第21話
「ふぅ、横やりに自滅とは、まったしまらねーオチがついたもんだぜ」
トールはズボンについたホコリを払うと、アヴェニールのもとへと歩いて行く。
「またせたな。アヴェニール」
トールはアヴェニールの身体を抱き起こす。
すると、意識を取り戻したアヴェニールがうっすらと目を開こうとした。
「……トール?」
だんだんとに開かれる目が、魔物であるトールに焦点を合わせる。
「おっ、おまっ……目が!? 目が見っ、見えるのか!?」
開かれた赤色の瞳に、醜い
「まだ、あんまり…でもだんだん見えるようになってきたわ」
長年願った自分の目が開かれようとしている。
そのことにアヴェニールは喜色を示した。
だが、トールはアヴェニールを拒み、その身体から手を離した。
「見るなぁ!」
「どうしたの?」
トールの突然の拒絶にアヴェニールが茫然とする。
「見ないでくれ、お願いだ」
頭を抱えその場にうずくまるが、トールはその場から逃げ出すこともできない。
脳内に街で彼を見下した女たちの目と言葉がよぎる。
そんなトールに、完全に目が見えるようになったアヴェニールがぽつりと漏らす。
「うわっ、醜い」
「うぎゃー」
その言葉にトールの心は破裂しそうになった。
「醜いってこういう時に使う言葉でいいのよね?
あたしはじめて使うわ。醜い醜い醜い」
「やめてくれ、見るなー、見ないでくれー」
トールは狂乱しながらも、その脳にある作戦を甦えらせていた。
『外見が悪いなら、相手の目を潰してしまえ』と。
顔をあげアヴェニールをみるトール。
アヴェニールは微笑みを浮かべたままだった。
その瞳はしっかりと彼に向けられている。
アヴェニールに向かい、震える手を伸ばそうとするトールであったが、彼女は微笑みながらにこう言った。
「なーんて、冗談よ」
「へっ」
「生憎と、私には人の外見の善し悪しがわからないのよ」
アヴェニールの声が冗談めかしたものへと変わる。
「ほんとうか?」
「うっそっ♪
見てるだけで、胸の奥のほうがムカムカしてくるわ」
「ぎゃー!」
「でもね、見た目なんて関係ない。
トールはとっても優しいもの」
「ほんとうか?」
「うっそっ♪」
「ぎゃー!」
繰り返し浮き沈みするトールの姿を見て、アヴェニールはご満悦といった表情だ。
「あははっ、嘘って楽しいね。
なんだか胸のつかえが取れて解放された~感じ」
「おまえ、まじ性格変わったな。
デレたんじゃなくて、性格変更だよ」
両手を組み、背伸びをするアヴェニールにトールがしみじみと呟く。
「あたしの方も、いろいろあったのよ。
だから、もっと明るくなろうかなって。それで、トールを参考にしてみたんだけど変?」
「俺ってそんな性格なのか?」
その性格に自分が影響していると思うと、複雑なトールだった。
「んじゃ、帰りましょうか」
「帰るって、どこへだ?」
まだおぼつかない足取りのアヴェニールを支え、トールがたずねる。
「もちろん森よ森、
お父様にもあたしが無事であることは報告したいけれど、まずはもう少しゆっくりしてからね。
目もならしたいし、ほかにもしたいことはたくさんあるから。
『
どうせそれはもう私の中にはないんだし、帰ってもお仕事の役には立てないわ。
だから、もうすこし遊んでいくの」
「遊んでくっておまえ……」
「悪い?」
アヴェニールがトールに顔を近づけ微笑む。
その笑みは無邪気のようでいて、抗いがたい力をもっていた。
「いや、そんなことはねーけどよぉ」
「そうだ、実家への挨拶はちゃんと来てくれるわよね?
