彼女は、吸血鬼に懐かれた 3

「決めました。ボクが家事をやります」


 ピンクの可愛らしいエプロンを装着したオズレノは、胸の前に出した右拳を鼻息荒く握り締めた。亨子はローテーブルの前で座り、オズレノが淹れてくれた緑茶をすすった。


 部屋へ到着するなり、家事魂に火が付いた吸血鬼によって大掃除が敢行された。


 脱ぎ散らかした服をしまい、放ったままになっていたレトルト食品の容器を捨て、ペットボトルは仕分けられ、掃いて、拭いて、磨いて。このまま年末を迎えるのではないか、という徹底した片付けだった。


「ボクは吸血トレーニングに付き合ってもらう。亨子さんは家事を任せる。これぞ、ウィンウィン」


 オズレノはひとりでに頷き、好き勝手に言っている。彼が身に付けているのはマイエプロンなるものらしく、それを常備しているのだから家事が得意そうではある。


「あのなぁ、今晩くらいは泊めてやるけど、その先は」


「毎日、温かいご飯が待ってますよ? お肉もありますよ?」


 う、と、亨子は動きを止めた。オズレノが勝ち誇った笑みを浮かべる。


「てめ、なんで私が肉好きだって……」


「レトルト食品の種類を見ればわかります。というか、野菜も食べてください」


「むぅ……」


 亨子は、あぐらをかいて腕を組み、悔しさを混ぜて呻った。


 確かに、苦手な家事を彼が引き受けてくれるというなら、亨子にも協力する旨味があるのだが。


「その、なんだ、吸血トレーニング? 私に、なにやれってんだ」


 不機嫌さを滲ませ問えば、オズレノは考え込みながら口を開く。


「考えてみれば、ボク、家族以外で女性と過ごしたことって、あんまりないんですよね。女性に慣れていないから、食欲というか、血を吸いたいっていう欲求が起こらないのかもしれません。だから、まずは亨子さんで慣れていきたいんですよね」


「食欲とか、そんなの無理にでも起こして、適当に吸えば解決じゃねぇか。私の血、やるから」


 どうしても家に帰りたいのなら、多少の我慢は必要だ。面倒事も片付く。自分の血というのに抵抗はあるが、やむなし。


 亨子は率直に意見するが、オズレノは呆れて溜め息を吐いた。


「ボクにだって好みはあります。適当に決めればいいものじゃないって、父上も言ってました。それに……」


「それに?」


「下着まで片付けさせておいて、血、吸いたいって思えます?」


 オズレノは、はん、と人を小馬鹿にしたような顔をする。


 亨子の顔面を、とてつもない羞恥しゅうちが襲ってきた。


「おまえが勝手にやったんだろが! エロ吸血鬼!」


 亨子は真っ赤になって、オズレノの頭をぽかりと殴ってやった。

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