第6話 涙の数だけ強くなれるよ〜♬

「えーっと、陽織?家はすぐそこだよ。流石に辺りも暗くなってきたし、これ以上は翔人君に迷惑かかっちゃうよ」


そうだそうだー。俺は原稿の宅配に来ただけだー。遊びに来たわけじゃないぞー。


「……いやだ。優奈の家には(嫁ぎに)行ったのに、私の家には来ない理由はない」


「ななななに言っちゃってくれてるのっ⁉︎」

「いや何故そうなる」


「なら原稿を家に届けてくれたお礼がしたい。これでいいでしょ?」


「絶対後付けしたでしょ」


「……そんなことない。それに優奈だけズルい。私だってもっと平生に知ってもらいたい」


「陽織ぃ……まさか、芽生えちゃったの⁉︎悪夢の純情に!」


“何を”を省いた会話だったが、互いに言いたいことは伝わっており、その質問に対してただコクリと首を縦に振ることで返答していた。それでお互い耳まで赤くなっていたのは言わない。




そして俺はというと…


なんの話か全くわかりませんでした〜っ‼︎


やっぱ女心はどんな哲学よりも難解だわ。そりゃそうだ、わかるならラブコメは成り立たん!恋愛に関する教科書は当てにならないという持論を持つ今日この頃です。




「うそだぁ…陽織まで自覚しちゃったのぉ…。親友だからライバルにはなりたくなかったんだけど〜‼︎これから私、どおしよぉーーー‼︎」


「とにかく何が起こっているのかの詳しい説明を求めます。あとライバルって…“恋敵”ってことでいいんだよね?」


『黙否します。ご自分でお考えください』


えっ⁉︎ 今の誰の声⁉︎ いや、マジで誰が言った⁉︎空耳にしてははっきり聞こえたし、2人の声にしては妙に機械じみていたし…


「……とにかく!優奈が何と言おうと譲らない…譲れない!これはれっきとした女の戦い‼︎ 優奈は抜け駆けしたんだから、今度は私の番♪」


ほぇ〜。堅城さんも言うときははっきり主張するんだなぁ。後半イマイチ意味がわからなかったけど。




……そういえばさっきから俺の意見、全て無視されているのは気のせいですかね。だ、誰か〜!ティッシュ、ボックスでくださ〜〜〜い‼︎ あと泣き顔を隠すためのマスクを買ってきて!今のご時世、薬局とかに在庫があるとは思えないけどっ‼︎


「もう…わかったよぉ〜。でも、最低条件!私も陽織の家に一緒に行く‼︎ 私も女の矜持として、これだけは譲らないよ!」


「……わかった。今日のところはそれでいい。」


「いやぁ俺、さっさと帰りたいんだけど…」


「「何か言った?」」


「……いえ、何もいっておりません」


こうして、どういうわけか急遽堅城さんの家を訪れることになったなんでだ。


男尊女卑……はっ!いつの時代の話をしているんだね君は。時代は男女平等主義なのだよ‼︎ …でもいくら女性の地位が上がっても空気扱いはやめて欲しいなぁ〜。






=====






以前、といっても数日前だが、柑菜瀬さんの家に引き摺り込まれたときはあまり周囲を気にする余裕がなかったので気がつかなかった。


しかしいざ門前に立ってみるとわかる圧倒的豪邸。そしてもはやどこまでが家の庭かわからないほどに広い庭園。何よりもありえないほどの数の車が停まっている駐車場。柑菜瀬さんの邸宅とは違って中世ヨーロッパの貴族の屋敷だった。




「うわぁ〜…、広すぎんだろ。まだ建物にも入ってないのに心臓バクバクなんだけど」


「そう?そんなに縮こまる必要なんてないよ。陽織の両親は優しいから」


「何故そこで両親のことが出てくるんだよ。あとそれは幼馴染の特権だということをよく覚えておきなさい。わかったね、柑菜瀬くん?」


「ひ、ひゃい…!ってその口調はなんなの?一瞬学校の先生に話しかけられてるのかと思って、モードチェンジしちゃったじゃない!」


「その割には思いっきし噛んでいたような気がするけど?」


学校での姿はやはり仮面だったのか。うん、素晴らしい揺さぶりの材料が手に入った。


「うるさいっ‼︎ 漢は黙って…」


「謝罪!」


ちょっ、えっ、どういうこと⁉︎てか女子2人が狙ってるんですけど!