私の王子さま。いえ王様かしら?」
「いやー、それは……ちょっとなぁ」
突然の展開にトールは動揺する。
魔物になり一〇〇年の時を生きた彼だが、その間にも、前にも結婚などを考えたことはなかった。
「んっ、まぁ、いいか。
んじゃ、アヴェニールも取り返したし凱旋だ!」
アヴェニールの身体を抱きかかえるトール。
その身体に触れてももう不幸は訪れない。
「やれやれ」
仲むつまじいふたりの姿にスミが目をそらす。
「そうだ、途中でちゃんとペンダントも直してきてやったんだ。
いま付けてやるぜ」
アヴェニールを一度その場に降ろすと、トールはズボンの中をあさる。
しかし、ペンダントがなかなか見つからない。
「あれ、村で直したあと、たしかに受け取ったんだけどなあ……どこ入れたっけ?」
そんなトールの背に、不意にアヴェニールが抱きついた。
「なんだよ。おっぱいならあとで好きなだけもんでやるぞ」
照れ笑いをしながら言うトール。
「トール……ごめん。やっぱり
アヴェニールの口から一筋の血が流れる。
彼女の背後には折れた剣を握りしめたレーヴェストの姿があった。
◆
トールを狙い突き出されたレーヴェストの剣は、アヴェニールの胸を背後から貫いた。
しかし、折れた剣先ではトールの身体を貫くには至ってはいない。
「王が、王がいなければこの国は……。
兄様もいないのに、いったい私は誰の指示に従えば……」
虚ろな瞳で支えを失ったレーヴェストが呟く。
国を守るために必死で働いていたレーヴェストであるが、自ら率先して動き、民の命を背負うには鍛錬がたりない。
その心の弱さが彼女を暴走へと導いたのだ。
「おまえがいなければぁぁぁ!!」
王の死はトールのせいであると、アヴェニールから剣を引き抜き、再びトールに斬りかかる。
その身体を鎧姿のスミが押さえつけた。
「くっ、なぜこんなことに」
「神具だ……神具がなくなったせいで、これまでアヴェニールが大量に抱え込んでた魔力が拡散しちまったんだ。
そのせいでこれまでこいつを守ってた強運も……」
トールが茫然としながらも状況を分析する。
彼女は目の見える世界と引き替えに、それまで身を守っていた強運を失ったのだと。
「まだ、間に合う早く治療を!」
スミが一角獣に変身する。
そしてアヴェニールの傷を癒やすため治癒魔法を発動させる。
「なんて、馬鹿なことをするんだよぉ。こんな折れた剣、オデ様なら斬られても平気だったのに……」
「ごめんなさい」
口から血をこぼしながら謝る。
「喋るなアヴェニール」
「スミさんもごめんなさい。
いろいろ手間ばっかりかけさせちゃって。
目が見えるようになっても迷惑かけっぱなしね。あたしったら……」
「そんなこと気にすんな、すぐに身体で払ってもらう。
めいいっぱい利子付けて永遠に払い続けて貰う。だから死ぬな」
「あはっ、それってプロポーズ? トールらしー……でもちょっとロマンチックさに欠けるか…な」
スミが懸命に治癒魔法を使うが一向に傷は塞がらない。
「くそっ、剣の呪いか。すでに魔力を使いすぎて出力が足りん。呪いを上回るだけの力が必要だ」
そうしている間にもアヴェニールの小さな身体からは血がどんどん流れ落ちていく。
「魔具、魔具を」
慌ててズボンにしまわれた魔具の数々を取り出す。
しかし、自己再生が出来るせいで、回復の魔具を用意してはなかった。
いざとなれば、スミの魔法もあると用意を怠ったのだ。
「邪魔になってごめんね」
「邪魔じゃない。
おまえのおかげで、オデ様はあの陰気な森から出てこられたんだ」
光を得たハズの少女の瞳が、再び闇に犯されていく。
「楽しかった…わ……」
「そんな、最後みたいなこと言うんじゃない」
「あなたの顔も見られたし、思い残すこと…は……」
「黙ってろ」
やがてアヴェニールから流れ出す血の流れは止まった。
彼女にはもう流す血も言葉も残されていなかった。
「……もうダメだ」
スミが奥歯を噛みしめる。
「ダメってなんだ、なんとかなるだろ。
いやなんとかするんだ。
血くらいなくったって補充してやる。
身体が冷たくなったならオデ様が温めてやる」
あたりに散らかした魔具を睨みつけアヴェニールを救う方法を検証する。
「(何か手があるはずだ、何か)」
焦げ付くほど脳を回転させる。
スミの魔法は効かなかった。
今のトールには魔法はおろか魔術すら扱えない。
「(それでもなにか手があるはずだ。考えろ、応えを導き出せオデ様の頭)」
そして、トールは並べた魔具の中にひとつの可能性をみつけた。
それは魔物化する以前のトールを写した魔石だった。
「(あった、これなら……)」
だがそれは、トールですら禁忌とした最終手段であった。
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