第三章 彼女は、未来を選んだ

彼女は、未来を選んだ 1

 あの日から、亨子の生活は一変した。不摂生だと激昂した吸血鬼のせいで。


 ほぼ肉で占められ茶色だった食卓は、魚や野菜が中心となって色鮮やかになり。寝たいときに寝られるだけ貪っていた睡眠も、きちんと時間が決められ。必要性を感じなかった美容用品が、部屋に並ぶ事態。


 大好物の『焼き肉パン』も禁止された。亨子は溜め息を吐きながら、弁当の包みを開く。オズレノが料理上手なばかりに、大好物を禁止されても昼食を楽しみにしてしまうのが悔しい。


「うわ、今日もすっごい豪華な弁当スね。いいなぁ」


 隣にいた虎吉が、亨子の手元を覗き込んで感嘆を零した。亨子は不満で口を曲げる。


「なにが、いいもんか。私は毎日、魚と野菜ばっかり食わされてんだぞ」


「いいじゃないスか。彼氏さん、健康を気遣ってくれる良い人で」


「かっ」


 聞き慣れない言葉に亨子の声が詰まる。


「なんスか、今、怒る寸前の頑固親父みたいになりましたけど」


「かかかかかか彼氏って、ナンダ!」


「だって亨子さん、料理しないのに弁当持ってきてますし、外国人のイケメンと楽しそうに歩いてるの見たって人もいるッス」


「いけめん!」


 亨子は耳まで紅くして、口をぱくぱくとさせた。虎吉は彼氏の存在を疑っていないのだろう、首を傾げている。


「あ、あいつは! ただの健康オタクなんだよっ!」


 正確には、健康にして血をいただく、のだが。


 虎吉は、混迷して惑う顔をした。それ以上、説明しようのない亨子は、ごまかすのに豪腕をうならせ彼を叩く。虎吉は、痛い、と顔をしかめて頭頂部を押さえた。


「けど、それってやっぱり、亨子さんを好きってことじゃないスか?」


「え?」


「亨子さんを健康にするより、他の健康な人を探した方が楽ッスよ。そうしないってことは、亨子さんだから健康にしたいんスよ」


 虎吉は自身の頭をさすりながら、涙目で言う。


 亨子は、どうしてか反論できなかった。

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