エンディング

「キミらには迷惑をかけたね」

 護衛の兵もろくにいない謁見の間で、レーヴェストがスミに声をかける。


 玉座に座る新しきハズー王の姿は変貌したドロスとよく似ていた。

 褐色の肌に細くつりあがった眼。耳にもドロスの面影があったが、やや丸みをおびている。

 だが、彼の表情にはドロスの様な険しさはない。


「確かにおまえが王族である以上、父とはいえ王の暴走を止めるべきだった。

 だが、あの状態ではどうにもなるまい」


「そう言ってもらえると、少しは気が休まるよ」

 レーヴェストは異空間でトールに助けられたのだ。


 彼を封じていた壁を破壊し、その身体に注入された魔力を、スミが拡散させることで人間に戻すことができた。


 それは過去にトールがスミと一緒に、灰色の森でかつて研究した成果であった。

 その方法では、すでに永い時間を魔物として生きたトールには効果がなかったが、レーヴェストを人間にもどすには成功した。


 巨人から人間へと戻った直後は、その反動で動けずにいたレーヴェストだったが、今では体調も回復している。


 死んだドロスに代わり、簡易的な戴冠式をすませ、いまはハズーの新しき王として政務に追われている。


「にぃに、にぃに~」

 褐色の肌に無数の魔術文字を刻んだ女が、無邪気にレーヴェストにまとわりつく。


 レーヴェストの替え玉を務めていた、ユングフィラだった。


 巨人から戻ったレーヴェストとその顔、体付き共によく似ている。


 だが、額に大きな魔術の痕跡をはじめに、身体に残された魔術文字がふたりの姿を分けていた。


 頼れる者の全てを失い、自分ひとりで国の窮地を救わなければならないという状況に追い込まれた彼女は、その重圧に耐えきれず精神を崩壊させた。


 彼女が兄であるレーヴェストの生存を知っても、その精神が元通りになることはなかった。


 仇敵の変わり果てた姿をみたスミは複雑な心境だった。

 それに彼女はアヴェニールを殺した張本人でもある。いくら恨んでも足りないほどだが、それでも精神を崩壊させるまでの責任感をもった彼女に恨み言は言えなかった。


「やれやれ、こいつが替え玉をしてたくれたおかげで、表面的にはスムーズに復帰することができた。

 だが、これからのひとりで国の未来を背負わなければならないと考えると胃が痛いよ」


 まとわりつく妹の頭をなでながら困ったように笑う。

 しかし、あのままドロスを放っておけば、一時は国が立ち直ることはあったろうが、それはかつて灰色の森グレイフォレストにあった国と同じ道を歩んだろう。


 そうならずによかったとスミは考える。


「まずは外交問題だな。

 まぁ、父上の首でもみやげに、うまいこと交渉するか。

 僕はなにもしなかったからね。

 親殺しの汚名くらいは甘んじて受けさせてもらうよ」


 それは王が暗殺されたということを隠すものだった。

 王が暗殺されたというよりはクーデターを起こした王子が、その首を土産に降伏したほうがメンツが保てると判断したのだ。


「大変だな」

「なに、父上にもしっかり協力してもらうからな。

 民のためにもなんとかするさ」


 ドロスの首は塩漬けにされ、書状とともに敵対国へ送られているという。


「では、そろそろ失礼させてもらおう」

 スミはそう断ると、ひとり謁見の間を後にした。


「ねぇ、お兄ちゃん、早くいこうよ」

 ハズーの新王との謁見をすませたスミの服の裾を掴み、ピキが急かす。

 その姿はもう幼い少女のものではなかった。

 それどころか人間ですらない。


 他者に見られ、騒ぎにならぬようにフードで隠しているが、その顔は豚に酷似している。


 それは豚鬼人オークだった。


 体内に大量の魔力を受け入れたせいで、一〇〇年前のトールと同じように魔物へと変貌したのだ。

 スミがレーヴェスト同様に、魔力を散らし人間へと戻そうとしたが、それを少年は自分の意思で拒んだ。


「ピキ、人間にはなりたくないの」


 よほどの人間不信を抱えているのだろう。

 魔女であった少年はそう言って譲らなかった。


「それに豚鬼人オークなら、また魔法を使えるようになるかもしれないし」


 魔法がとても好きなのだろう。

 そう言って楽しそうに笑う。


 豚鬼人は基本的に魔法を使えない種族であるが、まれに豚魔法使いオークメイジと呼ばれる魔法を使える者もあらわれる。

 ピキの体内には魔力が残っているので、期待は十分にもてた。


「そうだな、そろそろ灰色の森グレイフォレストに戻るか」

 ピキの頭をスミが軽くなでる。


「で、貴様はいったいつまでそうやってるつもりだ?」

 城の堀の側でボーッとしているトールに声をかける。

 岩鬼人トロールの姿では、街の人間に見られると騒ぎになるため、鼻に埋め込んだままの魔具で昔のドロスの姿を利用している。


 トールはアヴェニールが死んだ日から、ずっとこんな調子だった。


 現実を認識しながらも、どこかそれを受け入れられないような状態。

 ときどき「おっぱいおっぱい」と、手をワキワキと動かしながら夢心地に呟いている。


 そんな姿のトールになにか言ってやろうとするが、先に発せられた声がそれを阻んだ。


「おまたせー」

 そこには二本の足でしっかりと歩くアヴェニールの姿があった。

 買い物をしてきたのだろう、その手には大きな荷物が抱えられていた。


 その身体から神具を失ったことで、しっかりと目も見開かれている。


「森に戻るまえにたくさんお買い物してきちゃった。

 レーヴェストさんのツケで」


 少女は悪びれることもなくテヘっと笑う。


「買い物は楽しかったか?」

「ええ、すっごく」


 寂れた城では、物は少なかったが、それでも初めて買い物を楽しむ彼女には楽しい一時だった。


 こうして見ると、彼女が死んでいるようには見えなかった。

 だが、アヴェニールの心臓は『動いていない』ままである。


 彼女はレーヴェストの剣によって殺された竜と同様に、死してなお動く存在となった。


 太陽の下でも平然と動け、食事も普通の人間と変わることがない。

 ただ心臓の鼓動を失っただけだった。


 そんな彼女をみていると、守ると誓ったスミには複雑な想いが込みあがる。


「なに、難しい顔してんだよ。

 そんなんだからもてねーんだぞ」


 アヴェニールのおっぱいを気の済むまでもみほぐした余韻から覚めたトールが指摘する。


「顔のことをおまえには言われたくないな」

「なにを、悔しければおまえも女のひとりでも捕まえてみせるんだな」

「なんだと」

 からかうトールにスミが渋面をつくる。


「いろいろあったけど、きっとこれが神様の与えてくれた、私たちの幸福なのよ」

 アヴェニールが笑顔で告げる。


「そうだな、そうかもしんねーな」

 トールの一〇〇年の長きにわたる捕らわれの日々は終わった。


 それが本当に許された幸福なのかは判らない。


 それでも、失敗から一〇〇年の時を経て、トールは前へ一歩進みだすのであった。


「さぁ、凱旋だぜ!」

 この先に、新たな困難が待ち受けていることに、トールはまだ気づいていなかった。



 〈了〉

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嘘斬り姫と不死の怪物 HiroSAMA @HiroEX

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