉未るみの元気なイメージに合うと思う。

 俺の提案に琉未るみ


「ふふん。初めて選んだにしては良いセンスじゃない。早速試着よ」


 すでに今日のログインは済んでいるので何度手を繋いでもログボは入らない。

 それをわかっているからか、琉未るみは何の迷いもなく俺の手を取り試着室へと向かう。


「おいおい。手なんて繋がなくても逃げねーよ」

「い、いいじゃない別に。この方が周りから恋人っぽく見られるでしょ?」

琉未るみは……そんな風に見られたいのか?」

「聞かないでよ。バカッ」


 真っ赤になった琉未の耳を見つめながら試着室の前まで歩いてくると、玄関までログボを貰いに来てたクラスメイトの姿があった。

 琉未るみは慌てた様子で俺を試着室に押し込む。

 急なことだったので段差につまづいてしまい尻もちを着いてしまった。

 それは琉未るみも同じだったようで、琉未るみの体が急接近してきたところで視界が真っ暗になった。


「むぐぐっ!」

 

 柔らかいものに包まれて心地は良いけど苦しい。

 その柔らかさの正体はわかっている。果たして俺は生きて試着室を出られるのだろうか。

 天国のあとに突き落とさる地獄を想像すると冷や汗が止まらない。


「いいから少し黙ってて」


 俺の頭を抱きかかえ、されに胸をギュッと押し当ててくる。

 耳に掛かる琉未るみの吐息がさらに俺の思考力を奪っていった。


 外からは『今なんかすごい音しなかった?』『気のせいじゃない?』という会話が聞こえる。

 どうやらクラスメイトに俺達の存在は気付かれていないようだ。

 声が遠退とおのいたところで琉未るみがようやく俺を解放してくれた。


「どうしたんだよ急に」

「だって……同じクラスの子に見られたら恥ずかしいし」

「はあ!?」


 ログボ目当てじゃないとアピールしたいと言ったり、恋人っぽく見えると言ったり、クラスメイトに見られると恥ずかしいと言ったり、本当に琉未るみの考えてることがわからない。

 

「……今から試着するから目つむって」

「おいおい。俺が出て行けばいいだろ」


 試着室に男女が一緒に居るなんて店員さんに知られたら学校や両親に連絡がいくかもしれない。

 誰も見てないタイミングで俺が抜けだせば終わる話だ。


「いいから。きゅーねえとの待ち合わせもあるし、早く済ませないと」

「……あとで文句を言わないな?」

「言わないから。早く!」


 鬼気迫る琉未の雰囲気に圧倒され、言われた通りにギュッと目を閉じる。

 衣擦きぬずれの音が耳に入る度にさっき体感した柔らかさがあらわになっていることを意識してしまう。

 もはや時間の感覚なんて失われていて、どれくらいの目をつむっているかわからない。


「……なんで見てくれないの?」

「は? お前が目をつむってろって言ったんだろ」


 なんて理不尽なんだ。目を開けたら開けたで怒るくせに。

 俺はそんな安い挑発には乗らないからな。


「このまま目をつむってたらキスしちゃうって言ったらどうする?」

「おい。目を開けていいのか? ダメなのか? どっちなんだ」


 突然突き付けられた選択肢に戸惑う。

 もし目を開けて着替え途中だったらキレる。

 目を閉じたままならキスされるかもしれない。

 俺がとるべき行動は? 考えが全くまとまらない。


「ふふん。この程度のウソで混乱するなんて、だかられんはモテないのよ」

 

 目を閉じていても琉未のドヤ顔が頭に浮かぶ。

 ちくしょう。こんな状況で俺をおもちゃにするなんて!


「着替えは終わってるから目を開けていいよ」

「本当だな? あとで文句言うなよ?」


 恐る恐る目を開けると、そこには爽やかなオレンジ色のビキニに身を包んだ琉未るみがいた。

 たわわな胸が惜しげもなく披露されている。

 服の上からでも大きいとは思っていたけどここまでとは。


「ど、どう……かな?」

「あ、ああ、うん。良いと思うぞ。すごく琉未るみっぽい」


 幼馴染の成長があまりに衝撃的すぎてうまく言葉が出ない。っていうのは言い訳だな。平常心でも水着姿をうまく褒められる自信はない。

 琉未るみに可愛いと褒めるのはやっぱり恥ずかしいし、なんか悔しい。


「ちゃんと可愛いって言ってくれるまで出してあげない」

 

 琉未るみは俺の脚にまたがり、そのまましゃがんだ。

 普段は隠されている胸の谷間に視線が行ってしまう。


「ふふん。どう?」

「お前、そんな脅迫みたいなことしてまで可愛いって言われたいのか?」

「だってれんの口からあたしを褒める言葉が出てくるんだよ? ゾクソクするじゃん」

「なにその性癖」


 こいつは俺をどう思ってるんだ。恋愛対象として好きなのか、おもちゃの幼馴染として好きなのか、その答えがわからない以上どう対応していいかわからない。

 しゃがむことで更に強調された胸といじわるな笑みで見つめることでジリジリと俺を追い詰める琉未。

 時間にして10秒ほど経った時、琉未のスマホが鳴った。


「あっ! もしかして」

「……『上目遣いで10秒間見つめる』 クリアだな」


 琉未るみはやってしまったという表情でスマホを見つめている。

 不本意ながら2日目のログインをしてしまったがために、偶然にも課題をクリアしてしまった。


れんのせいだから」

「は?」

れんがすぐにあたしを褒めてればこんなことにならなかったの!」

「えぇ……」


 ログボを貰っておいて文句を言うとはまた随分と理不尽だ。


「ログボ目当てじゃないって言ってるのにログボを貰って。これじゃあ嫌な女じゃん」

「そんなことは……」


 絶対にありえない。琉未るみは俺をログボとして見ていない。それだけはハッキリとわかる。


「似合ってる。可愛い」

「え?」


 唐突に褒めたからか琉未るみの顔が真っ赤になる。


「付き合ってるわけでもないのに水着を褒めるって恥ずかしいんだからな。それも相手は琉未るみだし」

「……ふ、ふふん。初めから褒めてればよかったのよ」

「これで満足か? 早く出ないと姉ちゃんが心配する」


 高校生にもなって迷子センターに呼び出されたらそれこそ死にたくなるし、ログボが今ここに居ることと知られてしまう。


「そ、そうね」


 琉未るみはすっと立ち上がると俺をジーっと見下ろす。


「なんだよ」

「着替えるから目つむってて」

「わ、悪い!」


 再び目を閉じ、布がれる音を意識しないように別のことを考える。

 俺の脳内はおっぱいでいっぱいだった。

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