第8話 人生初デート

「デートって、俺とお前が?」

「他に誰がいるのよ」


 服装は天使でも口調はいつもの幼馴染だ。


「ほら、早く部屋に戻って準備して。今日は別にきゅーねえに手を握られても平気でしょ?」


 4月12日の0時をもって姉ちゃんの連続ログインは途切れた。

 今日はいくら手を繋いでもログイン1日目という扱いになる。


「俺が無事に家を出られると思うか?」

「別にきゅーねえと一緒でもいいわよ」

「それってデートなのか?」

「両手に華で素敵じゃない」


 こいつ、自分で自分を華って言ったぞ。

 たしかに男子からはロリ巨乳として一目置かれてるし、姉ちゃんは学校中の人気者だ。

 

「もし祖始有そしあるのやつに見られたら嫉妬で殺されるんじゃないか」

「あたしときゅーねえが見てる前では平気よ」

「二人の視線がなくなったら!?」


 家に帰るまでがデートじゃないと途中で嫉妬に狂った男に刺されかねない。

 琉未るみは隣の家だし、姉ちゃんは同じ家に住んでるから最初から最後まで一緒なんだけどさ。


「デートでログボが貰えるのは連続ログインで31日目でしょ? まだ誰も到達していないはずのデートをしてたら、あたし達を見た女子はどう思う?」

「る……琉未るみは俺のこと好きなのかな……って」


 自分で言ってて恥ずかしくなった。

 正式に付き合い始めたカップルならともかく、琉未るみの真意がわからないから余計に恥ずかしい。


「バ……ッ! そんなわけないでしょ。あたしはただ、ログボ目当てでれんとつるんでるわけじゃないって証明したいだけ」

「だよな。うん。冗談に決まってるだろ。朝だからってキレが悪いぞ」

「あはははは。ごめんごめん。あたしの方こそれんのネタに気付かないなんて」


 表情上は笑っているものの二人の間に気まずい空気が流れる。

 この16年間、一度も好きと言ったことがないし、言われたこともない。

 そんな幼馴染の関係に大きな変化をもたらす『好き』の言葉が持つ重みに耐えられず、ただ笑うしかできなかった。


「それで、どこに行くんだ? お前から誘うくらいだから計画はあるんだろ?」

「うん。最近オープンしたショッピングモールに行こうと思って」

「ああ、るるぽか。……祖始有そしあるせいに出くわさないか?

「それが目的だもん。ログボも出ないのにデートしてるって見せつけるんだから」


琉未るみの目は真剣だ。本当にログボ目当てじゃないことをアピールするらしい。


「だったら学校で今までと同じように話せばいいんじゃないか?」

れんはあたしとデートするの嫌?」


 瞳をうるうるさせて庇護欲ひごよくをそそるような下から目線で見つめられる。

 その上、ワンピースをベルトでキュッと締めているため強調された胸部の膨らみを上から堪能する形になっていた。

 この状況でデートのお誘いを断れる男はいるだろうか。いや、いない。


「嫌じゃないっていうか、むしろ嬉しいっていうか。俺でいいのかなっていうか」

「いいに決まってるでしょ。あたしから誘ったんだから」

「まあ、琉未るみがそこまで言うなら一緒に行ってやってもいいぞ」

「なんで上から目線なのよ。今まで女の子とデートなんてしたことないくせに」

「うっ! 事実で人の心をえぐるな」


 学校ではもちろん、休日も琉未るみと一緒につるんでいたからお互いに恋人が居ないのは承知の事実だ。

 琉未るみ相手にはそこまで気にしていなかったが、デートに誘われて上でモテないことを指摘されるとなかなか辛いものがある。


「デートしたことないのは琉未るみだって同じだろ」

「ふふん。あたしはあえてしなかったの。可哀想な幼馴染がいるからね」

「ぐぬぬっ!」


 琉未るみは姉ちゃんほどでないが隠れた人気がある。

 クラスの誰に対しても明るく接していれば勘違いする男だって出てくるはずだ。


「さあさあ、ログボで釣らなくても可愛い幼馴染とデートできるラッキーデーなんだから早く準備して」

「自分で可愛い幼馴染とか言って恥ずかしくないのか?」

「……それは言わないでよ」

「すまん」


 ガチで言ったあとに後悔したらしく体を縮こまらせてモジモジしている。

 豊満なバストがより一層強調されて精神衛生上よくないので俺はそそくさと自室へと戻るべく窓に手を掛ける。


「準備ができたらインターホン鳴らして」

「おう。すぐ行く。……姉ちゃんに何もされなければ」


 窓からの移動は結局うまくいかず、また頭から滑り落ちるように到着した。

 ずいぶんと大きい物音がしたので姉ちゃんにも気付かれたと思う。

 大人しく引き下がるとは思えないので、素直に誘ってみるか。


 ***


 ピンポーン


 昨日とは打って変わって玄関から堂々と参子家にお邪魔する。

 ガチャリとドアが開かれると白いワンピースの琉未るみの姿がそこにあった。

 

