過去の欠片

-あの日の記憶は十年たったいまでも鮮明に覚えている-


 舞い散る花びら、人々の歓声。王都ラエティティアでの凱旋に両親が連れてきてくれた。

 その中心にいる人物。この国の騎士団の団長だ。鮮やかな紅の髪と黄金の瞳。堂々とした風格。

 憧れの眼差しを注ぐ。そして騎士団長様の周りを囲んでいる特別な地位の星永せいえい騎士。

 いつか自分もそうなりたいと思うようになっていた。


「父さん。次の稽古はいつつけてくれる?」

「明日の自警団の活動が終わったらいいぞ」

「ありがとう、父さん!」


 夕食を食べながら、父さんは苦笑して頭をかいていた。


「しかしクラルスは剣術の稽古に熱心だな」

「俺は将来、星永騎士になりたいんだ!」


 一年前に見た凱旋から、星永騎士になりたいという夢が膨らんでいる。父さんは村の自警団に所属しており、剣術は皆から一目を置かれていた。

 俺の夢を話すと、父さんは時間があれば稽古をつけてくれている。


「星永騎士になったクラルスを見るのは楽しみだな。少年騎士団の入団試験を受けられるのは最短で二年後だ。それまでみっちり稽古をつけるからな」

「うん! 少年騎士団に入れたら絶対首席で卒業するよ!」


 少年騎士団を卒業するまでに首席を維持すれば武勲に関係なく星永騎士になれる。何百人もいる少年騎士のなかで首席をとることは容易ではない。しかし、自分の知っている限りで星永騎士になれる一番の近道だ。

 熱弁をしている俺を見て母さんは困った顔をしていた。


「クラルス。星永騎士になるには言葉遣いもきちんとしないとだめよ。戦争だけではなく、女王陛下や貴族の護衛。国賓の方とも話す機会があるのよ」

「えっ……。そうなんだ。言葉遣いかぁ……」

「クラルスにまだ礼儀作法は早いだろう」


 父さんは苦笑している。母さんは父さんと結婚する前は王都の城で侍女をしていた。そのため礼儀作法には少し厳しい面がある。


「そんなことないよ! 俺、星永騎士になるためなら何でも頑張る!」

「じゃあ母さんが礼儀作法を教えるわ。頑張るのよクラルス」


 俺の夢のために後押ししてくれる両親が素直にうれしかった。母さんに助言され、剣術だけではなく知識をつけることにも注力する。

 大変なことだが目標に向かって努力する日々は充実していた。


「王女様や女王陛下の直属護衛になったら鼻が高いぞ」

「ほんの一握りの選良された星永騎士が選ばれるから、簡単なことじゃないわよ」


 将来の俺の姿を想像している両親は楽しそうだ。しかし、違和感を覚える。ルナーエ国には双子の王女と王子がいる。両親は王子に対して、まるでいないかのような口振りだった。


