腹痛

ヒガシカド

腹痛

 私が白椅子に座り込んでから数十分が経過した。


 痛い。


 絶え間なく腹部に鈍痛が走る。つまり私は腹痛に苛まれているのである。

 痛みに我を忘れることもあった。叫び出しそうになって咄嗟に口を抑えることもあった。もっとも我を忘れて叫んだところで痛みは何も変わらず存在し続けるのだが。

 持続する痛みは私から外界の感覚を奪い去り、思考を内部へと向かわせた。自意識の波が私を沖へ沖へと運び、白椅子は波の渦に巻き込まれて奥深くへ沈む。君は何も悪くないのに、すまない白椅子君。

 私は、私というこの意識は直線的に移行する。一方で存在は直線を構成する点一つ一つに宿る。一分前の存在は永遠に一分前に縛り付けられる。意識は存在を置き去りにして…一時に思える腹痛も、存在から照らしてみれば永続的なものである。

 実に悲しく、惨めだ…今私が意識をともにする存在は、過去からも未来からも見捨てられ、捨て駒にされ、永遠の腹痛とともに意識から忘れ去られていく…存在は絶えぬ腹痛と一体化し、もやは用のない過去の狭い一角へと押し込められ苦しみ続ける。これを地獄と呼ばずして何であろう。私は存在を地獄へと追いやっていまう意識をもつ自分に、耐え難い程の恥辱と嫌悪を感じる…なぜ私は一点を占めるのみの存在というだけではなかったのか、なぜ意識をひけらかしているのか、吐き気がする。



 いつの間にか腹の調子が回復したようだ。私は身支度を整え、白椅子のもとを去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

腹痛 ヒガシカド @nskadomsk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る