Shin viewpoint

シロのセカイ

「シン、起きて」

「……んぁ?」


 リアの心地よい声がまどろみにいる俺の意識を覚醒させた。ぼやけた視界には銀髪の少年が顔を覗いている様子が見える。

 いつもの朝と思っていたが、周りが妙に静かだ。


「……はよ」

「シン、外を見て! 雪が降ったんだよ」

「ゆきぃ?」


 上半身を起こすと、冷気に包まれた。窓から見えるのは一面の白の世界。そういえば昨日の夜は冷え込んでいた。

 夜のうちにどかどかと降ってあっという間に雪雲は去っていったようだ。太陽と雪の絨毯が輝きを競い合っている。


「さむっ! そういや最近寒かったもんな……。もう雪の季節か」

「せっかくだから外へ行こうよ」


 リアは目を輝かせていた。こんなときは暖をとってぬくぬくしていたい。

 そう思っていたがリアが珍しく浮かれていたので、彼に付き合うことにする。

 どことなく大人びているリアが年相応の反応をしていてうれしくなった。

 寝間着から着替えて今へ向かうとクラルスは紅茶を飲みながら本を読んでいた。


「おはようございますシン。今日の鍛錬は中止ですね」

「はよぉ。雪ですっころんで怪我したくないしな」


 大げさに肩をすくめると、クラルスは苦笑していた。


「シン、クラルス。川辺に行ってみようよ」

「リア様。その前に防寒しましょう」


 クラルスも俺と同じく浮かれているリアを見て口元を緩ませていた。

 リアは外衣を何枚も着させられて、マフラーをぐるぐると巻かれている。クラルスは相変わらずの過保護だ。

 俺は手頃な厚手の上着を羽織って銀の世界に足を踏み入れた。


 川辺に行くと、そこに見慣れた景色はなかった。ごつごつとした小石は雪に隠れ、白い紙をハサミで切ったような川が流れている。

 鼻の奥が冷気におかされてつんとした。

 リアは雪をすくうと空へ投げる。


「すごい雪がふわふわだよ。綿菓子みたい!」


 リアの銀髪と景色がうまく溶け合っていて、はしゃいでいる姿が雪の妖精に見えた。


「リア様。あまり雪にお触れになると霜焼けになってしまいますよ」

「わかった。気をつけるよ」


 こんな穏やかな気持ちで雪を見るのは初めてかもしれない。

 幼いころはただ寒いだけで嫌いだった。ミステイルの軍にいたときも進軍の邪魔になるだけだった。

 雪に関しての思い出にいいものは思い浮かばない。


「シン、雪景色すごくきれいだよね」


 笑顔の彼を見ながら、改めて景色を見渡す。幻想的な純白の風景を心からきれいと思えた。

 リアと同じ感性になっていて思わず顔がほころぶ。


「そうだな! 何なら雪合戦でもやるか? スレウドとかリュエさん呼んで!」

「雪合戦?」


 彼は雪合戦の遊びを知らないのか雪玉を持ちながら首を傾げている。王族はさすがに大人数で雪合戦はやらないから知らないのだと自分のなかで納得した。


「こぶし大くらいの雪玉を作って投げ合うんだよ」


 そのとき、俺の後ろにいたクラルスが肩をつかんだ。


「それをリア様に投げつけるおつもりですか?」


 温厚なクラルスはリアのことになると豹変する。

 クラルスはこの世のものとは思えない恐ろしい形相になっていた。眼力で人を殺せそうだ。


「ただの遊びだ! ほんとクラルスはリアのことになるとこえぇな!」

「雪合戦っていう遊び、やりたいな! クラルスも一緒にやろう!」


 リアが誘うとクラルスは二つ返事で快諾していた。

 雪合戦は少年兵団のみんなとふざけて遊んだとき以来。あのときは止めに入るはずの隊長も混じって遊んでいて珍しかった。

 雪は童心に返す魔法なのではと思ってしまう。


「じゃあリュエさんたち呼んでこようぜ!」

「僕も一緒に行くよ!」


 二人で一斉に走り出す。雪を踏みしめる音が心地よく感じた。

 そのとき、慌てた声が背後から響く。


「シン! リア様! 走ると滑りますよ!」

「大丈夫だって! 子どもじゃあるまいし!」


 そのあと、リアと二人で盛大に滑って雪の布団へ転がった。

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