いつか離れていくのなら
午後、少し空き時間ができてしまった。遠方から来られている先生が遅れているそうだ。
今の時間、リアはクラルスと手合わせをしている。なかなかふだん一緒にいられないので、少しでもリアのそばにいたい。
「ルシオラ。リアの手合わせ見学してもいい?」
「そうですね。先生がいらっしゃるまで時間がありますし、参りましょうか」
彼女は快く了承してくれた。ルシオラの手をとって足早に城の裏手にある練習場へ向かう。
回廊の角を曲がるとリアたちを見つけた。それと同時に足が止まる。
ふだんリアを邪険に扱っている貴族が話しかけていた。よくないことだろうと直感する。
「王子殿下。ご機嫌麗しゅうございます」
「えぇ……。お変わりなく」
「突然、呼び止めてしまい申しわけありません。実は遠方の国のことなのですが、王子殿下をたいそうお気に召している姫君がいらっしゃいまして、いちどお会いしてはいかがでしょうか?」
貴族の話に耳を疑った。また勝手に縁談の話を持ち帰ってきている。
貴族たちはリアに早く結婚をしてもらいたく、他の国にいっては縁談の話を持ち帰ってきていた。
悪言と自分の利益しか考えていないことを話す口を縫いつけてやりたくなる。
リアは柔らかい笑みは崩さず貴族と話していた。
「僕を気に入ってくれてありがたく思います。しかし、その姫君のことは今初めておうかがいしましたし……」
「姫君はとても聡明なお方です! 二十歳と少し年上ですが、私が実際この目で見てきたので間違いありません! 王子殿下から陛下に仰っていただければ、すぐにお会いする約束をとりつけてきますよ!」
貴族は必要以上に迫っている。リアの後ろで控えているクラルスは眉をつり上げていた。
まだリアも私も十四歳だ。縁談の話は早すぎる。リアの結婚のことを考えただけで、胸の奥がもやもやした。
私は、話を中断させるため彼らの元へ歩いて行く。
「こんにちは。ずいぶんお話に熱がこもっていますね」
「セラスフィーナ王女殿下! これはご機嫌麗しゅうございます!」
「すみません。兄と話したいことがあるので席を外してもらえませんか?」
「え……えぇ。かしこまりました。ではまたのご機会に」
貴族は一礼をすると足早に立ち去っていった。
「セラ。授業はどうしたの? 話したいことって……」
疑問符だらけになっているリアに構わず抱きついた。リアは嫌がらず私を受け止めてくれる。
「私、認めないから。母様と父様が認めても、私は嫌よ」
「……話、聞いていたの?」
リアの言葉に無言でうなづく。二人でいることがあたりまえ、それを壊されることがすごく嫌だった。いつかそれぞれの道を歩まなければならないことは、わかっている。
それでも、今だけは一緒に歩いていたい。
不意に、頭を優しくなでられる。
「大丈夫。断るつもりだったから、今は結婚なんて考えていないよ。そんなに心配しないで」
「私が認めた人じゃないと結婚なんて許さないからね!」
「セラのお眼鏡にかなう女性はいるのかな?」
リアは困った表情をして苦笑していた。
「セラ様はリア様のこと大好きですからね」
「それはうれしいな」
ルシオラの言葉にリアはほほ笑んでくれた。
「セラ。授業はなくなったの?」
「ううん。先生が遅れるって……」
「これからクラルスと手合わせなんだけど少しだけ見ていく?」
「うん! 私が応援するからクラルスに勝ってよね!」
「それは難しい注文だよ」
リアとクラルスは顔を見合わせて苦笑していた。
リアがいて、ルシオラがいて、クラルスがいる。今はまだ、この日常に浸っていたい。
―いつか離れていくのなら―
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