第2話

 もしや俺は近々人を殺すのではないだろうかとある日気が付いた。俺は小説のような日記をつけているが読み返してみると自分のことを男だと勘違いさせる書き方をしていた。つまり意味なく叙述トリックを仕掛けていたってことで今の世の中で意味のないことは殺人事件にかかわってることなので俺が犯人になるための伏線ではないか。人は殺したくない。高校生の頃は不良で喧嘩などをして中退したが最近になって性根を入れ替え金をためて勉強して高認受けて28歳になってから大学に入学したが人を殺したいと思ったことはなかった。だから後輩が殺人にかかわっていたのはかなりショックで落ち込んでる。好きだったんだ。それを彼女が人を殺たことを知って初めて気が付いた。だがもう名前も思い出せなかった。顔も日に日に朧気になる。結局その程度の感情だったと再度気が付いて数日寝込んでそろそろ名探偵しなきゃなって起きて殺人事件を調べるとさらに爆発的に増えていてたまげる。そろそろ世界終わるんじゃないかって終末論が飛び交っているが今年に入ってから日本の殺人事件件数百万人程度なのでまだ余裕はあるが。ただ教授が数人殺害されたため大学は数日程休校となっていた。ネットをよく見ると俺以外にワイダニットがなくなったことに気が付いた奴が結構いるようでというかそもそも俺以前から気が付いていた奴もいるみたいでようやく世界中でこの世界の歪さが認知されているようだった。そうとわかればうかうかしていられない。幸いにもここまで世が荒れてくると正解率三割の名探偵も結構需要があるようで殺人事件の依頼を受ける。デニムのパンツを履き黒いスカジャンを羽織り腰まで伸びた髪をポニーテールにしてバイクに乗り込み目的地に向かう……その前にニュースをチャックすると衝撃の事実が明らかになったので俺は怒りで椅子を蹴り上げた。

「フーダニットも消失したもよう」


 断崖絶壁の先に海が広がっている。嵐と区別のつかない程の風が吹きすさんでいた。所々に崖と同じ高さの岩が槍のように海から伸びている。そんな数十メートル先の岩に男の死体が突き刺さっていた。

「ようこそおいでくださいました探偵さん。警察を呼んだのですが忙しいようで……是非ともこの謎を解いていただきたいのです。朝、村のものが見つけて騒ぎになったのですがだれ一人としてあの男のことは知らないようです。しかし不思議なものですな。この崖の下の海は尋常じゃない荒波な上に岩礁のせいで船をつけることも出来ません。ヘリコプターを使おうにもこの風は夜の間ずっと吹きすさんでいましたから不可能です。同様にはしごを使うのもほぼ不可能でしょう」

 港のある村に到着すると老人に出迎えられ現場に案内される。村長とか町長とかではなくただ通りすがりの老人が死体が気になったので俺を読んだそうだった。俺が「所謂距離の密室って奴だな」と呟いたら老人が「は?」とか言ったので俺は赤面して一旦黙ってまた口を開いた。

「謎は解けた」

「本当ですか!?」

「梯子を使ったんですよ」

 老人は俺の顔を見て頭が大丈夫かって顔をした。

「あの……梯子はこの風じゃほぼ無理で」

「今朝のニュースは見ましたか?」

「ええ……なんでもフーダニットがなくなったとか……」

「フーダニットがなくなったってことは

 犯

 人

 は

 誰

 で

 も

 い

 いってことになったわけでつまり犯人の特定が不可能となりました。誰でもよくなったってことは何人いてもいいってことで百人いても千人いてもいいって訳です。ほぼ無理ってことは出来る可能性はゼロではないわけで何人も挑戦すればいつかはできるってことです。あそこで死んでいる被害者もまた何回も挑戦してやっと成功したのでしょう。海の下を調べれば被害者と加害者の死体がたくさん出てくるでしょう」

「そ、そんな非人道的な……」

「あ、比較的死者が少なくて済む方法を思いつきました。巨大な投石機のようなものを使って人間を射出してあの岩に突き刺せばいいんですよ。この風では一度では難しいでしょうが何度も繰り返せば可能となるはずです。これなら死ぬのは被害者だけですみます。さて実際はどうでしょうか……あっ巨大なトラックのタイヤの跡がありますね」

「……」

 老人は黙りこくってしまった。

 確かにこんな推理を聞かされたら俺でも黙りこくる。しかしワイダニットとフーダニットが消失した今まともな推理は不可能だった。

「あの……それでこれでどうすればいいんでしょうか……なぞは解けたようですが犯人を逮捕できるわけではない……」

 弱弱しく発した老人の言葉に今度は俺が黙りこくる。これはいわゆる探偵は誰も救えない問題だ。この先何人俺が推理をしようが殺人は止められないし人は助からない。実を言うとワイダニットを消し去った犯人(?)の目星もついている。しかしそれを指摘してもこの殺人の連鎖はもう泊められない。世界は滅びる。だからこういうしかなかった。