「きゅーねえ、久しぶり」

「ひさしぶりー。琉未るみちゃん、すっごい可愛い!」


 まるで俺の存在が見えていないかのように抱き合う姉ちゃんと琉未るみ

 なんで女子ってすぐに抱き合うんだろうな。


「やっぱりきゅー姉も付いてきたんだ」

「るるぽで買いたいものがあるんだと」

「そうなの。夏に向けて水着をね」

「あたしもです。せっかくだから新しいの買おうかなって」

「二人とも海に行く予定でもあるの?」

「今はまだないけど」

「ねえ?」


 まるで示し合わせたかのように話が噛み合う二人。

 もしかして俺が知らないところで計画が進んでいたのかと勘繰かんぐってしまう。


「お姉ちゃんの水着、可愛いのを選んでね」

れんのセンスじゃ期待できないけど、新境地を開拓するにはいいかもしれないわね」

「ちょっと待って! 俺が選ぶの!?」


 デートだって初体験の俺が女の子の水着を選ぶなんてハードルが高過ぎる。

 百歩譲って琉未るみはともかく、姉ちゃんの水着は勘弁してほしい。


「琉未はまだ血の繋がりがないからギリギリ耐えられる。でも、姉ちゃんはマジで無理」

「なんで! やっぱり琉未るみちゃんの家で何かあったんでしょ?」


 俺が自室に戻り、支度を済ませて扉を開けると姉ちゃんが仁王立ちしていた。

 これから琉未るみとるるぽに行くことを正直に話し、姉ちゃんも誘われているむねも伝えた。

 2週間前ならすぐに納得してくれたと思うけど、4月に入ってからのよそよそしい琉未るみを姉ちゃんも知っていたので妙に探りを入れられている。


「むぅ! れんちゃんが教えてくれないなら琉未るみちゃんに聞くもん。昨日、れんちゃんと何かあった?」

 

 ほっぺを膨らませて何となく怒りをアピールしているようだけど全然恐くない。むしろチャーミングだ。

 当然、そんな様子じゃ琉未るみひるむわけもなく。


「なんもないよ。あったられんと一緒にきゅーねえを誘わないって」

「うーん。それもそうか。れんちゃんを好きなライバル同士、正々堂々と戦いましょうね」

「なに言ってんの! あたしがれんを好きなんて」

「違うの? じゃあ、私が連ちゃんと手を繋いでも問題ないよね?」


 そう言って姉ちゃんはグッと俺の方に身を寄せ手を握った。

 同時に姉ちゃんのスマホが鳴る。

 今日のログインが達成されたようだ。


「いくら仲の良い姉弟きょうだいでも高校生にもなって手を繋ぐのはおかしいって」

「な! そうだよな! 琉未るみからも言ってやってくれ」

「それなら琉未るみちゃんも手を繋げば? 幼馴染トリオで手を繋ぐのはアリだと思わない?」

「アリじゃねーよ! 俺のポジションはなんなんだよ」


 文字通りの両手に華状態になったらマジで町行く男たちの視線が突き刺さってつらい。

 こうして実姉じっしと手を繋いで歩くのも恥ずかしいというのに。


「いい? これはログボ目当てじゃないから。れんときゅーねえが一線を超えないようにするためだから」


 琉未るみは右手をそっと差し出した。空いてる方の左手で握れと言うことだろうか。琉未は自分からは手を繋ごうとしてこない。


「ほられんちゃん。女の子が待ってるんだよ?」

「よく手を繋いだ状態でそんなことが言えるな」


 別に付き合ってるわけじゃないけどこれって二股みたいな状態じゃん。

 姉ちゃんの倫理観と価値観、そして二人の女心が全くわからない。


「これで……いいのか?」


 こうしてちゃんと琉未るみの手を握るのは何年ぶりだろうか。

 2年生になってから何人もの女の子の手を握っているはずなのに、琉未の手の感触はその中でも特別なものに感じた。

 昨日助けてもらった時は状況が状況だったので実感はなかったけど、柔らかいとか温かいとかだけでなく、触れていてすごく安心する。


 ブルッ!


 琉未はスマホをマナーモードにしているのか振動する音がカバンの中から聞こえた。


「ああ、もう! あたしはログボなんていらないのに」

「まあまあ、とりあえず貰っておけよ。怪しいと思うなら使わないでおけばいいんだし」

「うぅ……なんかモヤる」


 ここ数日、姉ちゃん以外がログボ目当ての女子しかいなかったので琉未るみの反応が新鮮だ。

 やっぱり琉未は近くに居てくれると安心する。

 それは再確認できたけど、これは恋愛感情ではないと思う。

 なぜなら俺の頭の中には『今の状況を弐田にったさんには見られたくないな』という想いがあるから。

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