第二章 彼女は、不摂生だった

彼女は、不摂生だった 1

 亨子は、昼食の『焼き肉パン』をかじりながら遠い目をした。


 焼いたカルビに特製ソースをたっぷりとかけ食パンで挟んだ、まさにシンプル・イズ・ベストな大好物でさえ、今の気分を晴らせない。


「ウス、先輩。いつも、それ食ってんスね」


 積み重なった建材の上で腰を落ち着けている亨子に、同じ作業着を身につけた男が話しかけた。日に焼けた浅黒い肌と、頭に巻いた真っ白いタオルが対照的だ。彼の手には、青い包みが提げられている。


「隣、いいスか?」


 亨子はパンを口に含んだまま頷く。人懐っこく笑って、大源だいげん虎吉とらきちは軽い身のこなしで腰を下ろした。


 虎吉は膝に乗せた青い包みを開き、弁当箱を出す。彼は、いただきます、と手を合わせた。


「なんか、あったんスか。亨子さん、最近、元気ないッス」


「ほうかぁ?」


 箸を掴む虎吉に、亨子は頬張りつつ応える。


「ウス。いつもの亨子さんなら仕事中、もっと怒鳴ってるッス」


 虎吉は卵焼きをみながら亨子を見た。彼の心配そうな目に、なんでもないというふうに肩をすくめてみせる。


 オズレノとの奇妙な同居生活が始まって、既に二週間。案外、女性の好みに厳しい彼は、未だ血を吸えないでいる。


 彼は夜な夜な町をうろついてみるも、肩を落として帰って来るのが常になっていた。彼なりに悩んでもいるようだ。


 亨子としては、すっかり同居に慣れてしまったし、温かい食事が待っているというのは悪くない。寝室として使える和室は二つあるし、このまま暮らしていて何も問題はないのだが、落ち込むオズレノが不憫ふびんで、なんとかしてやれないものかと考えていた。


 しかし、亨子は知識を持たない。いくら考えても分からず、お手上げの状態であった。


「なぁ、トラ。吸血鬼って知ってるか」


「吸血鬼? マンガとかに出てくる?」


「そう、それ」


 誰でもいいから知識が欲しい。亨子は縋る気持ちでく。


「ああ、オレの妹が好きなんスよね。昨日も遅くまで映画に付き合わされたッス」


「ホントか!?」


 亨子は虎吉へ、ぐいと寄った。予想以上の勢いだったのか、驚いた虎吉が弁当箱を落としかける。


「う、ウス。もしかして、先輩も興味あるんスか? だったら、妹オススメの貸しますけど」


 亨子は、ぶんぶん音を鳴らして頷いた。


「はぁ、先輩も女子だったんスねぇ」


 虎吉は呟く。


 失礼なことを言われた気がしたが助け船を沈めるのはもったいないので、亨子は拳を押さえ我慢した。

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