第3話 新学期3日目

 話は戻って新学期3日目の朝。

 同じクラスになったこと以外の情報を知らない女子との手繋ぎを終えた俺はとぼとぼと通学路を歩き始めた。


「女の子の手って、何度触れても柔らかくて気持ち良いな」


 まだ朝の冷え込みが残る4月10日。

 それを一瞬で吹き飛ばした彼女の温もりを反芻はんすうしながらログボ人生の始まりを思い出す。


 ***


 新学期が始まって早々、一年生の時も同じクラスだった女子から手を繋ごうとお願いされた。

 男子にはこのログボアプリがインストールされていないらしく、事情を知らないクラスメイトからの視線が痛かった。

 初めは恐る恐る俺の手と握っていたが、ログインボーナスが本当だとわかるとみんな喜々として俺の手を取った。


「明日もよろしくねー」

「うち、明日はこれに挑戦してみようかな」

「上目遣いで10秒見つめる? これで1500円なら超お得じゃん」


 本日の役目を終えた俺には目もくれず、彼女達は明日以降のログインボーナスに心躍らせていた。

 それでも、こんなにたくさんの女の子と手を繋いだのは初めてなのでその感触と温もりに興奮を隠せなかった。


 ***


「もう3日目なのに全然慣れねー」


 姉ちゃん以外のログボになって3日目。

 今まであまり女子との交流がなかっただけに、何度手を繋ごうと、何度見つめられようと、たった3日では全く耐性が付いてない。


「おう! ログボ野郎」

「じゅうご、おはよ」


 モテモテ人生が到来した俺に嫉妬せず、今まで通りに話し掛けてくれる数少ない男子の一人、つなし さとる

 フルネームが漢字二文字なので、それを繋げて『じゅうご』と呼ばれている。


「お前って、本当良いやつだよな」

「うわっ! キモッ!」

「褒めてるのにそれはねーだろ」

「だってログボ配って女の子とイチャつく変態じゃん」

「んだと!?」

 

 じゅうごの肩を軽く殴る。ほとんどの男子は、俺が怪しいアプリを作って女子をたぶらかしていると思っているらしい。

 だけど俺にそんな技術も配れるほどの金もない。

 その事実をちゃんと把握し、ログボ目当てでモテ期が到来した俺の苦労を理解してくれているのがじゅうごだ。


「まあ、女の子の手を合法的に握られるのは嬉しいんだろ?」

「怪し過ぎて合法的と言えないけどな」


 ログボなら合法的というのは一体どういう理屈なんだろう。

 じゅうごと姉ちゃんのこの見解はどうにも受け入れがたい。


「で、お姉さんはどうしたの?」

「今日は生徒会の仕事で先に学校行った」

「なんだ。つまんねー」

「そのつまらない人生の大切さにいつかお前も気付く日が来るよ」


 同じ家に住み同じ学校に通っていれば、当然同じ時間に登校することになる。

 去年1年間は本当に大変だった。

 『れんちゃん一緒に行こう』とまるで小学生の集団登校のように手を繋いで歩こうとしてくれる。

 

 さすがにそれは恥ずかしいので頑なに断っても姉ちゃんはめげない。

 もはや恋人のような距離まで体を近付くて一緒に歩くのだ。


「最初見た時、入学初日からあんな美人な先輩と付き合ってるのかと思ったよ」

「誤解を解くまで大変だった……」

「今じゃ見慣れた光景だけどさ、あんなお姉さんがいたられんのことを好きでも諦めるよな」

「え?」


 じゅうごの言葉に衝撃を受けた。姉ちゃんがいるせいで俺を諦める?


「だってそうだろ? 美人で仲が良くて、おまけにお姉さん自身が将来有望。そんなお姉さんに勝ってまでお前と付き合おうなんて思わねーって」

「ウソ……だろ。俺が良い人止まりだったのは姉ちゃんが原因だった……?」

「いや、お前が良い人止まりなのはれんが原因だと思うけど」


 そんな……結局ログボになっても金目当ての女子しか寄ってこず、俺は実姉じっしルートに突入してしまうのか。

 いやダメだ! 俺の倫理観はそんなこと許せない!


