その花言葉は
「ルシオラ。髪の毛だいぶ伸びたわね」
ルシオラが私の専属護衛に就いてから一年が経とうとしていた。肩につかないくらいの
一年のほとんどを一緒に過ごしていたので今ごろになって彼女の変化に気がついた。
ルシオラは肩にかかっている髪を乱暴にはねのける。
「そろそろ髪を切ろうと考えておりました」
「せっかく伸ばしたのにもったいないわ! それにきれいな長い髪には精霊が宿るのよ」
ルナーエ国の伝承できれいな長い髪には精霊が宿り、さまざまな幸運をもたらすとされていた。
女神アイテイル様もきれいな長い銀髪だったと歴史書に書かれている。
私も伝承を信じており、幼いころから腰までの長髪だ。
「手入れがありますし、私に長髪は似合いません」
「見なれていないだけよ! それにね」
私はルシオラの腕を引っ張って姿見の前に立った。鏡の中のルシオラは困惑した顔で私を見ている。
「ほら、私たち髪色が似ているでしょ? 髪を伸ばしたら姉妹みたいじゃない?」
「そ……それは恐れ多いことです。しかし、私は色香を振りまいているとセラ様に危険が及びます。女性らしくするのには抵抗が……」
きっとルシオラは私のことを第一に思ってくれての言葉だ。ルシオラが女性らしさを出せば王女の護衛として軽んじられると思っている。
鋭く威圧的な雰囲気を出さなければいけない。しかし、そのせいで自分を押し殺してほしくないと思っている。
この一年ともに過ごしてきて、ルシオラはなによりも私のことや星永騎士としての振る舞いを大切にしていることはわかっていた。
「私にみたいに髪を結えばいいと思うわ。短い髪のときもかっこよくて素敵だけど、今のルシオラもとっても好きよ」
「セラ様……。セラ様がそこまで仰るのでしたら」
いつも鋭い眼光のルシオラがやわらかくほほ笑む。いつも
ルシオラから守られるに値する王女でありたいと思う。
「そういえば明日は授業ないわよね! 城下町に行ってルシオラの髪留めを買いにいきましょう!」
「せっかくのお休みですのに私のためにお時間をいただくのは……。それに外出は陛下の許可をいただかなければいけません」
「今から母様に頼みましょう!」
時計を見ると午後三時を指していた。貴族との謁見の予定がなければ今は書斎にいるはずだ。
私はルシオラの手を引いて母様の書斎へと向かった。
午後の日差しを受けている長い回廊は大理石が光を反射してきらきらと輝いている。
母様に自ら外出許可をとりに行くことは初めてだ。少し大人になった気分。
書斎前の騎士は不思議そうに私たちを見ていた。ふだんこの時間に母様のところへ来ることはないからだろう。
「母様。失礼します」
扉を開けると机に向かっていた母様はゆっくり立ち上がった。
「セラ、珍しいですね。何かありましたか?」
ルシオラを連れておずおずと室内に入る。ふわりと漂う紅茶の残り香。さきほどまで休んでいたようだ。
一歩引いたところからルシオラは母様に深々と一礼をした。
「ルシオラ、楽にしなさい」
「はい。陛下」
母様は優しくほほ笑んで私に視線を移す。外出の許可を取るだけなのに緊張してしまう。
今は私の母様ではなく女王陛下だ。
「あの……。母様。私、明日お休みなの。それで城下町の雑貨屋にお出かけしたいと思っていて。母様の許可をもらいに来ました」
母様は驚きと困惑が混じった表情をしていた。少しの沈黙のあと母様はルシオラに視線を向ける。
「ルシオラ。専属護衛としての意見を聞かせてください」
「私は……。何か有事が発生したとき一人でセラスフィーナ様を守れる自信がありません。外出はお控えしたほうがよろしいかと」
ルシオラのことを実力不足と思ったことは一度もない。そうでなければ私の護衛に抜擢されることはないからだ。クラルスとの手合わせを何度も見ている。
いつも五分の戦いでいることは知っていた。
「私、ルシオラのために髪留めを買いたいの! 明日を逃してしまったら、またしばらくお休みがないでしょ? それにルシオラが専属護衛としての実力はあるわ」
「まぁ、ルシオラのために?」
母様はルシオラと私を交互に見ていた。ルシオラを見やると、申しわけなさそうな表情で俯いる。