「父さん、母さん。王子様は……?」


 俺がその言葉を言うとふたりの表情が曇る。真剣な顔をして母さんが口を開いた。


「王子様は若いうちに婿へ出されることがほとんどなの。クラルスは会うことがないかもしれないわ」

「そうなんだ……」


 ルナーエ国は女王君主制。男子に継承権がないため有力国の婿へ出されることがほとんどらしい。

 防犯のため、あるていどの年齢になるまで、王女と王子は人前へ姿を見せることは控えているそうだ。

 ふたりはこの場にいない王子へ哀れむような表情をしている。

 このとき俺はこの国の王子のことをよく理解していなかった。


 夕食を食べ終え、読書をしている父さんへ言葉を紡ぐ。


「父さんの剣術は村一番だと思うんだ。父さんなら星永騎士になれたんじゃないの?」


 なんとなく口にした疑問。自分の父親だから過大評価をしているわけではない。純粋にそう思っただけだった。

 少しの沈黙のあと、父さんが眉を下げて言葉を発する。


「……父さんは昔、少年騎士に所属していたんだ」

「えぇ! そうなの!? でもどうして……」


 父さんほどの剣術の優秀さなら騎士として武勲をあげられるはずだ。父さんが辞めてしまうくらい厳しいところなのだろうか。


「大けがをしてしまってな。一年間まともに動けなかったから騎士団を辞めてしまったんだ」

「復帰は諦めちゃったの?」

「そういうことになるな。皆に迷惑がかかると思ったんだ」


 父さんはそう言っているが、けがの他に何かあったと思う。表情がそう物語っていた。父さんは読書を途中で止めると、「外の空気にあたってくる」と言い残して家を出ていく。

 母さんは困った顔で背中を見送った。


「母さん。父さんに悪いこと聞いたかな?」

「クラルスは悪くないわよ」

「でも父さん辛そうだった」


 母さんは優しく頭をなでる。父さんには聞かないという約束で父さんの過去を少し話してくれた。


 父さんは少年騎士団の中でとても優秀だったそうだ。それを妬んでいた先輩騎士数名にけがを負わされてしまったらしい。

 当時の騎士団長様がそのことを後日に知り、先輩騎士たちを辞めさせた。のちほど、父さんに復帰するよう掛け合ったらしい。しかし、父さんは首を縦にふることはなかったそうだ。


「悪い人たちもいなくなったのに復帰しなかったんだね」

「そこは父さんの気持ちの問題だから。母さんたちがとやかく言うことじゃないわ」

「うん。わかった。父さんにこのことはもう聞かないよ」

「昔のことがあるから少年騎士団にクラルスが入団したいと聞いて父さんは心配しているのよ」


 口には出さないが父さんは俺のことを心配しているのだろう。


「大丈夫。俺、誰にも負けないくらい強くなってみせるよ」

「頼もしい! じゃあ母さんもクラルスを立派な星永騎士になれるように礼儀作法をたたき込まなきゃね」

「うん! 頑張るよ母さん!」


 母さんとほほ笑みあった。俺が星永騎士になって、父さんが叶わなかったことを代わりに叶えてあげたい。

 星永騎士になることは俺と父さんの目標だ。


 星永騎士になるために父さんからは剣術、母さんからは礼儀作法をたくさん学ぶようになった。

 特に礼儀作法で矯正されたのは一人称だ。”俺”ではなく”私”に変える。言葉づかいも敬語などを教え込まれた。

 なかなか一人称がなれないので、練習のために友人の前でも”私”と言うように心がけた。大人みたい、不自然、など言われたが星永騎士になるためだ。友人の言葉をいちいち気にしていられない。


 それから、地理や歴史など星永騎士に必要そうな本を読みあさった。両親ともに読書が好きなので、自宅には本がたくさんある。わざわざ本を買わなくても独学で勉強をすることができた。