「一つ聞くけどさ、お姉さんが本当のお姉さんじゃなかったらOKなの?」

「ん?」

「だからさ、実の姉と恋愛なんておかしいっていうのが連の考えなわけじゃん。姉としてでなく、一人の女子として見るならどうなのって話」

「それは……」

 

 しばし瞑想に入り考える。

 もし独井とくい九音くおんが俺の姉ではなく、ただ純粋の俺のことを好きな女子だとしたら。

 

「…………ダメだ! 俺の倫理感がどうしても姉ちゃんを姉ちゃんと認識してしまう!」

「お前って真面目だよな。そんなだからせっかくのチャンスを棒に振るんだよ」

「俺は姉ちゃんが置いてきた倫理観も一緒に持って生まれてきたんだよ!」


 姉ちゃんがどんなに俺を好きでいてくれても姉は姉だ。

 尊敬もしてるし感謝もしてるけど、それでもやっぱり恋愛対象としは見れない。

 そういう風に考えられるのは、好きな人と問われた時にある人の顔が浮かぶからだ。


「お。参子まいこさんと弐田にったさんじゃん」


 じゅうごはクラスメイトの女子を見つけて声を掛けた。


つなしくん、おはよう!」

「おはようございます」


 元気いっぱいに『おはよう!』と挨拶を返したのは参子まいこ琉未るみ

 背は小さいが着やせするタイプだと男子の中で話題だ。

 高校に入ってから髪を茶色く染め、長かった髪をボブにした。

 本人いわく大人っぽくしたらしいが、丸い顔が際立ちよりロリさが増した気がする。


 もう一人の敬語で挨拶をした長めの黒髪の女子は弐田にった雪那せつな

 背は姉ちゃんより少し低くて、髪が長いとは言え姉ちゃんよりかは短い。

 前に少しだけちゃんと話した時、姉ちゃんに憧れているという話を聞いた。

 はたから見れば憧れの存在なんだと誇らしくもあり、家での姿を思い出して泣いた。

 ちょっと人見知りらしく、仲の良い琉未るみとそれ以外の人間だと対応に差がある。


「あ、連もおはよ。……あ、そうだ。用事思い出した。行こ! 雪那せつなちゃん」

「そうなの?」


 おはようと返す間もなく参子まいこ琉未るみ。俺の幼馴染は弐田にったさんの手を引き走り去ってしまった。

 弐田さんの反応を見た感じ、用事なんてこの場を立ち去る口実だと思う。


「なあ、参子まいこさんとケンカでもした? 2年生になってから様子がおかしいぞ」

「全く心当たりがないから戸惑ってるんだよ」

「去年は毎日毎日背中をバンバン叩かれてたよな。美人のお姉さんがいて幼馴染と夫婦漫才めおとまんざいもして。そりゃ誰もお前なんかに手出さないわ」

「マジ!? あれって夫婦漫才だと思われてたの!?」


 琉未るみは誰とても仲良くなるクラスのムードメイカー的存在だ。

 小学校の時からずっと同じクラスになっている腐れ縁で、琉未のおかげでクラスに溶け込めた部分もある。

 弐田さんは中学で同じクラスになって、俺と同じく琉未に感謝している人間だ。


「美人なお姉さん。可愛い幼馴染。そこに更にログボだろ? お前、そろそろ刺されるんじゃないか?」

「不可抗力だろ!? それに知らない女子から金目当てで手を繋いでも、一番好きな子とは距離が更に広がってるし」

「そのためにはまず参子さんと仲直りしないとな」

「うぅ……やっぱりじゅうごは良いやつだな。話が分かる」


 じゅうごは俺の肩にポンと手を置く。


「良い人どまりの辛さはオレもよくわかるからさ」


 その爽やかな笑顔に思わずキュン……とはしなかったけど、つなしさとるという存在を生み出してくれたご両親に心の中でお礼を申し上げた。


「でもマジで意外だよ。お姉さんでも参子さんでもなく、弐田さんが本命なんて」

「そりゃお前、みんな弐田さんのことをよく知らないから……」

「にひひ。ま、いーや。今日もログボ頑張れよ」


 校門が見えてきたところでじゅうごは笑顔で走り去った。

 本当に良いやつだなアイツ。


独井とくいくん! 手! 手繋ご」

「次わたし!」

「手を繋ぎながら10秒見つめてもいい?」


 まるで芸能人の入待いりまちのごとく校門にはたくさんの女子が待ち構えていた。

 じゅうごのやつ、この混乱状態を避けるために逃げたな。


「ああ、はいはい。手は二本あるからねー。順番にお願いしまーす」


 女の子の柔らかい手の感触と温もりにはまだ慣れない。

 だけど、お金目当ての女子をさばくのは少しだけ慣れてきていた。


「ちっ! なんであいつばっかり」

「金に物を言わせるクズめ」


 俺をにらみつける男子の視線は……慣れるのにもう少し時間を要しそうだ。

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