「陛下。セラスフィーナ様のお時間は貴重です。私のためにお時間を割くなど身に余ることで……」
ルシオラの言葉を聞いた母上は口元を押さえてくすくすと笑っていた。
「ルシオラは本当にセラのことを考えていますね」
「もちろんでございます! 私の大切な主君ですから」
「ルシオラ。なぜあなたをセラの専属護衛に抜擢したのか理解していますか?」
「……いえ。当時まだ少年騎士でした私が抜擢されるなど思っておりませんでした。もっと相応しい騎士がいらっしゃるかと」
そんな思いで一年間過ごしていたとは思っていなかった。実力以上の評価をされてしまったと考えていたのだろうか。
母様はルシオラの前まで歩くと、優しく肩に手をおいた。
「あなたにはセラの姉のように接して欲しいのです。いけないことは叱り、楽しかったことはともに笑い、悲しかったことは分かち合う。そんな関係を目指してください」
「わ……私がセラスフィーナ様の姉など……」
「もうずいぶん前に引退してしまいましたが、私の専属護衛はいたずら好きで天真爛漫でお父様が呆れるほど破天荒でしたよ」
母様の専属護衛の話を聞いて思わず笑ってしまう。母様を茶化すほどの護衛とはどんな人なのだろうと興味がわいた。ルシオラは驚いた様子で口を開けている。
「そのような方が……」
「彼女からいろいろなことを学びました。こうしてここに女王としているのは彼女のおかげなのです。ともに成長できる専属護衛になりなさい」
「はい。精進いたします」
母様はルシオラにほほ笑んだあと私の髪を優しくなでた。
「あなたもルシオラのことを大切にしなさい」
「うん! もちろんよ!」
満足そうに母様はうなずいてくれた。
「話がそれてしまいました。外出は許可します。念のためもう一人護衛をつけます。これでルシオラも安心ですよね?」
「は……はい。ご高配、感謝いたします」
「ですがなるべく短時間で済ませてきなさい。王族が街に出るといろいろ民に迷惑がかかります」
「はい。母様」
母様は何か言いたそうな顔をしていたが公務があるため書斎から退室してしまった。今度、母様に母様の専属護衛の話を聞こうと思う。
「母様の許可がもらえたわ! さっそく明日の準備をしましょう! お洋服どうしようかしら、ルシオラも一緒に考えて!」
ルシオラの手を引いて自室へと走り出す。彼女は困ったようなうれしいようなほほ笑みを浮かべていた。
街になじむ服を着て、私はルシオラと城門へ歩き出した。城下町へでかけるのは久しぶりだ。
「晴れてよかったですね」
「うん。お出かけ日和だわ!」
空を仰ぐと二羽の鳥がなかよく遊泳していた。そういえば母様がもう一人の
そう考えていたのもつかの間。私の求めていた回答は門の前で待っていた。
「王女様、ルシオラ! ご無沙汰しております」
たしか彼女はリアの弓術の師だ。何度か会ったことがある。
「ロゼ様。本日はよろしくお願いします」
「ルシオラはすっかり専属護衛ね。王女様は私のことを覚えていらっしゃいますか?」
「もちろん! リアに弓術を教えているのよね?」
「よくご存じで! さすが次期女王様ですね」
何かにつけて次期女王と褒められることが多い。そのたびに母様みたいな立派な女王にならなければと思う。
そして将来の女王を護衛する身のルシオラの重圧を感じ取ることもあった。
「陛下から聞きましたよ! 王女様はルシオラのために外出したいと申し出をしたそうですね」
「そうだけど?」
ルシオラを見やると気恥ずかしそうに俯いていた。
「ほほ笑ましいと思いまして。よい主従関係ですね」
「ロゼは母様と主従関係じゃないの?」
「私は一端の星永騎士にすぎませんよ。さぁ、時間は限られています。いきましょう!」
私とルシオラはロゼに背中を押されて城下町へと繰り出した。
午後の陽気は過ごしやすく、さわやかな風が吹いている。活気にあふれている街は私の心を高揚させた。
「ほら、ルシオラ。しっかり王女様の手をつなぎなさい」
「そこまで子どもじゃないわよ!」
ロゼの
「そういえば、何が目的なのですか? 外出のお付き添いというのはお伺いしたのですが」
「ルシオラの髪留めを買いたいの」
