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罪滅ぼし

 穏やかな太陽の光の下。今日も少年騎士の訓練に励んでいた。

 そこに舞い込んできた吉報。


「女王陛下が無事ご出産なされた!」


 掲示板に張り出された用紙に、少年騎士たちが集まっていく。

 もちろん注目されているのは跡継ぎである女児は生まれたのか。

 人をかき分けてたどり着いた掲示板に書かれていたこと。


 -女王陛下、双子の女児と男児をご出産-

 国を挙げての祝賀は女王陛下の体調が整い次第追って報告。


 王女と王子のご誕生が記載されていた。跡継ぎが生まれたよろこびとともに、王子に対してあわれむ感情がわいていた。

 ルナーエ国は女王君主制。男子に継承権は発生しない。さんざん両親や周囲から男子だけは産まないで欲しいという声を聞いていた。

 生まれる前から邪魔者扱いされて不憫ふびんに思っている。

 現在の女王陛下は慈悲深いかただ。きっと王女と王子を分け隔てなく育ててくれるだろう。



 月日は流れ。私は少年騎士の主席になり、それから星永せいえい騎士に昇格した。剣術の腕前はそこまでたたないが、弓術を高く評価されたことが大きかった。

 狩人であった父親に感謝しかない。


「あなたがロゼ殿ですか? 女性の主席は久々だと陛下がよろこんでおられましたな」


 体格がいい長身の男性がはなしかけてきた。確か、同じ星永騎士のクルグ。

 何度も国境間のいざこざを将校のコーネット卿とともに治めていた。

 実戦で星永騎士まで昇格した功績は、武人という言葉が似合う。


「クルグ様ですね。まだ日は浅い若輩者ですがよろしくお願いします」

「同職なのだからそんなにかしこまらないで。お互い星永騎士として切磋琢磨していきましょう」


 彼は白い歯を見せて笑った。あまり女性の星永騎士はいないので彼なりに気を使ってくれているのだろう。


「私は堅苦しいことがあまり好きではないので助かります。クルグ殿」

「おぉ。こりゃ同士だな。ロゼ殿とは気が合いそうだ!」


 豪快に笑う彼を見て、星永騎士になった重圧が軽くなった気がした。


 ある日、騎士団長様に呼び出しをされた。クルグ殿も一緒だ。もしかして、国境警備に拝命されるのだろうか。

 兵舎の会議室へ向かうと、椅子にこしかけた騎士団長様がいらっしゃった。

 気さくでおおらかな騎士団長様だが、公的な話になると緊張をしてしまう。


「二人とも忙しい中、呼び出してすまなかったな。楽にしてくれ」

「……また国境線でのいざこざでしょうか?」

「いや、そうではない。国境はいまのところ平和だ。前回クルグが暴れまわってくれたおかげでな」


 噂でクルグ殿は百人を血祭りにした。得意の槍で同時に三人を串刺しにした。拳ひとつで制圧した。と言われていた。真偽はさだかではない。

 騎士団長様はひと息ついて言葉を紡いだ。


「息子が十歳になったとき、二人を武術の師として技術を教え込んでもらいたい。将来の騎士団長に武術は必須だからな」


 まさかの王子殿下の教育係。弓術に関しては星永騎士の中で一番の使い手と自負している。私に話が回ってくるのは当たり前のことだ。断る理由もない。

 しかし、まだ王子殿下は七歳のはず。なぜ今それを言うのだろう。


「わ……私は構いません」

「騎士団長様。あまり早くお伝えになると俺は忘れてしまいそうですわ」


 苦笑しながらクルグ殿が言うと、騎士団長様は小さく笑った。


「その前提として明日から数分でもいい、毎日息子と交流をして欲しいんだ。お互い師弟になるとき、信頼があり意見を言える関係になっておいたほうがいいだろう」


 王子殿下の将来を見越してのことだった。騎士団長様は王子殿下のことをとても大切に育てていることがうかがえる。

 しかし、すべて違和感でしかなかった。


「なるほどそうでしたか! 騎士団長様。お任せください。王子殿下を立派な武人に育てますよ」

「それは将来が楽しみだな。話は以上だ。下がっていいぞ」


 私とクルグ殿は一礼をして会議室から退室した。

 二人で静かな回廊を無言で歩く。乱れた足音が反響するなか、彼の背中に問いかけた。


「クルグ殿。騎士団長様は何をお考えなのでしょう」

「俺たちの考えが及ばないことだ」

「ご存じでしょう。王子殿下はいずれ国から出されてしまいます。騎士団長の地位へ就く前がほとんどです。それなのに……」


 騎士団長様に対して無礼にもほどがある意見だ。それでも、彼に問わずにはいられなかった。

 王子殿下は何も知らずに武術に打ち込んで、いざ真実を知ったとき、どんな思いをするのか容易に想像ができる。

 騎士団長様はそれを知っていて私たちに武術を教えるよう頼んだ。

 あまりにも残酷ではないだろうか。

 