 静かに読書ができる場所を探していると、森の中に小さな泉をみつける。


「あれ……こんな場所あったんだ」


 森にはまれに野獣が出るので、近寄らないように言われている。しかし、街の喧騒で読書を阻害されるのでここまで来てしまった。

 ここは街から少し離れているので人の声などは聞こえない。

 鳥の声、風がそよぎ木々のこすれる音。自然の音で満たされているこの場所はすぐに自分のお気に入りになった。


「クラルス。本を持ってどこへ行くの?」

「え……。ちょっと落ち着けるところだよ」


 何度か母さんにどこへ行くのか聞かれることがある。

 家で読書をしていたのにあまりしなくなったので聞かれるのは当然だ。しかし、正直に話すとあの場所にいけなくなってしまう。


「……遅くならないうちに帰ってくるのよ」

「うん。夕食までには戻るよ」


 母さんは勘づいていたかもしれないが、特に咎めることや無理に聞き出そうとはしなかった。

 俺のことを信頼していたからなのかもしれない。


 無理に縛りつけようとはせずに、好きなことをやらせてくれている父さんと母さんをありがたく思う。


 父さんとの稽古がないときは、お気に入りの場所で読書をするようになっていた。


 ルナーエ国の天候は一年を通して穏やかなのだが、珍しく天気が崩れた。風は吹き荒れ、雨が激しく打ちつける。嵐のようだ。


「すごい雨と風だね。こんなの初めてだよ」

「母さんもこんな嵐、久しぶりよ。雨が降っても穏やかなのに今日は酷いわね」

「どこかに被害が出るかもな。近くの川が氾濫するかもしれないから、食料と大切なものは高いところに移動させておこう」

「うん。わかったよ」


 夜、自警団の村の人が訪ねてきた。村で被害が出たようだ。父さんが角灯を持って出ていく姿を見送る。

 近くにある川が氾濫したのかと思ったのだが、なんとか持ちこたえてくれた。


 夜が明け、天気が安定すると村は騒然としていた。村中に折れた枝や飛ばされてきた木材が散乱している。

 半壊してしまった家屋も何軒かあった。父さんは慌てた様子で馬にまたがる。


「原石神殿をみてくる。何かあったら大変だからな」

「えぇ。道中きをつけて」


 原石神殿にはダイヤモンドの原石プリムスが安置してあった。この村は原石神殿に一番近いため、有事があれば自警団が確認しに行くことになっている。


 夜になり、ようやく父さんが帰ってくる。出迎えようとしたが、母さんに寝るようにうながされた。

 原石神殿のことを聞きたかったのだが、大人しく寝台へ横になる。

 居間から、かすかにふたりの話し声が聞こえてきた。


「おかえりなさい。ずいぶん遅かったわね」

「あぁ。王都の使者や神官と今後を話していた」


 どうやら原石神殿は、先日の嵐で一部が破損してしまったそうだ。原石プリムスを安置している宝石室の結界が不安定になっているらしい。


「近々、原石神殿の修理と結界を安定させるためにフィンエンド国の技術者がくるそうだ」

原石プリムスはどうするのかしら? 結界が不安定になっているのなら、賊に襲われそうね」

「その話なんだが……」


 父さんの声色が変わった。どうやら原石プリムスは原石神殿の修理が終わるまでこの村に安置されるそうだ。

 一度も原石プリムスを見たことがなかった。そうやすやすとお目にかかれるものではない。もしかして原石プリムスをみられるのではないのかと心が弾む。


「この村で? 管理は大丈夫なのかしら……」

「流星の日の周期もまだだからな。それにこの情報は村の人には公開しない。どこかで賊がききつけたら厄介だ」


 どうやら内密にこの村へ運ばれるそうだ。今夜、聞いてしまったことは誰にも言わないほうがいいだろう。

 もちろん原石プリムスを見ることは叶わない。残念だが、考えると当然のことだ。


 数日後、公会堂が封鎖されていた。表向きには修繕のためらしい。原石プリムスを保管するために、村の人たちを近づけないようにしたのだろう。

 その日から、心が透き通るような感覚があった。原石プリムスが来てからずっとその感覚があり、不思議に思う。

 両親に相談をしたかったが、原石プリムスのことは口にしてはいけない気がした。





 いつ原石神殿の修理が終わるのだろうとそわそわしている毎日。今日は天気もいいので、お気に入りの場所で読書をしていた。

