第5話 ほうかごでーと
次の日の朝、いつものように自分の席に向かうと原稿用紙の束が机の上に置かれていたのが見えた。
差出人は大方予想がつき、本人も何食わぬ顔をして読書をしている。
俺も席に座ったものの、これといって予習をするわけでもないので早速原稿に目を通す。
『[黄昏の邂逅]−第13巻−
概要:4年振りに幼馴染の小菜頼 美彩綺との再会を果たした主人公の渡良瀬 響也。お互いにその奇跡を喜ぶものの、余韻に浸る暇もなく新たな事件に巻き込まれて−−−』
うん、この話、知ってますわ。このタイトル、先日連行された時に読んでいた本のやつですわ。
えっ、てことは何?あの本の作者って…まさか堅城さんなのか??
これは一度きちんと確認しておかなければなるまい。
「ねぇ、堅城さん。もしかしてなんだけど…ペンネームって【高麗 細波】だったりする?」
「……っ⁉︎……なんでその名前を知ってるの?」
確定。この子ですわ、高麗 細波さんは。
「知ってるも何も、俺がこの前連行される前に読み漁ってた本のタイトルがこれだもん。二次創作作品でもない限り、作者の名前とタイトルは一致するでしょ」
周りには聞こえないように配慮しながら、知りうる情報を提供する。
やがて諦めたように首をうな垂れて、重い口を開く。
「……確かにそれは私だけど……あなた、マニアックな本を読んでいるのね」
「失礼な。俺はマニアックな作品が読みたいのではなくて、将来立派になる作品を発掘するのが好きなだけだ。そこを履き違えないでいただきたい」
「……私の作品が……将来立派になる……?……なんでそんなことを言い切れるの?」
「よくぞ聞いてくれました‼︎ まずこの作品のいいところは流れに淀みがないところ!基本、どの作品でも大小の違いはあれど時系列が複雑になると、どうしても読者に読みにくさを感じさせてしまうもの。でもこの作品ではその感じか一切しなかった!つまりとても自然に読み進められる!そして次に、ストーリーの構成!こういう半パラレル系純愛コメディではヒロインのインフレが起きがちなんだけど、この作品では主人公の−−−」
「ちょ、ちょっと落ち着いて。聞いているこっちが恥ずかしくなる……」
はっ⁉︎しまった、ついヲタ魂に火がついてしまった。しかも堅城さん、引いちゃってるし。うぉぉおおーーーーーまたやらかしたぁぁ‼︎
「ごめん!つい自分の世界にのめり込んじゃった…。迷惑だったよね」
「……別に迷惑だったわけじゃない。……ただ怒濤の勢いだったから、驚いただけ」
そうだったのかぁ〜よかった。迷惑をかけてしまったら、俺は腹を切らないといけないところだった。他人に迷惑をかけるなんて、モブキャラとして失格だしね。
「……」
「……」
またしても気まずい空気が漂う。
「この小説原稿さ、明日返すのでもいい?」
「……うん、まだ締め切りは先だから問題無い。ただ、しっかりと感想とかアドバイスとかはいって欲しい、かも……」
「わ、わかった」
えーやだーなにこの気持ち。まるで…そう、まるで巣から飛び立つ雛鳥の姿を見つめる親鳥のような気持ちで、やめられない止まらない!
その後、暇を見つけてはじっくりと原稿を推敲していく。割と本気を出していたものの、過去作の記憶との照らし合わせをしているとどうしてもいつもほどの速さでは読めなかった。
放課後までに8割は読みたいと思っていたが、実際は6割ほどしか進まなかった。
これは意外に時間がかかるな……
=====
翌日。
手本のような寝不足だった。
光輝に『お前、ゾンビみたいに生気が感じられないけどどうした⁉︎何があった⁉︎』と驚かれ、柑菜瀬さんには『どうしたの翔人君?体調でも悪いの?もしそうなら、私の膝を貸してあげようか///』と茶化された。
確かに夜中の29時まで読み続けていたが、寝ていないわけではない。人間、一度睡眠が少なかったからといって死なない。だから問題無い…はずだ。
それでも、なんとか思ったこと・感じたことを一冊のノートにまとめきった。
皆まで言うな。これほどまで頑張った俺を尊敬しているんだろ?……え、違う?気持ちが重い?そんなこと言うなよ!いよいよ保健室行かないといけなくなるじゃないか‼︎
とにかく、あとはこのノートを堅城さんに渡せば今日のノルマは全て終了だ。
しかし未だに原稿用紙を返せていないし、まとめノートも渡せていない。
なぜかと言うと、彼女は今日学校を欠席していたからだ。これではせっかく徹夜…もとい夜更かしをした意味がない。
というわけで陣中見舞いを兼ねて堅城さんの家を訪ねようと思う。
だが問題は、俺は彼女の住所を知らないことだった。試しに光輝に聞いてみたが当然知っているはずもなく、むしろ
「おまっ、柑菜瀬さんの次は堅城さんかっ!女たらしは程々にしろよ」
と思いっきり勘違いされた。
どうしたものかと悩んでいると、柑菜瀬さんが近づいてきた。
「翔人くーん!よかったらなんだけど…一緒に帰らない?」
これは……俗に言う『ほうかごでーと』か⁉︎モブにはハードルが高いイベントキタコレ!