 クルグ殿は立ち止まると苦笑に歪ませた顔をこちらへ向けた。


「ロゼ殿。騎士団長様は無知ではありません。俺なりに考えたのだが、騎士団長様は変えようとしているのではと思う」

「変えようと……している?」

「そう。ルナーエ国の弊風を壊そうとしている。騎士団長様はルナーエ国出身ではない貴族のお方だ。王子殿下の在り方に疑問を持ったのだろう」


 きっと騎士団長様の独断ではなく女王陛下もご存じのはず。ただ悪い歴史をなぞってきた時代が終わるかもしれない。

 そう思うと私の心臓が高鳴っていく。


「ロゼ殿。見届けようではないか。そして守ろう。ルナーエ国が変わる時を……」

「……そうですね。クルグ殿。そのために騎士団長様を負かすくらいに王子殿下を立派に育てましょう」

「それはいい案ですな。騎士団長様もさぞおよろこびになるぞ」


 私たちは同時に頷いた。王子殿下が騎士団長を受け継ぐ時を思い描いて、私たちはこれから自分のできることを行う。



 翌日、王子殿下とご対面をした。まるで女王陛下の生き写しのような容姿に驚く。透き通った銀の長髪とエメラルドのような輝きの瞳。騎士団長様の遺伝子はどこへ消し飛んでしまったのだろうか。

