秘夜

 今日は少年騎士の経験として貴族の護衛を任された。そうとは言っても特に何もなく、先輩たちの所作を見て学ぶことが本来の目的だ。しかし、稀に野獣や暗殺者が襲ってくるなどがあるらしい。

 そのため、少年騎士のなかでも成績が優秀な者しか選ばれない。

 今日は私ともう一人クラルスという少年騎士が同行した。

 年齢は私のひとつ下だが、すでに頭角を現していて先輩騎士でも敵わないほどの強さがある。彼のことはよく知らないが、強さだけは身をもって理解していた。

 任務も終わり暗い回廊をクラルスとともに歩いているが特に会話はしない。回廊のつきあたりへさしかかるとクラルスが静止する。


「では、私はこれで失礼します。おつかれさまでした」

「おつかれさま」


 相変わらず教科書に載っていそうな話し方だ。自室に戻ると、四人部屋にも関わらず倍の人数が私を待ち構えていた。

 私を出迎えるためではないことはわかっている。


「ルシオラおかえり! ねぇクラルスくんと任務一緒だったんでしょ?」

「何か話した?」

「クラルスくんの好きなお菓子とか知ってる?」

「どんな女の子が好みか聞いてくれた?」


 一つ年下のクラルスは強さと顔が整っていることが相まって年齢問わず女子に人気だった。

 内面をしらずに外見だけで恋心が抱けるのが不思議でしかたない。

 女子たちは早朝の小鳥よりぴいぴい騒いでうるさい。疲れた身体に彼女たちの声は毒だ。

 押しのけて寝台へ座ると期待の眼差しを向けられた。


「……あいさつ以外何も話してないよ」

「えぇ! もったいない! せっかく話す機会があるのに!」

「クラルスくんのこと知りたいのにぃ!」


 騎士になるための少年騎士だ。それなのになぜ色恋をしたいのか理解できない。男漁りなら他でやれ。


「私は疲れているんだ。散ってくれ」


 上着を脱いで横になるとにやにやしながら一人の女子が私を見ていた。


「まさかルシオラ一人で抜け駆けするつもりぃ?」

「馬鹿なことを言うな。男に興味ない」

「えぇ。じゃあクラルスくんだめだったらルシオラに乗り換えしようかな」

「……訂正する。恋愛に興味ない」


 頭が一年中春の女子たちには付き合っていられない。消灯時間はまだだが、毛布をかぶって壁のほうを向く。

 騒いでいる声を聞きながら眠りの世界へ逃亡した。


 肌寒さで目が覚めると、あたりは静まりかえっていた。かすかに同室の子たちの寝息だけが聞こえてくる。

 寝台でしばらく寝返りをうっていた。変な時間に寝てしまったのでなかなか眠れない。

 上着を羽織って散歩でもしてこよう。深夜の外出は禁止されているが、遠出ではないので大丈夫だろう。

 自分に言い聞かせて回廊へと足を踏み出した。

 外気は冷たく肌に刺さる。いつも昼間に見ている景色とは違い、月明かりに照らされている兵舎は神秘的な色を放っていた。

 月の位置を確認しようと空を見上げる。自然と視線を移動させると人影を見つけた。

 壁際の茂み近くで何かしている。

 興味本位で近づいてみると、クラルスだった。手頃な枝で剣を振る動作をしている。かなり集中しているのか私に気づいていないようだ。


「夜の外出は禁止だぞ」


 声をかけるとクラルスの肩が跳ねる。目を丸くして私のほうを向いた。


「あ……えっと。すみません」


 彼は枝をおろして頭をかいている。

 夜中にひっそりと涙ぐましい努力をしていたのか。しかし、規則を破って個人練習をしていることに腹が立つ。


「毎晩こんなことをしているのか?」

「いえ……そういうわけでは……。今日は眠れなくて。そういうルシオラさんも規則違反ですよ」


 同罪なのはわかっている。それに教官へ告げ口するつもりもない。


「ルシオラさんはどうしてここへ?」

「目が覚めてしまってな……」

「せっかくなので一戦どうですか?」

「いや……やめておく」


 手合わせをしたいのはやまやまだ。しかし、時間がかかるのは目に見えている。毎回クラルスとの手合わせは教官が飽きるほど長時間におよんでいた。

 クラルスを見やると残念そうに眉を下げている。

 ふと、女子に人気のある彼に興味がわく。一対一で話す機会はめったにない。


「クラルス。少し聞いていいか?」

「はい。何でしょう?」

「なぜ、騎士になろうと思ったんだ?」


 私の質問に言葉を詰まらせた。聞いてはいけないことだったのだろうか。


「……両親との約束なのです。星永騎士になることが……」


 寂しい影が白銀の目に宿る。その目が幼い日の自分を映しているようで心が締めつけられた。


「……悪い。そんな顔をさせるつもりはなかった」

「す……すみません。顔に出ていましたか……」


 彼は照れくさそうに視線を外した。何となく自分と同じような境遇なのではと勘ぐってしまう。

 そう思っているとクラルスは小さく息を吐いた。


「星永騎士になっても報告する相手はいないのですけど……。騎士を目指すのはおかしなことですかね?」


 彼の言葉で両親が他界していることがわかった。私の知らないところでいろいろ苦労しているのだと思う。


「……いや。どんな理由であれ、他人が夢を踏みにじるようなことをしていいわけがない。そんな奴がいたら私が殴り飛ばしてやる」

「……ルシオラさんは優しいのですね」


 予想もしない返しに思わず硬直する。同期からは冷たいと言われることがほとんどだ。それに、優しい発言をしたつもりはない。


「ルシオラさんが騎士になりたい理由を聞いてもいいですか?」


 同じ質問を返されることはわかっていた。クラルスが答えてくれたのだから私も答えるのが礼儀だ。


「……育ててくれた両親の恩に報いるためだ」

「恩に報いる?」


 私は間違ったことは言っていないが、一般的な家庭から出る言葉ではない。彼はなんとなく察したのか申しわけなさそうな表情をしていた。


「あの……ルシオラさんって貴族の方ですよね? 噂にはお伺いしています」


 あまり接点のないクラルスになら話してもいいと思えた。近しい者ではないからこそ言えるのかもしれない。


「……私はノックス家の本当の娘ではないしルナーエ国出身でもない。そんな私を拾ってくれて本当の娘のように愛情を注いでくれた両親に恩を返したいんだ」

「えっと……その。すみません」


 謝罪の言葉を吐くとクラルスは俯いた。少し私情を出し過ぎたことを後悔する。


「すまない。困らせてしまった」

「いえ……。大切な話をしてくれて、ありがとうございます」


 ふつうなら引きそうな話だと思う。性格がいいんだな。他の女子が知ったらますます人気が出そうだ。クラルスの夢を邪魔されかねないので胸にしまっておこう。


「……今日話したことは忘れよう。その方が互いのためになる」

「……そうですね。忘れましょう」


 なかなか忘れられないと思うが、自分の中で誰にも話していなかったことが外に出て少し楽になった気がする。

 そのとき彼が右手を差し出した。


「ずっと秘めていたことを吐けて少し気持ちが楽になりました。お互い騎士になるために頑張りましょう」

「あぁ。こちらこそありがとう」


 私も右手を差し出してクラルスの手を軽く握った。



 そのあと、同じくして星永騎士になったことは言うまでもない。

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