棺に響く幻聴

宮瀧トモ菌

ひつぎにひびくげんちょう

「どうもこんにちは。わたくしは、ことわりもうします。『あなた』をずっと見ていた者です。

 実のところ、お会いするのは今日が初めてではないのですよ。以前、夢でわたくしが『あなた』にもうべたことを覚えていらっしゃいますか?

 そうですか……。

 あの時『あなた』はまだおさなかった。それに夢の中での話ですから、はっきり覚えておいででなくとも仕方ありませんね。わたくしは『あなた』が夭逝ようせいする運命にあることをお伝えしたのです。

 しかし、不思議なものですね。深層心理、とでも言うのでしょうか? わたくしの言葉を記憶していないにも関わらず、あの日から『あなた』は、いつ死んでもかまわないように、毎日を気ままに過ごされましたね。

 おなかがすいたら食事をし、眠たくなったら布団ふとんに入って、歌いたい時に好きな歌を歌い、気の置けないご友人と沢山たくさんお話をしました。

 ご家族に、感謝の気持ちを伝えました。

 『あなた』が不必要だと判断したことは意地でもしない、なんてこともありましたね。

 それに、思いついたらぐに行動しました。

 『あなた』は人に親切でした。

 『あなた』は真面目に物事を行いました。

 『あなた』はいつでも素直すなおでした。

 ここは、『あなた』のひつぎの中。今日は、『あなた』の葬儀そうぎの日です。みなわかくして亡くなった『あなた』をいたんでいます。

くやしかったことだろう』

『まだまだ生きたかったろう』

『なぜ「あなた」が不幸に見舞みまわれなければならなかったのか』

 と言っている者が少なからず見受けられますね。

 彼らは『あなた』の生涯しょうがいを、『不幸』の二文字でまとめようとしているのです。しかし、長生きが必ずしも幸福こうふくとは限りません。ずっと『あなた』を見てきたわたくしには分かります。

 『あなた』は幸せでした。

 暖かいご家族にめぐまれたからです。

 『あなた』は幸せでした。

 優しいご友人にかこまれたからです。

 『あなた』は幸せでした。

 本当に大切な人達に時間をてたからです。

 『あなた』は幸せでした。

 毎日をいなく生きたからです。

 『あなた』は幸せでした。

 過去にとらわれなかったからです。

 『あなた』は幸せでした。

 将来になやまなかったからです。

 『あなた』は幸せでした。

 社会のきびしさを知らずにったからです。

 『あなた』は幸せでした。

 見送られる側になったからです。

 『あなた』は幸せでした。

 沢山たくさんの人が『あなた』のために涙を流したからです。

 『あなた』は幸せでした。

 『あなた』は幸せだったのです」

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棺に響く幻聴 宮瀧トモ菌 @Tomkin2525

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