「死者を弔いましょう」

 

 風の止んだ時期を狙って死体を下し何とか供養する。葬儀会社も大忙しの現状なので簡単にしかできなかったが。残念ながらほかの死体は海流に飲まれていて引き上げることは出来なかった。数日程滞在してさあ帰るかとバイクにまたがったところで地元の少年に呼び止められる。

「おい! そこのねーちゃん! 探偵なんだってな! 噂を聞きつけて隣町から来たんだ! 広場で人が死んでる! 謎を解いてくれねえか!」

 俺はその依頼を受けて少年をバイクに乗せて目的地へ向かった。人だかりができているが誰も広場へは入ろうとしない。雪がちらちらと降っていて広場は白さで覆われていた。百平方メートルほど広さで真ん中に死体と思しきものが倒れていた。

「警察のために保存しておこうと誰も広場へは入ってないんだけど死体への足跡が一つもないんだ。今でこそ少しだけ雪が降っているが昨夜は降っていないのに。不思議だよな。昨日は風が強かったしヘリコプターやクレーンでも無理だと思う」

 雪密室って奴だなと、広場に近づいてみる。俺は真相にすぐに気が付いて「くそったれが」と呟いた。少年がそんな俺に怯える

「ど、どうしたんだ」

「謎は解け……いや解けたも何も見たまんまだがな……」

「教えてくれよ! あれは俺の友達なんだ」

 俺は首を振って広場に近づき白いものを手に取った。

「これは雪じゃない。人骨だ」

「え……」

 少年は意味が分からないという顔をした。俺だってわからない。

「広場いっぱいに人骨が敷き詰めてある。何人……いや何千人殺せばここまで出来るんだ……」

「いやまてよ……俺が狂ってるって言うのかよ……そうだとしてもここにはたくさん人がいるのにそれに誰も気が付かなかったわけはないだろ……」

「皆心の奥底では気が付いていたんだ。だがあまりの異常さに無意識のうちにこれが人骨であることから目をそらして雪が敷き詰められてると自分を騙した。心理トリックだな。そもそも昨日は雪が降ってなかった」

「そんな……」

 少年はその場にうずくまり嘔吐した。もらいゲロをしそうになるが何とか耐える。人骨でも踏めば足跡が付くので広場の中心に少しだけ人敷き詰めた後死体を置きそのあとトラックで広場全体を敷き詰めたと言ったところだろうか。そろそろ倫理もへったくれもなくなってきた。いい加減世界が滅びそうだ。しかしこの数の人骨を弔うのは骨が折れそうだという言い回しが浮かび不謹慎だなと自重しする。

 次の瞬間、頭に強い衝撃を受け俺は気を失った。


 フラッシュ音で目が覚める。気が付くと俺は記者会見場と思しき場所に立っていた。室内にはぎっしりと記者と思しき人々いてがこちらを見てる。

「おい! 名探偵が目を覚ましたぞ!」

「名探偵! 謎を解いてください!」

 記者たちがマイクをこちらに向けて口々に質問してくる。突然のことでついていけない。事件を解いてくれだって? 確かに俺は名探偵だがこのような待遇を受けるいわれはない。正解率三割というのは正直に言って十割推理を外す名探偵より役に立たない存在だ。三割というのも概念的に当ててるのではなくだいたいその程度の知能だがら当ててるわけで十回推理すれば三回絶対当たるというものでもなかった。簡単な事件であれば十回連続で当てられたこともあったし、難しい事件であれば十回連続で外したこともあった。頭痛を振り切りこの状況を推理する。

「名探偵! 今回の大規模事件の犯人を把握しているとは本当ですか!」

 大規模事件というとこのワイダニットがなくなったことだろうか。しかしこれを起こした奴のことは世界中の名探偵がわかっているだろう。なぜわざわざ俺なんかのへぼ探偵に? とそこまで考えて理解する。ちょうどいいへぼ探偵だからだ。彼らが求めているのは王様が裸だと指摘する少年のようだった。皆答えがわかっている。しかしそれを指摘しても何も変わらない。むしろ指摘したことで事実が確定し世界が亡びたとか言い出すが出てくる。どうせ滅びるのならそんな責任は取らず安らかに死んでいきたい。そんな思いがありありと感じられた。だからちょうど先ほど俺が雪でなく骨だと皆が指摘できなかったことを指摘した。それに加え俺みたいなへぼ探偵なら責任を全部押し付けるのはちょうどいいと考えたのだ。

