第6話 リセット

 2週間ぶりのゲーム対戦は大いに盛り上がった。

 まだ少しだけ気まずい空気はあるけど、ゲーム画面に集中していればそれも気にならない。


「女にうつつを抜かしてたわけじゃなかったみたいね」

「ログボを受け取ったら用済みだからな。家に帰ってくれば今まで通りだ」

「そっか。そうなんだ」


 ふと琉未るみの方を見ると安堵あんどの表情を浮かべていた。

 俺や弐田にったさんがクラスに溶け込めるようになった時に見せてくれたのと同じ顔。

 琉未は何も変わってなんかいなかった。


れんくーん! 琉未るみー! お風呂沸いたわよー」

「はーい! ほら連、先に入ってきて」

「いや悪いよ。俺は最後でいいって」

「……残り湯を飲むつもり?」

「しねーよバカ!」

「お客様を優先するのは当然でしょ」


 付き合いが長すぎてお客様扱いされるのは少し照れくさいが、ここで言い合っていても決着が付きそうにない。


「それじゃあお言葉に甘えて」

「窓はちゃんと閉めておきなさいよ」

「?」

「きゅーねえが侵入してくるかもしれないから」

「怖いこと言うなよ」


 あながち冗談とは思えないのが姉ちゃんの怖ろしいところだ。

 小学生の時以来に入る参子まいこ家の浴室は、うちと参子家の隙間を通れば辿り着ける。


「子供ならあの隙間を通れるけど大きくなると厳しいでしょ」

「きゅー姉は胸が引っ掛かりそうだもんね」

「バっ! お前、女子がそんなこと言うなよ」

「なによ。あたしだってもうあの道は通れないんだし」

 

 意識して見ないようにしていた琉未の胸元に視線が移ってしまう。

 そこには明らかな膨らみがあり、Tシャツに書かれた文字が歪んで見える。


「ふふん。あたしをいつまでも子供扱いしないことね」

「俺にそんなアピールしてどうすんだよ。お風呂いただきます」


 自慢げに胸を張ったことでさらに強調された胸部には目もくれず、俺はそそくさと浴室へと向かった。

 本当のことを言えばすげードキドキしてる。


 もし俺があのまま抱きしめたりキスをしても琉未は受け入れてくれたのだろうか。

 拒否されればもう幼馴染の関係には戻れない。

 受け入れられてもそれは一時いちじの気の迷いなんじゃないか。

 数年ぶりに浴びた参子家のシャワーは俺の悶々もんもんとした感情を洗い流してはくれなかった。


***


「お先ありがとうございました」

「ちょっと連。あたしのシャンプー使ったでしょ?」

「え? どれ使っても同じだと思って」

「どう見ても桃色のがあたしで、黒いボトルのがお父さんのじゃん」

「いや、だって、まさか家族で使い分けてると思ってなくて」


 やけにいろんなボトルがあるとは思ったけどあまり気にめなかった。

 頭の中は琉未でいっぱいだったし。って、これじゃあまるで俺が琉未を好きみたいだな。

 

「ちょっと待って。もしかしてれんときゅーねえって同じシャンプー使ってるの?」

「そうだけど」

「連が無頓着なのもありそうだけど、きゅー姉は連と同じ匂いになるのを喜んでそうね」

「ずっとそれで生活してたから全然気にしてなかったけど、同じシャンプーってそんなに深い意味があるの?」


 家族なんだから別に普通だと思うんだけど、琉未にとっては違うらしい。

 

「男女で髪質の違いもあるし、お父さんのは、その……薄毛対策用なのね。そんなのを女子高生が使うとかありえなくない?」

「待て待て。男子高校生が使うのも悲しいだろそれ」

「それは一旦置いといて、同じシャンプーの匂いってさ、なんか同棲してるみたいじゃない?」

「同棲って、俺と姉ちゃんは実際同じ家に住んでるんだから当然だろ」

「きゅー姉にとっては周りに同棲感をアピールするのが目的なんだって」


 身内から見てもちょっとブラコン度合いがおかしいと思っていたけど、こうして他の家庭の文化に触れて指摘されると姉ちゃんのヤバさに更に気付いてしまう。

 