 村にいると、原石プリムスのことを気にしてしまい読書に集中できない。


 その日は午後の陽気が気持ちよくて、いつのまにか眠ってしまった。


 肌寒さで起きると、すでに夕刻だ。こんな時間まで姿を見せないと、両親を心配させてしまう。

 急いで本を持ち、村へ戻ろうとしたが足を止めた。

 いつもの村の喧騒と違う、明らかに異質な声と物音が村から聞こえてくる。

 何かあったのだろうか。不安を抱きながら急ぎ足で村へ向かう。


 そこで見たものは自分の想像を超えていた。


 血まみれで転がっている人。剣で胸をつらぬかれた人。荒らされた家々。

 悲鳴と怒号。汚い笑い声が村中を包み込んでいる。

 変わり果てている村の姿に言葉を失った。


 数十名の男たちは村人たちを追いかけて惨殺している。老若男女関係なく目に入った村人たちの命を奪っていた。

 あまりにも現実からかけ離れている光景に足がすくむ。全身の震えが止まらず、その場に座り込んだ。


「な……んで……。どうして……父さん……母さん……」


 その時、馬蹄の音がこちらへ近づいてくる。

 あの男たちに見つかったら自分も殺されてしまう。

 立とうとしても足に力が入らず、四つん這いになって森の中へ逃げた。


 必死に地面を這って森の泉まで逃げ去る。膝をかかえて、ただ震えることしかできなかった。


「悪い夢だ……。きっと……そうだ……」


 現実と思いたくない。さっき見たものは幻だ。夢だ。

 自分にそう言い聞かせる。

 そのまま朝になるまで、泉のそばで身を潜めた。



 朝になり、心を落ち着かせて村へ足を動かす。

 昨日の出来事は嘘であって欲しい。

 しかし、自分の目の前に広がったものは荒らされている家屋と無残に殺された村人たちの遺体。


 気が狂いそうだ。どうして村がこんなことにならなくてはいけないのか。

 自分の家に向かおうと、震えている足を前に出した。


 村は不気味なほど静寂につつまれている。生きている人はいないのか、身を潜めている人はいないのか。

 ふらついた足取りで歩いていると話し声が聞こえてくる。


「どうする。おかしらが来る前に済ませたけど、これ以上近づいたら危険だぞ」

「昔話だと思っていたが本当だったんだな。うかつに近寄らなくてよかったぜ」


 公会堂付近にふたりの男が立っていた。建物の周りにはきらきらと反射するものがいくつも置いてある。

 目を凝らしてみると結晶化した人間。二十体以上いるのではないだろうか。

 どうしてこんなことになっているのか理解できなかった。


「おい。全員殺せといったはずだ。なぜ子どもが生きている」


 重圧な声が後ろから聞こえてくる。振り向くと、乱れた紫紺しこん色の髪に漆黒しっこくの瞳の男が馬上からにらみつけていた。

 そのあとから数名、男たちが馬を走らせてくる。


「このガキどこから!」

「見回ったはずなのに隠れていやがったか!」


 公会堂の前にいた男ふたりが抜剣をした。思考が恐怖に支配され、身体が強張る。

 逃げることも叫ぶこともできずにその場に硬直した。


「おい。他の連中はどうした?」

「そ、そうだ! お頭! 大変なんです! 原石プリムスを奪おうとしたらみんな結晶化しちまって……」

「……迷信かと思っていたが……。ダイヤモンド、俺を拒むのか」


 お頭と呼ばれた男は公会堂を恨めしそうな目で見つめている。


「おまえら、死にたくなければ退くぞ」


 その言葉を吐いたあと、男はこちらに視線を移す。


「ガキ。すぐ親の元へいかせてやる」


 剣と鞘がこすれる音。剣身が朝日を受けて鈍く光った。


 殺される。


 命乞いの言葉も出ない。ただ涙を流しながら剣が振り下ろされるのを見ていた。


 その時、乱れた馬蹄の音。

 剣が振り下ろされる前に、一頭の馬が目の前に立ちはだかる。

 遅れて鈍い金属音があたりに響き渡った。

 馬上には鮮やかな紅の髪の男性。


「貴様は無力な子どもに手をあげることしかできないのか?」

「ほざけ青二才」


 ふたりがにらみ合っていると、複数の蹄の音が聞こえてきた。


「騎士団長様! 無茶しないでください!」

「加勢いたしますぞ!」


 数十名の馬に乗った騎士団が村へなだれこんできた。


「お頭! 撤退しましょう!」

星永せいえい騎士団か……面倒だな」