「いや〜…それはちょっと……」
断ろうとすると、柑菜瀬さんは最愛の人から絶好宣言を叩きつけられたかのように絶望していた。
「そうだよね。いくら帰宅部の翔人君でも放課後に全くないことなんてないもんね。ごめんね、また迷惑かけちゃった。うぇぇぇん……」
なぜに泣き始めたっ⁉︎これじゃあまるで俺が柑菜瀬さんをいじめているみたいじゃないか‼︎
「わかった。わかったから泣かないで」
「ひっぐ……。ほんと?一緒に帰ってくれるの?」
「うん帰るよ。ただ、その前に堅城さんのお見舞いに行きたいんだけど……」
柑菜瀬さんの雰囲気が変わった。さっきまでは幼児退行してガチ泣きしていたのに、今は修羅モードだ。
「…なんであれほど他人と関わるのを拒んでいたのに、隣になったというだけでお見舞いに行くほどに仲が良くなっているのかな?しかもよりによって陽織と、だなんて…‼︎」
この変わりようは芸能界でも通用するのでは?っとそんなこと考えている場合じゃなかった。どうにかしてお怒りモードを解かなければ、ストーリーが進まない‼︎
「あのぅ柑菜瀬さん?お怒りなさっているようですが、一度落ち着いていただけませんでしょうか。このまま私が事情を説明いたしましても、今のままではまともに処理できませんでしょうし」
最大級に敬語を乱発し礼儀を尽くす。こういう時に〔取り敢えず謝る〕とか〔何故怒っているのか尋ねる〕といった行動は愚の骨頂だ。相手が怒っているということは、何かしらの出来事への説明不足から来る誤解が生じている可能性が高い。こういうわけで、冷静に丁寧に事の成り行きを説明するのがこういう状況における最適解だ。
「そ、そうだね。今日陽織は休みだったし、それに…昨日翔人君の机の上に置いてあった原稿用紙が関係しているんだよね。私、冷静じゃなかったよ…」
そこまで知っているなら、ほとんど説明に時間をかけなくて良さそうだ。
そうして昨日何があったのかを、彼女が知っている部分は省きつつ簡潔に説明した。
「……というわけで今日渡しに行きたいんだけど、堅城さんの家を知るはずもないから手詰まりになってます。知らない?堅城さんの住所」
「ん?知ってるよ」
「だよね〜。高校にもなると学区が広いからお互いの住所を知ってるなんて滅多にないよね」
「だから、私、陽織の、家の、住所、知ってるって」
「マジすか…。学園一の知名度の人間は行動範囲も広いんだ。なんだか俺、感動した」
「行動範囲が広いも何も、陽織の家は私の家の向かいの家だし」
え…?えぇーーーーーっ⁉︎⁉︎
「あー、その顔をするってことは、前私の家に来た時には気がつかなかったんだね」
「気づくって、何に?」
「私たちの5歩後ろを、陽織が歩いていた事かな」
ぜんっぜん、気がつきませんでした……
「とにかく、これならお互いに利害が一致したから逃れられないよ?」
「どれだけ頑張っても逃げられないよね、ここまで道が同じなら。…わかった、カーナビは任せた」
「私は道案内アプリじゃないんだけどっ‼︎」
最近、柑菜瀬さんのツッコミスキルが上がってきた気がする。きっと気のせいじゃないよね?俺のせいじゃないよね??
