私の未来

 聞こえてくる人々のざわめく声。ふと、意識が覚醒したときには広い露台の上に立っていた。

 広場には多くの国民が集まってきている。

 何があったのか。私はどうしてここに立っているのか。

 動揺していると一人の人物が露台の縁に移動する。闇をたずさえたような黒い髪の男性は声を上げた。


「みなさまお待たせしました。ようやくアエスタス女王陛下とウェル騎士団長を殺めた罪人、ウィンクリア・ルナーエを捕らえました。これから次期女王であるセラスフィーナ王女殿下が直々に処刑いたします」


 国民から上がる歓声。この男は何を言っている。私がリアを処刑するとは一体どういうことなのか。

 露台の中心を見ると台に横たわっているリアの姿。胸の上で手を組んでおり、人形のように動かなかった。

 リアに駆け寄りたいが身体が硬直して動けない。


「さぁ、セラスフィーナ王女殿下。国民の前で直々に粛清を……」


 見知っている顔がそこにあった。ミステイル王国の第二王子、ガルツ。彼は勝ち誇った顔を私に向けている。

 誰がこの男の言うことを聞く。この場で国民にガルツの悪事を晒してやる。

 しかし、身体の自由が利かず、声も出せなかった。

 彼は装飾された短剣を差し出す。私の手は勝手に動き、短剣を握りしめた。

 そして、一歩一歩リアへ近づいていく。早く起きて、早く逃げて。

 声にならない言葉を、心の中で叫んだ。


 台の前まで行くと、短剣を両手で握りしめる。

 リアを殺したくない。殺すくらいなら自分が死んでやる。

 そう思ったとき、リアの目が薄っすらと開いてこちらを見つめた。


「セラ。もう、僕は疲れたんだ。抗うことに。助けられなくてごめんね。でも大丈夫、僕が死ねば戦いは終わるよ。せめて君の手で僕を終わらせて……」

「嫌っ……嫌よ。リアを失ったら私は一人になるのよ。……私を……一人にしないで」


 リアは薄く笑いを浮かべると「ごめんね」と小さくつぶやいた。

 その言葉を合図に私の手が短剣を振りあげる。


 自分の手で、最後の家族を、最愛の兄を、殺してしまう。


「お願い……! やめて!」



 絶叫とともに意識が覚醒する。眼前にはルシオラのほっとしたような心配しているような顔があった。

 凶夢であったことを自覚したのは数秒あとのこと。

 身体は汗で湿っており、呼吸は走ったときのように荒くなっていた。


「セラ様。悪い夢でも見ていたのですか?」

「ルシオラ……」


 寝台の近くで跪いていた彼女の胸に顔を埋める。ルシオラは慰めるように私の髪をそっとなでた。


「悪い夢を見たの。私が、リアを処刑する夢……。すごく怖かった……」

「ただの夢です。お忘れください」


 ルシオラは優しい声色で私を落ち着かせてくれる。何度も髪をなでてくれる細い指が心地よく、しばらく彼女を抱きしめていた。

 小鳥のさえずりとさらさらと流れる風の音が残酷なほど冴えわたっている。

 私の心が荒んでいることを理解した瞬間だった。


「落ち着きましたか?」

「うん。朝からこんなことをしてごめんなさい」

「いいのですよセラ様」


 彼女にほほ笑むと、同じく返してくれた。


「セラ様は笑顔が一番お似合いですよ」

「ありがとうルシオラ」


 ルシオラがそばにいてくれるおかげで、笑える。いつも以上に彼女の存在を大きく感じていた。


「ねぇ、ルシオラ。私ときどき考えてしまうの。あの夜、すべてを犠牲にして逃げていたら、また違った未来だったのかなって……」


 もし、あの日の夜、王都の人々を犠牲にして城を脱出していたのなら、ミステイル王国軍は諦めて去っていたかもしれない。

 私の決断が今の状況を作っているのだと思うと胸が苦しくなる。


「過去は変えられません。しかし、未来なら自分の意志で掴みとれます」

「未来を……」

「セラ様の今したいことは何ですか?」

「私は……リアに会いたい……平穏なルナーエ国を取り戻したい」


 心からの願いを聞いてルシオラは小さく頷いた。


「……弱気になってはだめよね。ルシオラの言うとおりだわ。私の未来は私が掴む!」


 私は窓から見える青い空へ手を伸ばす。いつかこの手がリアに届くと信じて。


-私の未来は-

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