第22話
「スミ、オデ様は勝負を賭けるゾ」
「なにをする気だ?」
魔石を握りしめ決意するトールに、スミが問いかける。
「少しくらい魔力の出力が不足していても、オデ様が魔術を取り戻せれば呪いを破れるハズだ」
「だが、おまえは魔術を失っている。生半可な魔具では呪いに対応できるとは思えん」
トールの提案にスミが懸念を示す。
「オデ様は回帰魔術を使う」
「回帰魔術? それはいったいなんだ」
それはスミも初めて聞く魔術だった。
「昔、隣国を相手に戦争をしてた頃、保険として身体にかけておいた魔術があんだ。
その魔術はオデ様の身体が生命活動を停止したときに発動するようになっているその条件を満たすと、この魔石に封じた情報通りに肉体が復活する。
これは死を引き金とした、時間退行の一種だ。
死者を生者として甦らすことはできないが、死んだ肉体を魔石に記憶させた形に戻すことは理論上可能だ。
魔術王だったころの姿を取り戻せれば、オデ様は魔術は使える。
そのとき魔力がどうなるかは出たとこ勝負だが……その時はおまえの力を貸せ」
「……それは成功するのか」
懐疑的にスミが問う。
いかに魔術王と呼ばれたころのトールが施した術とはいえ、死からの復活が成功するとは思えなかった。
「正直、わかんねぇ。
こればっかりは実験したこともねぇ。
過去の文献からオデ様流のアレンジを加えているが、それでも確証はねぇ。
だが、この身体がもってる魔力が良い方へ影響すれば、確率は跳ね上がる」
「だが失敗すれば……」
「言うな。このままじゃ
スミが口にしたネガティブな意見をトールが打ち消す。
「だが、仮に成功したところで、おまえの魔術でも彼女を救えるとはかぎらん。
あまりに分が悪すぎる」
「安心しろ、オデ様は分の悪い賭にほど強ーんだ」
止めるスミの言葉を振り払い、トールは笑って答えた。
◆
トールは床に落ちた魔具を手にとる。
それは死竜の身体に穴をあけた
転移弾を魔弓銃へとはめ込み、逆さにもち胸にあてる。
自らの死を前にトールの身体が緊張する。
「(できるできるできる)」
そう暗示をかけるが、引き金にかけた指は動かない。
「オデ様はアヴェニールを助けるんだ!」
決意を言葉にして出すが、それでも指は固まったままだった。
「助ける助ける助ける。
国の民に宣言したんだ、奪われたものを取り戻して凱旋をすると!
オデ様はやる!!」
そして指が動いた。
魔弓銃から魔弾が発射されると、強い衝撃と共にトールの身体に大きな穴が広がる。
心臓を中心とし、大きく穿たれた穴は巨体の向こうが覗けてみえた。
心臓を失ったことで血の巡りが止まる。
脳への血液も止まり意識が曖昧になる。
それでも激痛だけは身体を駆け抜けた。
「(いでえ、いでえ。早く、早く死ね俺の身体。
そして…復活するんだ……)」
だが、そこで予想外のことがおきた。
心臓という最重要器官を失ったにも関わらず、トールの身体はまるまるその部分を再生させたのだ。
これには流石のトールも驚いた。
「ばっ、ばかな。心臓が再生しただと!?」
今度は目に入った呪いの剣を手にする。
アヴェニールを死の淵に追いやった忌まわしき魔具だが、いまは回復を阻むその能力が頼りだ。
喉に剣を突き立て倒れ込むが、ヒビの入った剣はトールの身体に傷をつけることなく砕けちった。
「畜生!」
残された剣の柄を床に叩きつける。
「他には、他にはなにかないか!」
並べられた魔具に混ざり置かれていた小瓶を手に取ると、そのなかに封じられていた魔毒を喉に流し込む。
だが、激痛に襲われ、その身体を不気味な紫に変色させながらも耐えきってしまう。
「畜生、それなら!」
続いて、城に建てられた最も高い塔へとよじ登ると、そこから頭から飛び降りた。
頭蓋骨が砕け、中らから潰れた脳が飛び出してなお、トールの肉体は再生を始めた。
その回復力は
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!
オデ様よ死ね!!」
魔具を駆使して、どれほど肉体を傷つけても、トールの肉体はいつまでも死に至らなかった。
城中を血の海にし、身体中の肉片のすべてを新しいものに置き換わるほど傷つけても、なおトールの肉体は死を迎えることはない。
「死なない……死ねない……オデ様はもう死ぬことすらできないのか……」
そこでトールは今まで以上に、己の過去を悔やんだ。
禁忌の魔術に手をだしたことを。
自らの欲望の代償に、恐るべき魔力を手に入れたことを。
「ほわぁ、ほわぁ、ほわぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ――――――!!!」
城下町にまで響くほどの声で吠える。
「頼むスミ、殺してくれ。
おまえの聖剣なら、オデ様を殺せるハズだ。頼む」
「無駄だ。もう遅すぎる」
スミ首をふり、トールの要求を断る。
「そんなことはない!」
「見ろもう月が昇っている。
おまえの魔力は昼以上に強くなる。
昼に死ねなかったおまえが、夜に死ねるハズもない」
薄暗くなった空を指さす。
「そんなことで諦められるか!」
「それに彼女の姿を見てみろ」
アヴェニールの鼓動は完全に停止していた。
すでに、流れ出る血液は残っておらず、わずかな温もりすらも失われていた。
「だが、だが、だが、だが!」
少女の身体を抱き起こし、温めようと必死にこする。
それでも温もりは戻ることなく、その身体はなんの反応も示さなかった。
「あきらめろ。
彼女はもう助からない。いかなる術式を用いようと、一度死んだ人間が甦ることは決してないんだ!」
そこでトールは力なく崩れ落ちた。
「はわひゃひゃらりら……」
その口から意思の籠もらない言葉がこぼれ落ち、目からは暮雨のごとく涙をあふれ出させるだけであった。
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