Clarus viewpoint

主従の日

 リュエールさんは週に何度かお酒を飲まれる。いつもならその時間には食堂から退避していた。しかし、今日は少し遅くなり絡まれる羽目になってしまった。


「リアは本当かわいいわね!」

「あ……ありがとうございます」


 リア様はリュエールさんの隣に座らされて、お酌をしている。騎士団長様で慣れているから大丈夫と仰っていたが心配でならない。

 ただ私は後ろから見守ることしかできなかった。

 突然、誰かが背中にぶつかってくる。


「クラルス! 飲まないのかよ!」


 誰かと思えばシンだった。彼は少し頬が赤らんでいる。不意にシンからお酒の臭いが漂ってきた。


「シン! お酒飲みました!? あなたまだ未成年でしょう! それともミステイルでは十七歳から飲めるのですか!?」

「俺は今だけ成人だ!」

「何を言っているのですか!」


 完全にシンは酔っていた。彼はからからと笑いながらスレウドさんのところへ歩いてく。

 今日はおいしい葡萄酒が手に入ったと、誰かが話していたことを思い出した。

 いくらなんでも未成年にお酒を渡さないで欲しい。

 リア様に視線を戻すと、リュエールさんはリア様に抱きついていた。


「リアは純粋そうよね。オトナなこと何も知らなそう」

「な……何ですか。オトナなことって……」

「知りたい? 知りたいわよね? でも、リアを汚しちゃうのはすごく罪悪感があるわぁ」


 リュエールさんがとんでもないことを口走っていた。これ以上リア様に変な入れ知恵をされては困る。急いで彼女からリア様を引き剥がした。


「リュエールさん! それ以上はお止めください!」


 彼女は不服そうに頬を膨らませていた。そのあと何を思ったのか立ち上がり、私の腰へ腕を回す。


「クラルスはきっと経験まだよねぇ。お姉さんがいろいろ教えてあげようか? 今夜にでも」


 リュエールさんの艶がある誘いに、顔が急激に熱くなる。彼女に対してどういう反応をしていいのか分からない。


「も……申し訳ございません。私はリア様に人生を捧げている身なので女性にうつつを抜かすことは……」

「何言ってるのー! クラルス、真面目ね! 面白いー!」


 自分でも何を言っているのかよくわからなかった。それより彼女には早く離れて欲しい。しかし、からかっているのかしつこく絡んでくる。

 突然、後ろから誰かが私の肩を掴んだ。


「おい、護衛。リュエから離れろ」


 振り返ると、殺気立っているルフトさんが私を睨んでいた。一番見つかりたくない相手に見つかってしまう。

 彼もお酒を飲んでいるのか、葡萄酒の臭いがした。


「ご……誤解です! ルフトさん!」

「何、何! ルフトやきもち? かわいいんだからぁ!」


 リュエールさんは絡む対象をルフトさんへ移した。彼女は引きずられながらルフトさんと別の席へ移動する。

 これ以上リア様を食堂にいさせたくはない。急いで彼の元へ向かう。


「リア様。部屋へ戻りましょう」


 彼の近くに跪いて問いかけると、首に腕を回され抱きつかれた。

 どうしたのかと思いリア様と視線を合わせると、頬を赤く染めて翡翠色の瞳が潤んでいる。


「クラルス。何だがふわふわして気持ちいい……」

「どうしました!?」


 リア様から少量のお酒の臭い。まさか飲んでしまわれたのだろうか。


「リア様。何か飲まれました?」

「甘い葡萄の飲み物……」


 机の上を見ると容器が二つ。間違えてリア様はリュエールさんが置いていったお酒を飲んでしまったようだ。

 食堂は星影団の団員が大騒ぎしている。また絡まれるのは御免だ。

 不意にリア様は私の耳へ顔を寄せる。


「ねぇクラルス……。オトナなことってなぁに?」


 自分の体温がどっと上昇したのが分かった。


「り……リア様はまだ知らなくて良いことです!」


 彼を抱き上げて足早に自室へと退散する。

 リア様を寝台へ寝かせると、惚けた顔で私を見ていた。酔いを覚ましてもらうために食堂へ水をもらいにいこう。

 立ち上がろうとした時、リア様に外衣を掴まれた。


「クラルス。いかないで、そばにいて」

「すぐに戻ってきますよ」


 彼は首を左右に振って外衣を離そうとしなかった。私は諦めて寝台の縁へ腰をおろす。

 リア様は私の手を握った。普段の彼はこんなことはしないので戸惑ってしまう。


「どうされました?」

「怖いんだ……。みんなを失うのが……。みんなを守りたいのに……」


 うわごとのようにリア様の口から紡がれる。いつも強くあろうとする彼には痛々しさを感じる。

 この国の王子で責任があることはわかっている。しかし王子といえどもまだ十四の子どもだ。小さな身体にかかる重圧は計り知れないだろう。

 それにリア様が押し潰されてしまわないか不安になる。


「リア様。私が必ずそばにいます。あなたの支えになります。私はあなたの護衛ですよ」


 安心させるように優しく言葉を投げかけると、彼は小さく頷いて目を閉じた。


「ありがとうクラルス。君がいると安心するよ……」


 優しく前髪を撫でると、リア様から小さな寝息が聞こえてくる。

 安心させるように、しばらく彼の手を握り寄り添った。




「んげぇ……。頭いてぇ。気持ち悪い」

「シン。もう絶対お酒を飲んではいけませんよ!」

「うーん。そうする……」


 シンはいつもより遅い時間に起きてきた。二日酔いになってしまったのか顔色が悪い。


「シン大丈夫? お水持ってこようか?」

「頼む……」


 リア様は心配そうにシンを見ていた。リア様は昨日、お酒を飲んでしまったことは覚えていないようだ。


「じゃあ食堂に行ってくるね」


 彼は慌てて家から出て行こうとしたので私も慌てて追いかける。


「リア様。おともしますよ」

「大丈夫だよクラルス」

「いいえ。私はリア様の護衛ですからご一緒します」


 少々強引についてきてしまった。しかし、リア様の表情は笑顔の花に彩られている。


「一緒に行こうクラルス!」

「はい。リア様」

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