想いの耳飾り
ルナーエ国には大切な人に自分の身につけているものを贈る習慣がある。
恋人、友人、兄妹、夫婦など、大切な人がいる証になっていた。
私はいままで誰にも身につけているものを贈ったことはない。大切な人がいないことを表していた。
しかし、今は心から大切にしている人がいる。
ある日の午後、珍しくセラ様とリア様が同じ座学を受けていらっしゃる。
私とルシオラはお二人の座学が終わるまで、部屋の外で待機していた。
午後の日差しが心地よい。そんな中、遠くの木々の揺らめきをみていた。
「どうしたクラルス。呆けた顔をして……」
「あ……あぁ、ルシオラ。失礼しました」
「珍しいなそんな顔をするのは」
彼女はくすくす笑っていた。そんなにも酷い顔をしていたのだろうか。
「ルシオラは……誰かに身につけているものを贈ったことはありますか?」
ルシオラは私の質問を聞くと目を丸くした。そのあと楽しそうに口角が上がる。
「クラルスは今、贈りたい相手がいるのだな。なんとなく想像できるが」
「し……質問に答えていただけますか?」
図星で思わずどもってしまう。彼女には相手が誰なのか見透かされているようだ。
「……だいぶ前だが、セラ様に耳飾りをお贈りした」
「セラ様にお贈りしたのですね。よろこんでおられましたか?」
「贈った日の夜は大事に手に持って眠られていましたよ。そこまでよろこんでいただけるとは、うれしい誤算でした」
幸せそうに語るルシオラを見てうらやましく思う。
「クラルスはリア様にまだお贈りしていないのか?」
リア様のお名前を出されて心臓が跳ねた。私がお贈りしたい相手はまさしくリア様だ。
何も考えずに渡せばいいのだが、いろいろ悩んでしまっている。
「何を悩んでいるんだ?」
「リア様にお贈りしたいのですが……。私の身につけているものは高価なものでもないですし、リア様にとってよいものなのかもわかりません」
私がいま身につけているものは小さな丸い形の銀の耳飾り。このような小物を贈るのでよいのか悩んでしまう。
リア様のために耳飾りなどを新調するのは習慣に反している気がした。
「高価なものやいいものを贈るだけなら普通に贈物をすることで済むだろう。大切なことはクラルスがふだん身につけているものを贈ることだ」
「わかってはいるのですが……もしご迷惑を被るようでしたら私は……」
「……?」
「自害します」
「するな」
ルシオラは呆れた表情でため息をついた。面倒くさい男だと思っただろう。
「悩んでいるのはリア様がそれだけクラルスにとって大切な方なのはわかっている。リア様はお優しい方だ。おまえの気持ちを拒否はしないよ」
「そう……ですかね」
そのとき、扉の開く音がした。リア様とセラ様の座学が終わったことをあらわしている。
リア様は私を見つけるとほほ笑んで軽く手をふった。
「おかえりなさいませ、リア様。お勉強はいかがでしたか?」
「難しい授業だけどなんとか理解できたよ」
きれいにまとめてあるノートの内容に毎回感心してしまう。今日はどんな授業の内容だったのか、一生懸命説明してくださっていた。
そんな彼の姿を愛らしく思う。
「リア。私は少し休憩したあと、また別の場所で座学なの」
「うん。セラ、がんばってね。今日の授業でわからないことがあったらお互い教え合いっこしようか」
「そうしましょう! リア、また夕食のときにあいましょう」
セラ様は名残惜しそうにしながらルシオラとともに去っていく。
私たちも休憩をしようとリア様の自室へと戻った。
侍女に香りのよい紅茶を淹れてもらい。リア様はひと息ついた。
今、室内にはリア様と私しかいない。ルシオラに後押しされて少しだけ渡す勇気がわいていた。
「リア様。お渡ししたいものがあります」
「僕に? なんだろう?」
リア様はうれしそうな顔をして首を傾げた。心臓の鼓動がリア様に聞えてしまうくらいうるさく聞こえる。
私は右耳の耳飾りをはずしてリア様に差し出した。
「あの……私がふだん身につけている耳飾りです。ご迷惑でなければ受け取っていただけませんか?」
「えっ……それって……」
リア様はもちろん習慣のことを知っている。急に恥ずかしさがこみあげてきて頬が熱くなった。
「僕が……受け取っていいのかな? もっとクラルスのものを受け取るのに相応しい人があらわれるかもしれないよ?」
「いえ……。私はリア様に受け取ってほしいのです」
彼は少しためらいながら耳飾りを受け取ってくれた。心にうれしさと安堵感が押し寄せてきて、短いため息をつく。
「……ありがとうクラルス。すごくうれしいよ。大切にするね」
リア様のはにかむような笑顔をみて私も自然に笑みがこぼれた。
「えぇ!? そういう意味があったのかよ! リュエさんにあげちゃったじゃねぇか! はずかしい!」
ルナーエ国の習慣を説明するとシンは大声をあげてあわてふためいていた。
以前シンはリュエールさんに自身の耳飾りを贈っている。ミステイル王国出身のシンが習慣を知らないのも無理はない。
シンの行動にリア様はくすくす笑っている。
「いや、リュエさんは大切だけどさ! なんていうかその、違うんだ」
「リュエールさんはわかっているから大丈夫だと思うよ」
シンは恥ずかしさのあまり机に突っ伏した。頭から湯気が出ているように見える。
「あ……クラルスからもらった耳飾り、自室の引き出しにあるんだ……。捨てられたのかな」
リア様は悲しそうに王都のほうを見つめる。
突然、追われる身となったので私もリア様も大切なものは何一つ持ち出せなかった。
きっとリア様の部屋は荒らされているだろう。私の差し上げた耳飾りは捨てられてしまったかもしれない。
しかし、私はリア様が無事でいらっしゃるのならそれでいいと思っている。
「なくなってしまっているのでしたら、何度でもリア様にお贈りしますよ」
「うん……ありがとうクラルス」
リア様はあの日と変わらない笑顔を私にくれた。
―想いの耳飾り―
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