ワイダニット密室殺人事件
五三六P・二四三・渡
第1話
最近この世界に何かがなくなってるってことに気が付いた。見た目は普通に2020年の日本で、車が行き交いビルが立ち並んでいて俺はいつも通りで名探偵として密室殺人事件とかアリバイトリックとを解いてるんだけどなんかおかしいなこれって思ってよく考えてみたら根本から常識が書き変わってる。実際に昨日あったことを話そう。
「さて事件のあらましをまとめましょうか。事は八月の中旬に起こりました。第一発見者は家族連れ。父、母、娘の三人組です。あの辺りは田舎ですが親戚の家があるようで、休暇を利用して訪れていたとのことです。さてある程度楽しんだので親戚に別れを告げて電車に乗り込もうとしたその時彼らの休暇の思い出は最悪のものとなります。なんと! 乗り込んだ車内には少女の絞殺死体が! 直ちに騒ぎとなりました。死体を見ることになったお子さん可哀そ~まあ本当に可哀そうなのは殺されていた少女なんですが。あ、この家族三人のことは忘れていいですよ。駅に入る前の土産物屋の店員が彼らを覚えていたのでアリバイが成立しているため容疑者から外していいです。死体を発見した駅……仮にC駅としてその前の駅を順番にB駅、A駅としましょうか。A駅からC駅間で乗車していた人数は被害者を除くと三人とされています。二両編成のワンマン列車で前の車両に三人とも乗っていて、死体が載っていたのが後ろの車両でした」
俺は早口で話すギャルっぽい格好をした後輩の説明を頭の中で必死で整理し考える。休日繁華街を歩いていると、あ~先輩じゃん~ね~先輩、先日事件に巻き込まれたんですよ~推理してみてくださいよ~密室ですよ~と絡んできた高校生時代の後輩の喧嘩を買ったはいいが思いのほか早口で聞き取りづらくて心が折れそうになる。名探偵ではあるが学生たる身分なので多少暇は持て余してはいるので時間はあるのだが。
「つまり」と俺は街角の電柱に背をつけて何とか言葉を発した。「殺人事件の真相を俺に解明してほしいんだな?」
「違いますよ。なに言ってるんですか」
「えっ」
「先輩程度に解明できるなら刑事さんが解決してますよ~。ただぱっと見はわかんない感じの事件だったから問題として出してみたんですよ」
そうだよな……まあいいか。
とりあえずやけくそに答えてみる。
「犯人は運転手だ」
「なんでそう思ったんですか?」
「いや、一番意外かなって」
「は~くそくそくそのやけくそな回答あざーす。とりあえず最後まで状況説明を聞いてくださいね。被害者の死亡時刻はわかっています。まあ数字はそこまで重要ではないので略しますけど。生きている被害者がA駅から電車に乗り込んだのが、切符によりわかっています。ちなみにA駅とC駅は有人改札。B駅は自動改札があるタイプの無人駅です。B駅山の中なので登山客以外は降りるということはあまりありません」
「ふんふん」
「そして容疑者である乗客二人もまたA駅以前から乗っていたと証言しています。その他の客はA駅で降りたようです。とりあえず容疑者を
「わかった! 犯人は英子だ!」
「バカ! アホ! 言いましたよね! 最後まで聞けって!」
「わかったわかった。つまり問いはフーダニットじゃないってことだな」
「さてね。ちなみに英子は一番前の席に座っていて――」
「なんだか味気ないな……AだのBだの言われてもパズルを解けと強要されてるみたいで、物語を感じない」
「なかなか先輩はわがままですね……わかりましたこうしましょう」
と、後輩はそう言うと、コホンと咳きこんだ。
顔を一旦隠し、次に現れた表情はまるで別人のようだった。
「あなたですか」背筋がピンと伸びていて、身長が数センチ伸びたように錯覚した。「わたくしに事情聴取をしたいと言う探偵は」
「え、何なんだ? 何か始まった?」
「何か始まったとはなんですか! あなたが味気ないというからわたくしが事情聴取を受けてやろうとわざわざ出向いたのに! 身の程を知りなさい!」
なんだこの茶番……