「って、ことは……ごめん」


 俺が琉未のシャンプーを使ってしまったことで、急に同棲感が出てしまうということだ。


「別にいいわよ。明日は休みだし。これがもし月曜日で誰かに勘付かれたら……ああ、恐ろしい」

「そんなに嫌がらなくてもいいだろ。たまたま同じシャンプーを買うことだってあるだろうし」

「あんたとの同棲が嫌なんじゃなくて、ログボのためにびてると思われるのが嫌なの!」


 俺との同棲は嫌じゃない? 聞き間違いでなければ確かにそう言った。

 遠回しに俺を好きだと言ってるようにも取れるし、琉未は一体俺をどうしたいんだ。


「ああああ、今のは忘れて。あたしもお風呂入ってくる。部屋の中、あさらないでね」

「しねーよ!」


 何を今更あさる必要があるのか。

 今日は綺麗に掃除されているが、タンスから下着がはみ出てるなんて日常茶飯事だった。

 俺があさらなくても琉未が勝手に晒していると言った方が正しい。

 

「それじゃあ、くれぐれも変な気は起こさないように」

「へいへい。俺は琉未の部屋よりもスマッスに興味津々だから安心してくれ」


 ゲーム機のスイッチを入れて画面に集中する。

 そうすれば、赤くなった俺の顔を琉未に見せずに済むから。


***


「そろそろ0時ね。一旦リセットされたらきゅー姉とのキスが遠退とおのくんでしょ?」

「まあな。でもこれ、姉ちゃんが祖始有そしあるを卒業するまで続くのか……」


 ログボの対象が祖始有高校の生徒に限定されていて本当に良かった。

 全ての女性だったらどこにも逃げ場がない。


「ん? っていうか、別に泊まる必要はないよな」

「なによ今更」

「いや、0時にリセットされるんだから、もう自分の部屋に戻ってもいいかなって」

 

 今までのように琉未と話せるようになったはいいが、次の問題として琉未を妙に意識してしまっている。

 絶対に手を出さないと思うし、俺にそんな度胸はないけど、同じ部屋で寝るというのは精神的に負荷が大きい気がする。


「お、ちょうど0時だ。急に押しかけてごめんな。またお世話になると思うけど、その時はよろしく」


 窓をガラッと開けて手を伸ばす。誰も居ない部屋に帰るので倒れ込んでも誰も助けてくれない。

 それだけが不安材料ではあるけど、姉ちゃんとの一線を守ったと思えば安いものだ。


「待って」


 琉未が服のすそを掴む。

 振り返ると、ちょうど俺を上目遣いで見つめる恰好だ。


「これから定期的に泊まるんでしょ? 本当に泊まらないとダメな日だって来るかもしれないから練習していきなさい」


 日付が変わってから琉未は俺の手を握っていない。

 つまり、まだログインしたと見なされておらず、上目遣いで見つめてもログボは反映されない。

 その瞳には他の女子みたいな欲望はなく、ただ純粋に俺のことを想ってくれているような美しい光に満ちていた。


「……そうだな。琉未がおじさんとおばさんに事情を説明してくれたんだもんな」

「そうよ。あたしの苦労を水の泡にする気?」

「わかったわかった。今夜は久しぶりに参子まいこ家の子になります」

「ふふん。なら連が弟ね」

「いやいや、俺が兄だろ。その童顔でよく姉面あねづらできるな」


 実際いつも助けられてるのは俺の方だけど、誕生日だって俺より遅いくせに姉気取あねきどりとは聞き捨てならない。

 そうやってすぐに姉マウントを取ろうと考えるところが子供っぽいと思う。


「ふぅ……やっぱり学校で今まで通りは無理だと思う」

「なんでだよ」

「必死にログボを取ろうとしてる風に見る人がいるから」


 琉未は窓の外にある俺の部屋を見つめる。

 当然誰もいないけど、昔を懐かしんでいるようだった。


「そんなの今までみたいに二人で誤解を解けばいいだけだろ」

「ううん。今回はログボ目当ての派閥があまりにも大きすぎる。あたしにはどうもできない」


 時には妹ポジションになり、ある時は姉のように振舞い、またある時は俺と二人でピエロになる。

 そうやってクラスのバランスを取ってきたし、おかげで俺や弐田にったさんはクラスの輪に入れた。


「さすがに他のクラス、学年まで話が広がってると無理無理。あはは。だからさ、きゅー姉のログインをリセットする時はうちに来なさい。学校の外でなら助けてあげるから」

「ありがと。持つべきものは頼れる幼馴染だ」


 琉未の事情を知って、俺達の関係は何も変わってないとわかった。

 だけど姉ちゃんの連続ログインだけでなく、学校での琉未との関係も一緒にリセットされてしまった気がする。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る