 紫紺色の髪の男は剣を押し返すと、部下を連れて森の奥へ消えていった。そのあとを騎士数名がおいかけていく。


「深追いはするな! まずは村の状況を把握してくれ! 皆、生存者の確認を急げ!」


 紅の髪の男性。一年前、自分が憧れの眼差しを向けていた騎士団の団長だ。

 こんなことで再び目にしたくなかった。

 馬を下りた騎士団長様は俺の前にひざまずく。頭をなでられたあと、優しく抱きしめられた。


「……すまない。すまなかった……」


 騎士団長様の謝罪はいろいろな意味が込めてあったのだろう。

 安堵、恐怖、絶望。たくさんの感情が混ざり合って、心の中ではじけ飛んだ。


 今はただ、騎士団長様にすがって泣きじゃくることしかできなかった。


 放心状態のまま王都へ保護される。落ち着いてから村の状況を聞かされた。


 村を襲った賊は宝石を奪う有名な集団らしい。どこかで原石プリムスが村に安置される情報を仕入れて襲ってきたそうだ。

 そして、村の人たちは全員殺されていた。父さんも、母さんも。

 騎士団の人たちは、たまたま村近くを通った商人から知らせを受けて駆けつけたそうだ。


 自分もあと一歩、騎士団長様が遅れていたら殺されていた。


 公会堂の前にいた結晶化した賊たち。彼らは全員亡くなっていた。

 原石プリムスの怒りにふれて結晶化してしまったそうだ。

 大昔にもよこしまな心を持ったものが原石プリムスへ近づくと、罰がくだると伝承があったらしい。

 各地に原石神殿が建設されてから原石プリムスの怒りが発動することはなくなり、おとぎ話扱いされていた。


 あのとき、なぜ原石プリムス自ら手を下したのかわからないそうだ。

 宝石を人間が解明する日は永遠に訪れないだろう。そう感じた。



 それから王都の孤児院へ移され、新たな生活がはじまる。

 なれない環境のなか、父さんから教えてもらった剣術。母さんから教えてもらった礼儀作法。そして、読書は継続していた。

 それが自分にとって家族の絆だったから。


 時は流れ、十二歳。花々が咲き誇る季節。


「先生。今年、少年騎士団の入団試験を受けさせてください」

「もちろんだよ。クラくん、毎日頑張っていたからね。きっといい騎士になれるよ」


 自分が星永騎士になり任務をこなすこと。それが両親や命を救ってくれた騎士団長様の恩返しになるだろう。

 私は強くこぶしを握りしめた。




――――。




 不思議な縁で自分の村へ帰ってくることになった。星影団の新拠点にすると聞いたときは複雑な気持ちだったが、今はそれでよかったと思っている。


 幼いころ記憶していた小さくても活気のある村が戻ってきたような。そんな感覚になるときがあった。


 朝日で輝いている泉の水面をみつめる。幼いころのお気に入りの場所。

 この場所にいると心が安らぐ。辛いことを思い出してしまうが、心の安らぎが上回っていた。

 冷えている朝の空気を吸いこんで、言葉を紡ぐ。


「報告が遅れました。父さん。母さん。私は星永騎士になれましたよ……」


 応えるように木々が優しく揺らいだ。まるで両親が祝福してくれているように感じる。


「クラルス。おはよう」


 透き通った声に振り向くと、森からリア様が顔をのぞかせた。

 彼のきれいな銀髪が朝日を受けて優しい光をまとっている。


「リア様。おはようございます。申しわけありません。すぐ戻るつもりでしたが長居をしてしまいました」


 リア様が起床する前までには戻るつもりが、時間を忘れて居座ってしまったようだ。

 彼は苦笑したあと、優しくほほ笑む。


「気にしないで。ここにいたいのわかるよ」


 リア様は私の隣に並ぶと、朝の空気をたっぷり吸いこんだ。


「自然の中にいると気持ちいいね」


 彼の笑顔に心の憂いが解かされる。何気ないリア様の気づかい。笑顔。

 彼と一緒にいるときは、辛い過去に鍵をかけてもらっている気がした。

 リア様の存在が私の心を救っていることを当人は知らないだろう。


「リア様……。ありがとうございます」

「えっ? 僕、何かしたかな?」

「私は、あなたが主君で果報者です」

「き……急にどうしたの? ぼ……僕もクラルスが護衛でよかったよ」


 頬を染めて言葉を紡ぐリア様を愛らしく感じた。




―過去の欠片―

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