見たところ後輩はその容疑者のモノまねをしているということだろうか。わがままのようなものを言ったのは俺だがなかなか乗りにくいノリだ。後輩は偶にこういう奇行に走る。しかしとりあえず乗ってみるか。
「ええ、ええ。ご無礼を、もうしわけありません。とりあえず名前を教えていただいてもよろしいでしょうか」
仰々しく言った俺に後輩はフフッと笑った。
「英子と、そう呼んでいただければ」
「英子さん、ですね。事件のあった日の行動を教えていただいても?」
「行動もなにも。わたくしはA駅より前の駅から電車に乗って、C駅に着いたら叫び声が聞こえて、事件のあらましを知っただけですわ」
別にA駅以前に駅がないわけではないのか。設問として不親切ではあるがまあいい。
「電車内には乗客がもう一人いたそうですね。その方が何か怪しい行動はしてなかったのですか?」
「彼女はわたくしより後ろの席にいましたので……気が付きませんでしたわ」
「車両間のドアを開ける音なんかも?」
「音楽を聴いていたので」
「なるほど。A駅以前から乗っていたという証明はできますか?」
「切符を持っていますわ」
「運転手は不審な行動はしてなかったですか」
「よく見ていなかったですけど、そもそも電車って運転席から運転手が離れても大丈夫なものなのですか?」
「実験的に導入されている専用の無人電車じゃない限り、離れたら事故が起きますね」
「じゃあ疑っても無駄ではなくて?」
「そうなりますね」
「でも英子さんが犯人なんですよね?」
後輩の表情がすっと戻った。物まねをしていない状態であることを示すアピールなんだろうけどちょっと怖い。
「えーなんというか犯人と確定する前の彼女のマネをしてるのでその質問には英子は答えられません」
「そうか。じゃあB子頼む」
「日井子です! B子じゃなくて!」
「わかったから」
同じようにすっと表情が変わる今回は眠そうな顔をしていた、とか思ってたら実際に
「ん……眠い……早く済ませて……」
とか言い出した。
これ実際の容疑者だった人たちに失礼着まわりないなと今更ながらに思う。
「ええっと日井子さんですね。事件当時の状況を教えていただいてもいいですか?」
「……ん……A駅以前から乗ってたけどC駅で騒ぎが起きて気が付いた……連結車両部の近くにいたけど誰も通ってなかった……」
「眠ったりはしてなかったんですね?」
「……それ刑事にも聞かれた……失礼極まりない……」
「では乗車中の英子さんに何か不審な点はなかったですか?」
「……同じ電車に乗ってる人なんて興味なかった……英子は事件があってはじめて知った……私はスマホをいじってたんで彼女がいつ乗ったのかも知らない……ただ連結部に誰かが通っても気が付かないほど集中してたわけじゃない……」
つまり英子が犯人なら所謂「視線の密室」ということになるのか。この密室を解くのが今回の問いと。
俺が「なぞは解けた」と言ったら後輩は「お、早いですね」と答えた。
「英子と運転手がグルだ。まず一本以上前の電車で英子がB駅で降り無賃下車してそこで被害者を殺す。山の中なら容易だろう」
「被害者はA駅で切符を買ってますよ」
「そうだ。だが被害者もまた無賃下車したんだ。おそらく英子に弱みを握られて行動を指示された。あるいは被害者が英子の弱みを握って指示したのか。いや、この世界のルールにのっとるなら前者の可能性が高い。被害者を殺した英子は死体をゴルフバック等に入れて担いでB駅に入る。そして到着した電車の二両目のドアから被害者を投げ入れて一両目から乗車する。それを運転手が見ていないわけはないし、死体を投げるために少し長く停車している必要があるため運転手も共犯だ」
「この世界のルール、てのはわかりませんけど、共犯を疑うのなら日井子と共犯ならもっと簡単ですよ。車両連結部を素通りして被害者を殺した後一両目に戻る」
「日井子は共犯ではない。何故なら彼女が共犯者だった場合問いとして最低限の「密室」が成立しないから。簡単に言うと不思議でも何でもないのでお前がわざわざ問題にしてこない」