=====
柑菜瀬さんのエスコート&原稿・まとめノートの宅配というミッションの遂行中、くっそ長い信号に引っかかってしまった。
数日前は青信号の時に渡ることができたので、あまり気にならなかった。しかし今回は丁度信号灯の色が切り替わったのが見えた。
仕方がないので、2人並んで信号が変わるのを待つ。
横断歩道の向こう側に堅城さんが立っているのを、目に据えながら−−−
=====
3人は無言で歩いていた。
合流してすぐは今日休んだ理由だったり、当たり障りのない世間話をしたりで話は絶えなかったが、しばらくするとその話題も尽きてしまった。
空気が重い(2回目)
「ねぇ、翔人君。せっかく本人もいるんだし用事済ませちゃえば?」
「いやでも、堅城さん今両手が袋で塞がってるし。もうここまで来ちゃったから家に直接届けることにするよ」
「……ごめん。ありがとう」
「はぁ…君のそういうところが……なんだから。少しは気をつけて欲しいんだけどなぁ!」
なんでかわからないけど、柑菜瀬さんは怒っている?いや、どちらかというといじけている??
乙女心は分からん。まぁ、理解しようともしてないんだけど。
「……平生は、いつから優奈と仲良くなったの?クラス、違うよね?」
これは言っても良いのだろうか…?
チラリと柑菜瀬さんに目配せすると、GOサインを出しているような気がした。
「実は…数日前に柑菜瀬さんに告白されたんだ。俺は今の自分の置かれている状況を鑑みて振ったんだけど、どうしても譲ってくれなくて友達からならって了承した」
うん、我ながら見事な要約だ。
俺にしては珍しくドヤ顔をして柑菜瀬さんの方を見ると、真っ赤になって頬を膨らませプルプル震えている柑菜瀬さんの姿があった。
これ、やらかしたパターンですね、はい。うーん、今度は何がいけなかったんだろう…?
「……大丈夫。この優奈の顔は単純に照れ隠しの顔だから」
「えっ⁉︎ 堅城さんも人の心読めるの⁉︎」
「……ある程度観察眼があればだんだん分かるようになってくる。というか、ないと小説なんて書けない」
「おっしゃるとおりです」
「私を無視して話を進めるとは…陽織に出し抜かれた感じがする……。あと照れ隠しじゃないし‼︎ というか陽織、小説書いてたの⁉︎」
「何回も言ったことある。ネタ不足だから、モデルにしていいかって」
「あ、あれはてっきり絵画系でも描いているのかと思ったからで…」
「ド天然だ…」
「翔人君はすこ〜し静かにしていようか」
「……はい」
俺、一応この話の主人公なんですけど。空気扱いってひどくないですか?泣いていいですかね?
「優奈、いくら恥ずかしいからって他人に八つ当たりしちゃダメ」
「うぅ…わかってるけど…。でも〜、でも〜‼︎」
柑菜瀬さんってこんなに幼児気質だったっけ?学校での振る舞いからは考えられないや。
「2人はいつからの付き合いなの?」
性格的には真逆の2人にしか見えないが、とても羨ましいくらいに仲良しだ。もしかしたら、人付き合いがうまくいく秘訣の一端がこの2人の関係から見えるかもしれない。
俺だって作れるものなら作りたい。友達なんてどれほどいても困ることはない…とは言い切れないけどメリットもあると思う。
「……小学校からだから、もうすぐ10年?」
「あぁ、なるほど幼馴染というやつか。だからお互いの気持ちが表情からわかるのか」
「……うん。大体合ってる」
「待って、私全然わかんないんだけど」
「個人差…があるんじゃないかな?」
我ながら苦しい言い訳をしてるな〜。
「……そういうこともある」
堅城さんが加勢してくれたおかげで、煮え切らない不満顔ではあったものの下がってくれた。
「気づいたらもう家が目の前に見えてる!時間が経つのってこんなに早かったんだぁ!」
おいおいマジでか…。時間を早く感じたことがないって、どれだけマイペースなんだよ…。
「ならもう原稿を渡していいかな?俺家の方向が真逆だから、急がないと帰るのが遅くなるし」
「……いやだ」
その一言で俺も柑菜瀬さんも思考がフリーズした。
まだまだ波乱は終わりそうになかった−−−
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