「なるほど、確かにルシオラは髪が伸びましたね。せっかく伸ばしたのですからいい精霊が宿ることを期待しましょう」
雑談をしながらレンガ造りの家々を縫って歩き、目的の雑貨屋へ到着した。街はずれにある小さな雑貨屋のため、今はお客がいないようだ。
ロゼは、入り口を警護しているといい、私とルシオラで入店をした。
「わぁ、たくさんあるわね」
並べてある机の上や壁には装飾品が飾られている。眺めているだけで楽しめる空間がそこに広がっていた。ふだん髪留め以外身につけないが、お店に来ると欲しくなってしまう。
「髪留めはこのあたりかしら?」
「そうですね。たくさんありますからゆっくり選んでください」
じっとルシオラの顔を見ながら思考を巡らせる。似合う髪留めは何だろう。私と似た髪留めだと、護衛をする関係上リボンがひらひらして邪魔になってしまう。
かわいい装飾品は彼女の雰囲気とは合っていない。机上の髪留めたちとルシオラを交互に見る。
せっかくなので毎日身につけてほしい。そう考えるとあまり派手なものは選べない。
「うーん。このあたりがいいかしら?」
「素敵ですね」
ルシオラの髪色から連想して薔薇の髪留めが似合うと思った。
しかし、色がたくさんある。赤、青、緑、黄、オレンジ、紫、銀、金。選ぶことがこんなに大変だとは思わなかった。
「ルシオラは何色がすきなの?」
「いえ……。特にありません」
「それは困ったわ」
せっかくなのでルシオラの好きな色がいいと思った。こうなってしまっては直感で選ぶしかない。
「じゃあ、これにしましょう!」
「オレンジ色の薔薇ですか?」
「うん、なんとなくだけど!」
ルシオラはうれしそうにほほ笑んでいる。気が変わらないうちに会計を済ませてルシオラへ手渡した。
「ありがとうございますセラ様」
「明日からつけてくれるとうれしいわ!」
「……セラ様は薔薇の花言葉はご存じですか?」
「えっ? 調べたことがないわ」
眉をさげてルシオラはくすくすと笑っている。赤い薔薇はよく男性が女性に送っていることくらいしか知らない。愛情表現に使われているのでなんとなく察することはできていた。
「薔薇は色で花言葉が異なるのです」
「そうだったのね。オレンジ色は何かしら?」
「それはご自身でお調べしたほうがいいですよ」
花言葉は調べたことがなかった。書庫にいけばきっとそういう本があるだろう。
「じゃあ早く帰りましょう」
ルシオラとともに店を出ると、いつのまにかロゼの姿がない。どこにいってしまったのだろうか。
「あれ? ロゼがいないわ」
「どうされたのでしょう」
あたりを見回していると狭い路地からロゼが現れた。
「すみません王女様。持ち場を離れてしまって! かわいい猫ちゃんがいらっしゃったので始末……あぁ、手なずけていました! じゃれついて困ったものです」
「そ……そうなのね」
始末という言葉は聞かなかったことにしよう。ルシオラはロゼと目配りをしていてなんとなく察した。
せっかく城下町に出たので露店市場へ行きたかったが、早く帰ったほうがよさそうだ。
次期女王という身を思い知らされた。
城門まで戻るとロゼは陛下に戻ったことを報告しておくと言ってさっそうと立ち去って行く。
「セラ様。久々の城下町はお疲れでしょう。お茶のご用意をしますね」
「えぇ、お願いするわ」
その夜。私は書庫から花の本を引っ張り出して、読み始めた。
「へぇ、百合も色で花言葉が違うのね。桜はバラ科なの!? 似てないけど?」
女王の教養に必要がないものだったのでこういう本は読んだことがなかった。歴史書や礼儀作法ばかりだった私には新鮮だ。
そういえばリアはクラルスの影響で読書をしていた。今度、借りてみよう。
ぺらぺらと頁をめくっていくと目的の薔薇を見つけた。
「あった。たくさんあるわね。全部の花に言葉を当てた人を尊敬するわ」
書かれている文字を指でなぞっていく。赤い薔薇、愛情。これは予想できた。青い薔薇、奇跡。白い薔薇、純潔。黄色い薔薇、献身。
そして、オレンジ色の薔薇は――絆。
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