第2話 お姉ちゃん
「
「なんだよ姉ちゃん。急に入ってくるなって」
謎のアプリに乱された心を落ち着けようと思った矢先、姉ちゃんが勢いよく俺の部屋の扉を開けた。
長い黒髪が姉ちゃんの生み出した風圧でバサッと広がっている。
「これ本当!? 毎日継続したら連ちゃんとキスできるの!?」
「は!? 何言ってんの!?」
同じ
弟の俺から見てもすごく美人だと思うのだが、当の本人は俺にばかり興味を持って他の男子なんて眼中にない。
とんでもない変態ブラコンだ。
「お姉ちゃんだって
そう言って姉ちゃんはスマホの画面を見せつける。その画面には俺の心を乱したアプリ・ログボが映っていた。
「姉ちゃん、このアプリ起動したの?」
「だって連ちゃんと仲良くなれるって書いてあったから」
どうやら同じアプリでも俺と姉ちゃんでそのメッセージ内容は違うようだ。
嘘か本当かはともかく、アプリの内容を考えればそうなるか。
「1日目 手を繋ぐ。2日目 上目遣いで10秒見つめる。いろいろあって14日目 キスする。ですって! キャー!」
「姉ちゃん、これマジで信じてるの?」
『手を繋ぐ』の横には1000円、『上目遣いで10秒見つめる』の横には1500円といった具合に、日数と内容と金額がセットになって記載されている。
「そんなの試せばわかるでしょ。はい。ギュー!」
姉ちゃんは俺の手をギュッと握り締める。
いくら姉ちゃんが美人とは言え、普段から過剰なスキンシップを取らされていると全くドキドキしない。
「ほら、やっぱり嘘じゃん。手を繋いだだけで1000円って怪し」
ピンコーン
言いかけたところで姉ちゃんのスマホが鳴った。
「1日目のログインボーナス達成。1000円獲得ですって」
「マジ?」
「ほら、見て見て」
確かに保有電子マネーの項目が1000円になっている。
怖い怖い。だって姉ちゃんと手を繋いだのを監視してるってことだろ?
「連ちゃんとお姉ちゃんの愛は常識という壁を超えるのね」
「それマジで超えちゃダメなやつだろ」
ブラコン以外は至って普通、というかむしろ優秀な部類なので両親も気にしてないが、この姉は放っておいたら本当にマズいと思ってる。
「で、姉ちゃんは何してんの?」
「上目遣いで10秒見つめてる」
姉ちゃん
そんな姉ちゃんの身長は158㎝。理想の高さからまじまじと見つめられると多少はドキドキする。
だが、これは断じて恋愛感情なんかではない。
「姉ちゃん、家の中だからって少し恰好がだらしなくない?」
「だらしないんじゃないの。連ちゃんに見せてるの」
学校では制服を校則通りに着こなし、私服だって露出が少ないのに、なぜか俺の部屋に来る時だけいつもキャミソールだ。
実の姉にそういう感情は一切湧いてこないが、さすがに男子高校生には刺激が強い。あくまで物理的な性に対する興奮だ。
「うーん。やっぱりこれは2日目じゃないとダメなのね」
「姉ちゃん、結果がわかってて実験しただろ?」
「えへへー。バレた?」
この姉、全く反省していない。
ただ、このログボがエイプリルフールのネタではないらしいことは判明した。
「他の女の子達もログボが貰えるのは納得できないけど、お休みの日もゲットできるのはお姉ちゃんだけ。うふふ。14日目が楽しみ」
「って、おい! 本当に連続ログインを目指す気かよ!」
「だって合法的に連ちゃんとキスできるんだよ?」
「合法じゃねーよ! 勝手にインストールされるアプリとか違法だよ! あと、
「それは大丈夫。パパとママには1度離婚してもらうから」
「…………」
俺はもう絶句するしかなかった。
普段はとても
もしかしたら姉ちゃんが置いてきた倫理観を俺が全て持ってきたのかもしれない。
酷いよ神様。それじゃあ全然バランス取れてないよ。
「明日は手を繋いで10秒見つめて。明後日はさらにボディタッチもして~。うへへ~」
「姉ちゃん、くれぐれも家の外でそのテンションはやめろよ? 身内が逮捕されるのは辛い」
「安心して。お姉ちゃんが本当の姿を見せるのは連ちゃんだけだから」
ログボの内容は俺のスマホでも確認できた。
『一緒にご飯を食べる』やら『胸を押し当てる』やら、どうかと思うが普段から姉ちゃんにされていることばかりだ。
それでもやっぱり『14日目 キスする』だけは回避しなければならない。
これは超えてはいけない一線だし、好きな人がいるのにファーストキスが実の姉は一生モノのトラウマになるに違いない。
「姉ちゃん、俺が寝てる間に手を握ってログボを貰ったらマジで嫌いになるからな」
「ええ~!?」
姉ちゃんは『なんで?』という驚愕の表情を浮かべている。
「寝込みを襲う姉とか最悪だろ」
「世の中の男子はそういうのに憧れてるって聞いたけど?」
「それはフィクションの話だから!」
もし姉ちゃんが血の繋がらない義理の姉ならそういう展開を期待してしまうかもしれない。
だけど俺達は本当の姉弟。こんな訳の分からないアプリで倫理観を崩壊させてはいけない。
「じゃあ、起きてる時ならいいの?」
首を
俺以外にもこんな風に接していたら彼氏の一人や二人、簡単にできそうなもんなのに。女子からは嫌われそうだけど。
「まあ……それは仕方ない。でも俺だって全力で逃げるから」
「なんで逃げるの~」
「姉ちゃんとキスしないためだよ!」
「あ、でも。別に電子マネーには興味ないから今すぐにでもキスしても良いのよね。むちゅ~」
タコのように唇を突き出して俺に迫ってくる。が、姉ちゃんの頭を
こんなロマンの欠片もないキスを姉ちゃんが望んでいるとは思えない。
きっと冗談だとわかっているから簡単に止めることができた。
「もうっ! 照れちゃって。これから毎日ログインして、両想いになって思い出に残るキスをしましょうね」
「しねーよ!」
ひとしきり俺と触れ合って満足したのか姉ちゃんはあっさりと部屋から立ち去った。
部屋に残った甘い香りが俺を
「ああっ! なんで姉ちゃんにしかモテないんだよ!」
物心が付いた時から感じていた不満を思わず叫んだ。
新学期が始まると、姉ちゃん以外の女子からモテまくることを知らずに。
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