「そんな野獣のような目を向けるなぁ!や、やめ…あぁ〜〜〜ーーーあっ♡」




この日、俺は純潔を失った−−−






=====






「うぅ…穢された……。親にも地べたで土下座させられたことなんてないのに…(泣)」


「まだ気にしてるの?もうぅー、しつこい男は嫌われるよ?」


「……そもそもは私たちの逆ギレと悪ノリが原因。むしろ今は謝る方がいい。そうじゃないと何もかもが追撃になっちゃう」


「そ、そうなの?翔人君、ごめんなさい…」


「いや、もういいよ。俺は今日、ようやく女の子の闇の一面を知ったから。これからは極力女子との交流は避けることにする」


こんな理不尽な理由でdogezaを強要されるくらいなら、もう女子と絡まなくていいや。


「ほ、ほんとに…?やったー!」


「何故⁉︎喜ぶ要素なんてあったっけ⁉︎」


「……平生が交流を絶ってくれたら、ライバルが増える可能性が減る。だから絶て!今こそ勇気を振り絞るときだーっ」


「いじめかっ‼︎ なんかもうごめんね?生まれてきて…」


「ひぇ?あ、いや、ちが…いや違くもないけど、そこまで言うつもりじゃなかったっていうか…」


ここまできて、ようやく自分が言い過ぎたことに気がついた柑菜瀬さん。あたふたしている姿もきゃわいーーー!


「……ウソ。今のは冗談。流石に私にそんな権限なんてない」


「な〜んだ、冗談だったのか。ショック受けすぎて不登校になるとこだったわ」


いやぁ〜安心した。向こうから絡んできたのに勝手に幻滅されるとか、こっちに非はないのに傷つくし勘弁してほしいものだ。


「えっ、冗談だったの⁉︎」


「優奈は本気だったんだ…」


「……堅城さん、ちょっと近所の深めの川に行ってくるからみんなによろしく。人はそんなに多くないから手間はそんなにかからないから」


「……わかった。後のことは私が責任を持って取り仕切るから安心して」


「わぁーーーーー!わぁーーーーーっ‼︎ 冗談、私のも冗談だから!」


「……ほんとに?」


「……いやあれは嘘をついてる顔」


「堅城さん…紙とペンをくれない?今から親と光輝宛に最期の手紙を書きたいから」


「……それなら既にここにある。気が済むまで書くといい」


「陽織は少しお手洗いに行っておいで。ね?」


「私、別に我慢してないからいい。優奈はいつまで嘘ついてるつもり?余計なことをするなって言う前に自分から少しは行動したら?」


「……」


嘘ってなんのことだろう…?まあいっか、そんなこと気にしてももう意味ないし。


「っだーーーもうっ!はいはい本気で言ってましたよぉ‼︎ それで謝罪以外に何を要求する気なの!」


「なにを要求するかを決めるのは私じゃない」


そういって、2人は俺の方を見てきた。


「まてまてまてまて。なんで俺が柑菜瀬さんに要求すること前提なんだよっ‼︎」


「……あっ、目に生気が戻った。どうでもいいけど。それで…いつまで玄関で言い争ってるつもり?そろそろ中に入ろうよ」


「堅城さんが撒いた種だろっ‼︎」

「陽織が撒いたたねでしょ‼︎」


「仲睦まじくてよろしいこと」


「「茶化すな‼︎」」


「……ところで2人は料理できる?」


おい明らかに話題転換したな。誤魔化しやがった!あとマイペースすぎる、この令嬢っ‼︎


「並程度にはできるけど…どうした?」


「……実は、今日お母さんが風邪ひいちゃって。でも私、料理苦手で温かい食べ物作ってあげられなくて…」


今日学校休んだ理由はそれか…


「そうだったのか…。わかった。それくらいなら手伝うよ」


「……ありがとう。助かる!」


今日、横断歩道で出会ってから初めて笑った堅城さん。


だが、真の厄災はこれから降りかかるのだった−−−






=====






早速家に上がらせてもらい、キッチンにやってきた。


そこには、今までのモブ人生においては見たこともないような料理器具が揃い踏みだった。それらは素人目から見ても一級品ばかりであり、とてもではないが趣味に毛が生えた程度の人間が使っていいようなものではないように思えた。


「これ、俺の居場所ないんじゃ…」


「…大丈夫、今日は料理係の倉西さんはいないから」


こういう時こそいるべきなのではないだろうか。あと自分が非番だからって、聖域であるキッチンに第三者を入れて大丈夫なのだろうか。


「考えるだけ無駄か。さあ、料理を始めようか」


「……頑張る」


「……」


ん?そういえば何かがおかしい……


「優奈。元気がないけど大丈夫?」


そうだ。いつもはうるさい…もとい明るい柑菜瀬さんが今は全く話していない。


「えっ、あっ、う、うん。だ、大丈夫、大丈夫だから。気にしないで」


「そう?でも無理はしないで」


「うん。わかってるよ……」


そういえば柑菜瀬さんが静かになったのは、ご飯を作る話になってからだっけ。あの時、確か柑菜瀬さんは−−−


ものすっごい嫌そうな顔をしていた。それはもう面白いくらいに眉がハの字になっていた。


かなり不安は残るものの、仕方がないので準備に取り掛かるのだった。






=====






眼前に広がる光景は凄惨だった。


床は小麦粉まみれになり、あっちこっちに潰れた卵の殼片が落ちている。


キッチン台の上はさらに惨烈を極め、ベトベトで何を混ぜていたのか分からないほどのボールが無造作に置かれ、煮込んでいたはずなのに何故か黒こげになったお粥が申し訳程度に皿に盛られていた。