「メタ読みじゃん~ずっこ~」
「メタ読みも立派な推理だ」
後輩は目を閉じ一息ついた。
「まあ正解でいいですよ。本当はもっと質問してもらって、ヒントを出したうえで確定してほしかったんですか。切符に書かれた購入時間とか。いやーまじびっくりしたんですよ。殺人事件なんて」
さて、ここで読者への挑戦。今の話でおかしいところを数個答えよ。制限時間は十秒。チッチッチッチッはい、正解は「そもそもなぜそんな意味のない上に警察が調べたらわかる密室トリックを使うのか」「仮に密室を作るためだとしても何故死体を投げ入れた後わざわざ一両目に入って疑われに行くのか?」「そもそも何の理由で運転手と乗客が組むのか」でした。読者を試すなだって? はい、すみません…… それは置いておくとして、これがこの世界に無くなっているるものだった。共通点は「何故」つまり「Why」だ。
『この世界はワイダニットがなくなっている』
一応知らない人に説明するとワイダニットとは「Why done it?」の略でミステリーにおいて『なぜ事が起こったか?』という点に焦点を絞った推理のこと。
これは意見の分かれるところでもあるがワイダニットは殺人動機の推理に限ったものではない。犯行の過程において何故その方法をとったか、というのも当てはまる。例えば密室を作って仮にその理由が「自殺に見せかけるため」というような理由自体もワイダニットとしてとらえられることもあり、この世界もまたそちらを採用しているようだった。だから今の世界の住人は動機なく思い立ったように人を殺すし意味なく密室を作ったり首を切断したりする。今回の事件も動機はないし英子と運転手が組んだのも理由はない。ただあくまで「なぜ」がなくなったのは殺人事件の加害者のみで、なおかつ殺人事件に関係することだけのようだった。
「いや先輩『正解率三割の名探偵(笑)』みたいなの聞いたんでからかってやろうと思ったんですけど意外とやるじゃないですか」
「野球じゃ三割あれば多い。それとな」
俺はまだ話は終わっていないと続けた。
「お前なんでまだ逮捕されてないんだ?」
後輩の顔が真顔になる。
「え? は? なんですか? もしかして私が英子だと思ってます?」
「いやお前は運転手だろ」
「……あれ? 言ってましたっけ? 先輩に私が電車運転士になったって?」
「聞いてない。ただここまで重要な情報を知っているってことは容疑者か刑事だったってことで刑事の次に意外そうな運転士を選んだ。刑事は……まあ流石に刑事になって一般人である俺に事件の情報漏らすほど馬鹿じゃなかったよな?」
「あー」
と自分の失敗に気が付いたように頭を抱えた。
「またメタ読み……今のカマをかけたんですね……」
ここで「なんでそんなことやったんだ?」なんて聞けない。理由などないからだ。ジェンダーバイアスを利用した……って程のトリックではないか。容疑者や被害者がたまたま全員女性だったおかげで運転手の性別にもそうじゃないのかって可能性が浮かびやすかった。
静かになったので後輩の顔をのぞき込んでみる。涙が零れ落ちていた。
「おい……」
「……なんで……何で殺しちゃったんでしょうね。せっかく夢だった電車運転士に慣れたのに……警察は今日くらいに真相にたどり着き私を捕まえに来ると思います……」
とめどなく流れ出る涙を見て俺は怒りを募らせる。後輩にじゃない。この世界をこんなことした奴にだ。去年の殺人認知件数は十万人。これは一昨年の百倍に当たる。これが人為的なものだとしたらそれ自体が立派な殺人事件とも言える。俺たちからワイダニットを奪ったやつがいるとしたら絶対に許さない。だから俺が捕まえる。
そう強く宣言したが目の前の彼女は泣き止まなかった。だからもう俺にできることは自分のGカップの胸部を彼女に貸してやるぐらいしかなかった。俺は彼女を抱きしめる。行き交う人々がこちらを見ていた。
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