「あの日のぼくら」サイドストーリー 駿あか編
紫(ゆかり)
しあわせにしてあげる 前編
私は許さない。彼まで連れていくだなんて。そんなこと、絶対に。
それが、彼女たちがいなくなって、最初に思ったこと。
もうこの世にいない人たちにそんなことを思うなんて、と咎められたとしても、私は素直に悲しんだりできない。
だって、そうでしょう。桐原も、園山さんも、確かに彼の大切な人だった。けれど、彼まで道連れにする権利は、あなたたちにはない。
むしろ、この状況はチャンスなのだ。私にとっては。
高須賀くん、私は他の誰でもない、あなただけを愛すよ。
だから、どうか今度こそ、私のほうを見て。
学校には、テレビ局や週刊誌の取材が多く訪れている。私は生徒たちに話を聞いている記者になるべく近寄らないようにして、歩みを早めた。
よく飽きもしないで。学校側も迷惑だろう。無視を決め込んで校門を通り抜けようとした時、目の前で、彼が歩いていくのが見えてしまった。
いつにもましてどこかぼーっとしている彼は、思ったとおり記者に簡単に話しかけられ、何やら質問をされ始める。
「きみ、ちょっと話聞いてもいい? この学校の生徒が、心中した件についてなんだけど」
彼は答えない。ただ、冷たい目でどこか遠くを見ている。
私は彼のそばまで近づいていき、その腕を掴んだ。
「高須賀くん、行こ! 間に合わないよ!」
そのまま、彼を門の中まで引っ張っていく。
彼に話しかけた記者は突然の行動に驚いて、目を丸くしていた。「ちょ、ちょっと待って」としつこく迫ってくるので、私は小走りになって、一気に昇降口まで高須賀くんを連れて駆け抜ける。
「粟生野?」
高須賀くんは、今、何が起こったのか理解できないような顔で、私の名を呼ぶ。
私は慌てて彼の腕を掴んでいた手を放す。少し強引すぎただろうか。でも、あんなふうに二人について聞かれるの、彼は死ぬほど嫌だっただろうから。
「ほんと、無神経だよね。ああいうの」
できるだけ明るく言うと、高須賀くんは「……別に。仕事なんだろ、あの人たちも」と、妙に聞き分けのいいことを口にしながら、ようやく、今日初めて私の顔を見た。
「でも、助かった。さんきゅー」
その時、無性に思った。あの二人は、高須賀くんにはなくてはならない存在だったのだろう。その二人がいなくなった今、彼には何もなくなってしまった。
だったら、私があげる。高須賀くんが欲しいもの、全部あげる。
彼が二人のあとを追うようなことは、絶対にさせない。私で、彼を満たせばいい。
彼が絶対に、死にたくならないように。私だけを見つめるように。
背を向けて歩いていく彼を見送ってから、私も歩き出す。ようやく、決意が固まった。
彼を、高須賀くんを、私だけのものにする。
勢いは大事なので、すぐに行動に移すことにする。次の日の昼休み、私は一組の教室を訪れた。
周りで、「粟生野だ」と囁く声が聞こえる。一組の生徒たちは、二組の生徒である私がなぜここへ来たのか、全く分からない様子だ。
気にせず、堂々と歩いていく。高須賀くんの席の前まで。
「こんにちは、高須賀くん」
え、俺? とでも言いたげに彼は首を傾げる。
同時に、後方から「え、高須賀?」と言う声も聞こえたけれど、どちらも無視して、
「お昼、一緒に食べない?」
にっこり笑いながら、後ろ手に隠していたお弁当を入れた巾着袋を高須賀くんの目の前に出して見せる。
ざわめく生徒たちの視線に耐えきれなくなったのか、彼は立ち上がって、教室の扉を指差す。とりあえず場所を変えよう、ということだろう。
高須賀くんは何も言わずに歩き出す。私もすぐにその指示に従って、彼の後を追った。
廊下に出ると、ふいに彼がこちらを振り向き、心底迷惑そうに、
「なんなの、お前」
きょとん、としてしまう。
「昨日まで全然接点なんてなかったのに、どうして突然昼飯一緒に食う仲になったわけ」
それは、高須賀くんが知らないから。
私がずっと、高須賀くんに惹かれていたことを知らないから、そんなふうに思うのだと言ってやりたい。
でも、言わない。
「人とご飯を食べるのに、理由がなきゃいけない?」
彼の表情は動かない。
面倒なことになった。可愛らしい同級生が、自分とお昼を共にしたいと言っているんだから、素直に応じておけばいいのに。
高須賀くんは、そう簡単には思いどおりになってはくれない。分かっていたことだ。
だから、私は笑みを浮かべる。
「私が、高須賀くんと食べたかっただけ。それじゃだめかな?」
「なんだ、それ」
まるで疑念の塊だ。彼は、浅く息をつき、自嘲するみたいに口角を上げる。
「俺と飯食いたいやつなんて、いるかよ」
彼がそううつむいた瞬間、私は大きな声で「はーい!」と言って力いっぱい手を挙げた。
「ここにいるよ」
観念しなさい。
そう視線で伝えると、彼は深く息をついて、
「俺、弁当、教室」
「知ってる。取ってきたら?」
「この状況でよくそんなこと言えるな。戻ったら俺はやつらに質問攻めにされる」
「じゃあ、私のお弁当食べる?」
は? と明らかに嫌そうにする高須賀くんは、少しだけ考えたあと、首を振り、
「いや、なんでお前の食わなきゃならないんだよ。第一、粟生野の分だろ、それ」
「ううん、もう一つあるよ。高須賀くんの分。ちなみに、私の手作り」
はい、といとも簡単に巾着袋から取り出されたもう一つのお弁当箱に、高須賀くんは苦い顔をする。
「なに、お前」
「特に深い意味はないけど。でも、高須賀くん、いつも自分のお弁当食べるの嫌そうじゃなかった?」
無言で視線を逸らし、これ以上耐えられなさそうな彼に、更に、
「お母さんの手作り、だからかな」
流すように続ければ、彼の不快感が高まったのが分かる。
「なんてね。お弁当って、もっと楽しく食べるものじゃない? だから、高須賀くんの好きなものいっぱい作ってきたんだ」
「俺の好きな食べ物知ってんの」
「想像」
彼は数秒間黙ってから、小さく「気持ち悪ぃ」と悪態をついた。
私は、満面の笑みを浮かべて、
「でも、お弁当はおいしいはずだよ。天気もいいし、お外に出て一緒に食べませんか?」
あくまでものんきに言い切ってみると、彼の眉間にしわがよる。あ、だめかな、と思いつつ、率先して歩き出せば、彼は渋々だろうが、大人しくついてきた。
なんだかおかしくて、笑いがこみ上げる。
「高須賀くんて、押しに弱いでしょう」
「うるせえ」
たいして嫌でもなさそうに、わずかに眉を寄せる。
自分が予想よりもずっとどきどきしていることに、私はその時初めて気づいた。
彼と、普通に話をしている。素のままの私で。喜びがあふれだす。
本当は、ずっとこんなふうに話がしたかった。でも、無理だと思っていた。
実際、無理だったのだ。桐原と園山さんがいた頃には。
二人がいなくなって、高須賀くんは一人になった。だから、初めは二人の代わりでもいい。ただ、彼のそばにいたかった。
だんだん、彼のそばにいるのは私だということが当たり前になって、あの二人のことなんて思い出すこともなくなる。
それが、私のたった一つの願いだった。
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