どうしてこうなった……




−−−−−




遡ること数十分前。3人は張り切ってキッチンに立っていた。


「それじゃあ始めるか。柑菜瀬さんはまず米を洗って、堅城さんは大根をいちょう切りで切って」


「ままままっかせて!」

「……いちょう切りって何?」


まじですか…基本の切り方も知らないとは、本格的に堅城さんは料理素人なんだ〜。意外かも。


簡単に切り方を教えて早速やってもらう。…が切り始める前に最初のダメ出し。


「待って。なんで包丁の先端がまな板に垂直になってんの。既にそこからおかしいでしょ」


「えっ…。包丁ってこう握るんじゃないの?」


訂正。素人の方が可愛らしく見えるわ。


「どう考えても違うでしょ。ここはこうにぎr…てまてーーぃ!柑菜瀬さんはどうして米を研ぐのにタワシと洗剤を持ってるんだ‼︎」


「えっ、だって翔人君が米をって言ってたから…」


「『米を洗う=米を研ぐ』に決まってるだろ!」


やはりというべきか、柑菜瀬さんも料理の素人を極めていた。


「2人揃って料理ポンコツ少女とは思いもしなかった。その調子で中学の時どうやって料理実習を乗り切ったんだ?」


柑菜瀬さんと堅城さんは、互いに顔を見合わせた後揃って同じことを口にした。


「「包丁握らせてもらえなかった…」」


でしょうね。見ているだけで肝が冷えるとはこのことだと思う。






=====






「できないことを無理に強引にしようとすると絶対に怪我をするから、ちゃんと言ってほしかった」


「「ご、ごめんなさい」」


結局、俺が一人で料理は用意する羽目になった。ありえないほど汚れたキッチンは3人仲良く掃除をして、その後にじっくり説教をしたのだ。


学校では完璧超人2人を平生徒の俺が叱るとか…なんか新しい扉を開いちゃいそう。ふむ、悪くない。


「流石にここまで酷いことを知って2人を野放しにしておくのは俺が世間に顔向けできないから…」


「やっぱり私、絶望的に料理センスなかったんだ…。薄々感じていてはいたけど…」

「うそだ…。私はそこまで酷くはないはず…。少なくとも優奈よりは」


柑菜瀬さんは自覚がある料理下手、堅城さんは自覚のない料理下手のようだ。


「2人とも、料理教室に通ってください」


「「……え?いやですけど。というか翔人君(平生)が教えてくれるんじゃないの?」」


「嫌だよめんどくさい。それにオーラが輝いている二人の近くにいると慣れてないから疲れるし」


「……つまり私たちといることは嫌で嫌でしょうがない、と?」


「言い方がかな〜り悪いが、有り体にいえばそうなるね」


「だって、優奈。私たち、平生に嫌われてたみたいね」


若干の煽り口調で語りかけた先には、真っ青な顔をしてオロオロする柑菜瀬さんがいた。


「そうだったんだ…。ごめんね、迷惑かけちゃって。でも私、そんなつもりはこれっぽっちもなくって…だから……」


後半になると涙がほろほろとこぼれ出し、遂に床に蹲ってしまった。


流石に言いすぎてしまった…


堅城さんも俺を責めるような眼差しで見てくる。そう、まるでゴミを見るような目で。あぁ…気持ちいい‼︎


「って危ない危ない。危うくMな扉を全開にするところだった」


「……なに独り言呟いてるの。それよりはやく優奈を慰めてあげなよ」


「お、おう」




蔑みの視線を背中に一身に受けることに喜びを覚えている自分を鼓舞し、柑菜瀬さんの頭に手を置く。


「柑菜瀬さん、慣れていない人にとって最初は、ケチャップとハバネロソースを間違えることとか、野菜を生のまま全ての料理にただぶち込むだけとか当たり前だ。でも、その失敗をいつまでもグダグダと引っ張っても仕方がない。だからこの失敗を糧に頑張ろう!」


うん、我ながら惚れ惚れするほどに素晴らしい模範解答ができた。学校で自慢してやろう。……自慢する友達いないけど。


「しょ、翔人君…」


「平生…」


一呼吸おいて、再びハモる。


「「模範すぎる解答でキモい」」




俺はこの日、涙のお風呂に浸かった− − −

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