しあわせにしてあげる 後編
「高須賀くん、お昼食べよー」
今日も私はお弁当持参で高須賀くんをお昼ご飯に誘いに一組の教室にやってきた。
あの日から、私は継続的に彼に付きまとっている。
忘れてもいないのに、教科書を貸してと一組を訪ねたり、一緒に帰ろうと誘ってみたり。
高須賀くんは呆れたような表情で、深くため息をつく。
「お前も飽きないな」
私はその言葉に、にっこり笑って、
「飽きないよ、絶対」
今までとは違う。堂々と、あなたのそばにいられる。
ねえ、高須賀くん。あの二人の存在なんて、あなたの中から全部消え去ってしまうくらい。
あなたのこと、夢中にさせてみせるから。
「私といたら、高須賀くんは楽になるよ、絶対」
二度目の「絶対」を強調してみる。
彼はもう一度ため息をついたあと、
「楽に、なんてなれねえよ。一生」
苛立たしげに、呟く。この様子だと、彼は本当に直前まで知らなかったのかな、なんて思う。桐原と園山さんのどちらかが、十中八九彼女のほうだろうけれど、あんなことを考えていたってこと。
知らなかったから、怒っているのかもしれない。自分には何もできなかったから。何も、してあげられなかったから。
でも、高須賀くん。彼女たちだって、あなたに何をしてくれたって言うの。
優しくしてくれた? 「家族」になってくれた? でも、彼らはいなくなったじゃない。あなたを置いて。
高須賀くんがこっちを向いてくれるなら、私はあなたを置いていかない。ずっと、一緒にいてあげる。
「そうかな、私は高須賀くんといると、楽になるけど」
なにげなく放った一言に、高須賀くんは大きな反応を示した。「はあ?」と目を見開いて、私を凝視する。
私は口元に笑みを残しながら、彼の目をまっすぐに見つめる。彼の視線が離れていきそうなタイミングで、うん、とうなづく。
「私、高須賀くんのことが好きだよ」
今、私が何を言ったのか理解できないみたいな顔で、高須賀くんは更に目を見張る。
それから、はあ、と息をはいて、不可解だ、とでも言いたげに笑う。
「何、言ってんの、粟生野」
「好きだよ」
ずっと前から、と続けると、彼は焦るように頭をかいた。それから自嘲気味に、
「俺の、どこが」
「どこがって聞かれても困るな。高須賀くんは、いいところいっぱいあるから」
そう言った瞬間、彼の表情が変わった。何かを思い出すように、「……ああ」と小さく、自分自身に言い聞かせるような声で呟く。
青白かった高須賀くんの顔色が、急に赤味を増していく。すねたような口調で、
「お前さ、それ、前にも俺に言ったことあるだろ」
「あるかもね」
「ああ、もう、くっそ」
乱暴な言葉使いなのに、その姿はどこか可愛らしい。彼は自分と葛藤しているのか、数秒間うつむいていた。それから私をちらりと横目で見て、
「……やられた」
あなたのことは、全部お見とおしなのよ、高須賀くん。
そう笑ってやりたい気分だ。
付き合おう、という言葉も、彼から好きだと言われたことも、一切なかったけれど。私たちは毎日一緒に下校するようになった。
その日は、彼が行きたいところがあるというので、私もついていくことにした。
少し歩いて着いた場所を見て、私は自分の眉間にしわがよるのを感じる。
そこは、園山さんと桐原が死んだ、そして、彼女が住んでいたアパートだった。鮮やかなピンク色の壁が、目に痛い。
もうこの話題にも飽きたのか、記者たちの姿はない。だが、部屋の中には入れないようになっているらしい。高須賀くんはアパートの前でしゃがみ込み、目を閉じて手を合わせる。
「ずっと、来れなかったんだ。でも、ようやく俺もなんとか、なったし」
彼がそう言ったことに、ものすごく安心した。よかった。高須賀くんは彼らが死してなお、気持ちを引っ張られているわけではない。私と一緒にいるから、気持ちの整理がついた、と言っているのだ。
そういうことならと、私も手と手を合わせる。
今、彼と一緒にしていることは、あの二人と決別し、これからもこの世界で生きていくと決意する。そういう行為に思えた。
その間、私たちはずっと黙ったままだった。何か言おうとしても、言葉が見つからなかったのだ。彼に、高須賀くんに対しては。
彼はずっと、目を開けなかった。そんな様子を見ていると、彼はあの二人を忘れることなどできないのだと、深く思い知らされる。
不思議と、それでもいいと思えた。
忘れることなんて、できなくてもいい。ただ、彼の目が私に向いていれば。それだけでいい。
ピンク色の壁を眺めながら、彼らに語りかける。高須賀くんは、私と生きていく。あなたたちじゃなく、私と。
でも、二人の死を悲しんでいる高須賀くんは、あの状況は、間違いなくあなたたち二人がくれたものだから。
だから、感謝してあげなくもない。
そっけなく、心の中でそう告げて、高須賀くんが目を開けるのを待った。
彼がその場で立ち上がる頃には、きれいな夕焼けが空を包んでいた。「そろそろ、行くか」とすっきりした顔で、私と一緒に、アパートから離れて、自分たちの家のほうへと歩いていく。
「粟生野、言ってたよな。家族になんて、なれるわけないって」
確かに、言った。彼と中学で最後の言葉を交わした時に。
「本当に、そうだったのかもな。家族になんて、なれやしないのかも」
寂しそうな目で夕焼け色の空を仰ぐ彼に、私はにっこりと笑いかける。
「そうかな。あの時はそう言ったけど、今はなれるかもって思ってるよ」
高須賀くんは、意外そうな視線を向けてくる。
そんな彼の無防備な手を、ぎゅっと握った。
高須賀くんは声にならない声を上げ、驚きで顔を歪める。そして数回、つないだ手を握りしめると、どうするか迷うように唇を噛んだ。
動揺している彼にかまわず、私は、
「私と高須賀くんなら。夫婦っていう、家族になれるかもしれないよね?」
自分史上最強の力を込めて、言った。
「はあ? 何言ってんだ」
「なんでもないよー」
能天気に駆け出す私に、高須賀くんはため息をつく。そして。
「……ったく」
自分の未来を想像して諦めたように、穏やかに微笑んだ。
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