 俺はため息をついきマイクを握った。

 名探偵、皆を集めて、さてと言い、俺が言うのは

「お前らはクズだ」

 あたりが静まり返る。気にせず俺は続ける。

「このクズが! 人が死にまくって倫理観がぼやけてるようだが人を拉致誘拐しやがって! 理由があって拉致したってことはお前らが自分の意志でやったってことだ! 火事場泥棒どもめ! つまらない責任の押し付け合いに俺を巻き込みやがって!」

 記者の一人がそれに答えた。

「そんなつまらない説教入らない! さっさと犯人を指摘しろ!」

「ああ?! 説教はいらないだと?! ミステリー好きは説教されるの好きだろ! アンチミステリとか大抵説教だろ!」

「なんだと!」「あれをただの説教だととるような精神の薄い奴が名探偵を名乗るな!」「そもそもアンチミステリ好きなんてミステリ好きのほんの一部だろうが!」「何の話だ! 私は別にミステリーは好きじゃないぞ!」

 記者たちがヒートアップする。俺も売り言葉に買い言葉で応戦する。

「文句があるなら壇上に上がってこい! 殴り合いでも推理合戦でも受けて立つぞ!」

 なんでそうなる! 頭がおかしいのか! と口々に言葉が発せられる。そんな中で一人の記者が壇上に上がりこんできた。推理合戦の挑戦者だと思ったら拳を構えてきたのでご所望なのは殴り合いのようだ。俺はそいつの顔面を強く殴り飛ばした。

「フーダニットが消失した今『犯人』の指名は不可能だ!」

 殴り飛ばされた記者の存在をきっかけに壇上に人がどんどんなだれ込んでくる。俺はその中の一人の男の腹に殴りかかった。男がうずくまる、

「だが人でないのなら指名できる!『Who』という関係代名詞が指すのは人だけだ!」

 後ろから羽交い絞めにされた。記者の一人が俺の腹を殴る。俺は歯を食いしばって耐えて脚で応戦する。後頭部による頭突きで羽交い絞めをしていた記者の鼻面を潰した。俺の腹を殴った記者の頭を抱え頭突きをする。俺の額も切れて血が出たがたいしたことではない。

「フーダニットの消失はワイダニットが消失した連鎖的によるものだ。殺人事件の倫理観が喪失したことにより『誰でもよい』という状況が出来上がった。つまり主犯はワイダニットを消した奴に絞れる。では人でないワイダニットを消すことができる存在とは何か」

 そこで俺は顔面を殴られ地面にはいつくばる。鼻の骨が折れて血が出てきた。記者たちが俺を足蹴りにする。俺は何とか隙間を見つけて転がり集団から距離をとった。落ちていたマイクを再度拾う。

「犯人はワイダニットそのものだ」

 一瞬だけ会場が静かになった。しかし記者たちの罵声が次々飛んでくる。

「なんだそれは! 馬鹿にしているのか!」「容易な擬人化だ!」「いや俺は支持するぞ! そうとしか考えられない!」「なんだと! わけのわからないことを言っているととぶっ殺すぞ!」「ワイダニットが去った理由は何なんなんだよ!」「だから動機はないって言ってるだろ!」

 記者たちが言い争いあいやがて殴り合いに発展する。銃声が室内にこだました。男も女も関係なく殴り合ってる。

「これはいわば現実の虚構の密室殺人と言えるだろう!」

 俺は言いながら高らかに笑った。乱闘をかわしながらながら中継用のテレビに鼻血の出た顔を近づけて叫んだ。

「これでいい! これでいいんだ! 見てますか! まだ60億人は残っている人殺し予備軍の皆さん! 全人類に向かって殺意を向けろ! 殺意を抱き続けるんだ!そうすれば動機が発生して逆に殺せなくなる! 殺意こそが世界平和の第一歩だ!」

「なんてことを言うんだ! もし違ったら大変なことになるぞ!」

 俺はそんな記者の声を背に建物から抜け出した。俺の言葉世界中に届いたようで数日後混乱が起きる。俺の言葉に賛成したやつも反対したやつも殺しあう。道を歩けば誰も彼もが殴りあい銃を乱射しナイフを振り回し日々爆弾が振っていた。だが死亡率は確実に減っていった。やがて俺に指名手配がかかり裏では暗殺命令がかかる。当然動機を持った暗殺者には誰も殺せない。ひとまず拘束命令が出されて俺は監禁されるが俺を過剰に支持する過激派が建物ごと爆破して難を逃れた。殺人事件件数は一番多いときから99.9%ほど減ったがまだまだワイダニットが消失した前よりは多い。政治家たちは国会で殺意を抱きあい、会社の会議室で社員が殺意を抱きあいコンビニでは店員とオーナーと客が殺意を抱きあい学校では生徒や先生が殺意を抱きあっている。ゲームではプレイヤーが殺意を抱きあってい、フィクションの世界では登場人物が殺意を抱きあっていないとリアリティがないと言われた。それでも死者は確実に減っていったので人々は生きていくしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る