 そう思っていると必然的に王女殿下ともご対面した。夕日を落としたような美しい紅の髪と鮮やかな金の瞳は騎士団長様そのもの。

 お二人の容姿はきれいに分かれて遺伝していた。


「ロゼ。この前の森に行った話を聞きたいな」

「いいですよ殿下! では、ロゼ冒険譚のはじまりです!」


 殿下は小さく拍手をして私は饒舌じょうぜつを生かして物語を語る。はじめは警戒されていたが、いまではすっかり打ち解けていた。

 話していくうちに、この国の王子はどういうものなのかを存じ上げていないことが判明する。

 まだ、七歳。できれば心が成熟するまでお耳にいれたくはない。

 細心の注意を払いながら殿下との仲を深めていった。



 ある日、殿下の部屋へ向かうと酷く落ち込んでいる様子だった。侍女に目配せをすると首を横に振る。

 事情は知らないようだ。侍女に下がってもらい、殿下と部屋で二人きりになる。


「殿下? どうしましたか?」


 椅子に座っている殿下の前に跪いて問いてみた。しばらくの静寂のあと殿下が口を開く。


「僕って……いらない子なの?」

「えっ……」


 思いもよらなかった質問に思考が停止する。愛情を注がれて育てている陛下たちが直接言うはずがない。

 誰が殿下へ吹き込んだのか。運悪く聞いてしまったのか。

 それより今は殿下の言葉を否定しなければ。

 感情がぐちゃぐちゃになりすぐに言葉が出てこなかった。


「……そう。僕……ちょっと中庭に行ってくるね」

「……まっ……待ってください殿下! 殿下!」


 制止の言葉を聞かずに殿下は足早に部屋を出て行った。

 私のせいで殿下は確信してしまった。おそらく貴族が話していたことを聞いてしまったのだろう。

 嘘だと思いたくて私に問いかけた。否定して欲しかった。それなのに私はすぐに言葉がでてこなかった。

 そして、私の態度で殿下は“自分はいらない子”だと思ってしまった。

 自分の行動を悔やみ、涙があふれ出る。


「殿下っ……」


 私は殿下の心に深い傷を負わせた。

 殿下が戻ってくるまで部屋の前で待っていると、一時間ほどして戻って来られた。


「で……殿下。おかえりなさいませ。あの……」

「ロゼ、ごめんね。もう大丈夫! 風に当たってきたらすっきりしたよ」


 無理に笑っている殿下が痛ましい。今、殿下に”いらない子ではない”と伝えても意味がなかった。あのとき、あの瞬間に言わなければ何の意味もなさない。

 私はこれ以上殿下の傷口をえぐることをしたくなく、黙って見守ることしかできなかった。



 その日の夜、陛下と騎士団長様に密会の申し出をした。これは重大なことだ。陛下たちに報告しなければならない。緊急なことと伝わり、時間を設けて頂けた。

 書斎の扉を叩き、静かに中へ入る。

 陛下と騎士団長様は神妙な顔で私を見ていた。


「ロゼ。何がありました? 報告しなさい」


 陛下の凛とした声に身体が貫かれる。三歩ほど近づき跪く。


「陛下、騎士団長様。本日、王子殿下に自分はいらない子なのかと問われました」


 陛下と騎士団長様は目を見張った。言葉を失い、お互い顔を見合わせている。


「そう……。とうとう知ってしまいましたか」

「しかし、早すぎるな。貴族は幼いリアをいじめて楽しんでいるのか?」

「い……いえ。私は目撃しておりませんので何とも……」


 お二人はこんな日が来ることは覚悟していた。特に昔の弊風が強い貴族は王子殿下がご誕生されてからずっと陰で悪言を吐いている。

 しかし、あのとき私が否定していれば”気のせいだった”で済んだかもしれない。

 締めつけられるような胸の痛みをこらえるように右手で心臓を押える。


「へ……陛下。私は……王子殿下に問われたとき、すぐに否定の言葉をかけることが出来ませんでした。私が王子殿下に自覚させてしまったのです! 癒えることのない傷をつけました! 本当に申しわけございません。どんな罰でも受ける覚悟です」


 陛下と騎士団長様は罵倒の言葉を投げつけるのではなく、ただ黙っていた。ここで斬首されても仕方ない。

 目をつむり、そのときが来るのを待った。

 ゆっくりと近づいてくる衣擦れの音。それは私の目の前で止まった。


「顔をあげなさいロゼ」


 静かに顔をあげると陛下が私の目の前に跪いていた。お召し物が汚れてしまう。そう言いかけたとき、陛下は眉をさげてほほ笑んだ。

 細い指が私の頭を優しくなでる。


「私たちが見ていられない間、息子のことを伝えてくれただけでも感謝しています。あなたには辛い思いをさせてしまいましたね」

「陛下……私は……そんな……」


 陛下の優しさに涙があふれる。私は感謝されるようなことはしていない。星永騎士として当たり前のことをしていただけだ。いや、それすらできなかった。

 次いで騎士団長様が言葉を紡いだ。


「ロゼ。もし自分なりに罪滅ぼしがしたいのなら、息子を……リアを……立派な騎士にして欲しい」

「はい……! 必ず王子殿下を一人前の騎士にしてみせます! そして、何があろうとも守り抜きます!」


 私の言葉にお二人は笑顔になった。

 王子殿下を立派な騎士に、そして騎士団長にする。貴族に邪魔はさせない。

 何があろうとも殿下を守り抜くと誓った。



――――。




 ひきつけた十人のうち、五人は葬った。あと五人。一秒でも長く足止めを、少しでも遠くへ。

 彼らの死角に隠れ膝をつく。

 矢は残りわずか、無くなっても剣で対抗する。傷を負っているが、致命傷ではない。私はまだ戦える。

 深く息をはいて、夜空に浮かんでいる月をみつめた。


「殿下……」


 私のことを心配してくれた殿下。自分が傷つくことをかえりみず、戦おうとしてくれた。

 逆境に負けず、まっすぐ優しい心を持った少年に成長してくれてうれしく思う。

 もう会うことはないのだから聞いてしまえばよかった。


 あのときの私を恨んでいないのか。


 愚問だと気づき私は首を横に振る。お優しい殿下のことだ、恨んでいても本心を言うわけがない。それどころか初めから恨んでいないかもしれない。

 楽しかった日々が走馬灯のように押し寄せてくる。

 弓術の訓練に明け暮れた日々。初めて獲物を自ら仕留めたときの殿下の笑顔。上手くいかなくて悔しがっている殿下。

 私を慕ってくれていた優しい声と瞳。


 私はまだ死にたくない。死ねない。殿下への罪滅ぼしが終わっていないのだから。


 立ち上がり、回廊の中央に立つ。


「ミステイル兵よ! さぁ、私はここだ! 星永騎士ロゼはここいるぞ!」


 殿下、どうか生き抜いてください。それが私の願いです。





-罪滅ぼし-

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