変わる朝、変わらない朝
星影団の拠点で暮らすようになってから早数か月。
いままでの生活が変化してしまい、戸惑うことがたくさんあった。
そんな状況のなか、唯一変わらないことがある。
寝間着からいつもの服に着替えて、隣にある寝台をのぞいた。
シンはまだ夢の中だ。乱れている毛布をかけ直して、居間へ向かう。
「おはよう。クラルス」
「おはようございます、リア様。シンはまだ寝ていますか?」
「うん。昨日、張り切って鍛錬していたから、もう少し寝かせてあげよう」
話ながらクラルスは棚の引き出しから
僕は背もたれのない椅子へこしかけ、彼に背を向けた。
「失礼いたします」
クラルスはていねいに僕の長い銀髪を
自分で髪は結えるのだが、朝の時間だけはクラルスに任せていた。
それが、城にいたときからの決まり事だ。さらさらと髪を解く音が心地よく、ほっとする。
「クラルス、覚えている? 僕の髪を君が朝だけ結うようになったときのこと」
「えぇ、もちろんです。自ら言い出したことですから」
クラルスが僕の護衛について少ししたころ、朝に髪を結っていいか申し出をされた。
僕との距離を縮めたかったらしく、ルシオラからの助言もあったそうだ。
ルシオラも毎日セラの髪を結っているらしい。
「君の申し出には驚いたけど、今よかったって思っているんだ」
「本当ですか?」
「うん。僕の生活や周りがいろいろ変わってしまったけど、クラルスとの朝の時間だけは変わらない。それがすごく安心する」
安心するだけはなく、一日が始まるのだと心構えをする時間にもなっていた。
「それは、光栄ですね」
振り返らなくても、彼のやわらかい笑顔が想像できる。クラルスは基本、何でも器用にできるので才能だと思う。
「クラルスは手先が器用でうらやましいよ。僕、自分で結えるようにたくさん練習したんだ」
「申し上げていませんでしたが、リア様の
「本当? それは初耳だな」
「女性に練習のお付き合いをさせることはできませんので、布をお借りしましたね」
彼が布で一生懸命に髪を結う練習を想像するとほほ笑ましい。
クラルスの努力を惜しまない姿勢を見習わなければとつくづく思う。
「クラルスは横髪が長いからそれで練習していたのかと思ったよ」
彼は右の横髪だけ少し長く伸ばして結ってある。クラルスに似合うのだけれど経緯が気になっていた。
「これはルシオラからの案なのですよ。古い文献で読んだのですが、異国で神聖な場所を交差して結った麻で仕切る習わしがあるそうです。そして、厄や
「ルシオラは願掛けみたいなものが好きなのかな?」
「そういう訳ではないと思いますけど、セラ様のためでしたら何でもしていましたね」
ルシオラは僕と同じくらいセラのことを想い、大切にしてくれていた。貴族出身のため振る舞いにも評価が高く、セラと並んでいると姉妹のようだ。
髪をひととおり梳かしたクラルスは、また棚のほうへ向かっていく。いつもは髪を結って終わりなのだが何をしているのだろう。
見守っていると彼は引き出しから小さな硝子の小瓶を取り出した。
「昨晩、リュエールさんからリア様へ髪にいい植物性の油をいただきました。しつこくない質感ですので髪がべたつくことはないと思います」
「リュエールさん、僕の身なりに気を使ってくれているよね」
「彼女も長髪ですのでお手入れは気にしているのでしょう」
クラルスの手櫛で髪に浸透させていく。ほのかに香る優しい花の匂いが僕たちを包みこんだ。
リュエールさんに近づくと、さわやかな花の香りがするので僕にくれたものとは別のものをつけているのだろう。
「いい香り。リュエールさんにあとでお礼言わないとだね」
「リア様にお似合いの香りです。きっとリュエールさんはリア様のことを考えて選んでくれたのでしょう」
髪を留める短い金属音が響いた。僕の一日が始まる合図。
そのとき、寝室からまだ寝ぼけているシンがあらわれた。いつもは僕かクラルスが起こしに行くのだが、珍しく起きられたようだ。
「……はよぉ」
「おはようシン。今日は自分で起きられたね」
「おはようございます。きちんと寝間着はたたみましたか?」
「クラルスは俺の親かよ……」
シンはまだ眠いのか僕に抱きついて肩にあごを乗せた。次いで首筋あたりから小さく鼻をならす音が聞こえる。
「シン、くすぐったいよ」
「いい香りがする。髪に何かつけた?」
「うん。少しだけ」
「俺、香水とか貴族の野郎がつけているのは嫌いなんだけど、リュエさんとかリアの香りはいいな」
僕にじゃれついているシンを見てクラルスは苦笑していた。
今の朝が僕の日常に変わってしまったけど、変化してよかったこと、変化しなくてよかったことが共存している。
そう思えるのはシンとクラルスや
「シンも起きたし、食堂に行こうか」
そして、僕の一日が動き出す。
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