第19話(後)

 それは天に届くほど高く伸びていた。

「まさか、どうしておまえがどうしてその術を!」


 驚愕するトールにハズー王が答える。


「ははっ、我こそはドロス。

 国を奪われた哀れな王よ。

 だが、今はワシは新たな力で世界を手にする真の王となる」


「ドロスだと、あのハゲ王か!?」

「誰がハゲじゃ!

 なにその腕輪は……まさか『愚者の黄金』?

 貴様、それをどこで手に入れた」

「こいつは一〇〇年前からオデ様のもんだぜ、嫌われ王!」


 トールは自らが奪った国の前王に言ってのける。


 ドロスはトールに王座を奪われたあと、その後も権力の一部を維持したままトールの側にいた。

 そして、トールの魔術の才に舌を巻きながらも、自らもその術を模倣し力を得ていた。


 そのことにトールも気づいていたが、自らの下についた者が力をつけるのを止めはしなかった。

 どちらにしろ、自分が相手を上回ってればよいと考えたのである。

 弱肉強食はトールの望むところであった。


 トールは魔術の塔崩壊後、臣下はみな魔物となり、知能を失なったと思っていたがそうではなかった。

 ドロスがハズーの王として君臨した詳細まではわからない。

 だが、かつてトールが成し得たことを、黒森妖精ダークエルフとなったドロスが行ったとしても不思議ではない。


「考えてみりゃ、噂が外にでている時点で生き残りがいることは確定してたのか」


「はははっ、久しいな強奪者よ。

 聖騎士パラディンに討たれ死んだものと思っていたぞ」


「はっ、生憎とオデ様は不死身なんだよ。

 それよりズリーぞ、てめぇだけ格好いい姿に変わりやがって」


「貴様は相応の恰好に変貌したな。

 お似合いだぞ。

 されど、これ以上貴様に構っている暇はない。

 大人しく地獄にいけ!」


 トールを地獄へ送ろうと、両手のうちに魔力を集中させるハズー王。


「そうはさせん!」

 そこへ、スミが騎士の姿となりハズー王に斬りかかる。


 だが、無言のレーヴェストが半分に折れたままの『確殺カース』を用いてそれを阻む。


「ちぃ、邪魔だ!」

「『暗黒装衣ダーククロス』」


 レーヴェストは自らの秘奥義を惜しげもなく使い、スミの迎撃にあたる。

 彼女の身体を闇の触手が覆い、敵対者であるスミに襲いかかる。


「なんと貴様までいたとはな。

 聖騎士パラディンよ、いかなる理由があって自らが刃を向けた男と行動を共にする」


「貴様の知ったことではない」

 ハズー王を狙うスミであるが、レーヴェストの守りを突破することができない。


「遅いと言ったろう。

 すでに魔力供給は始まっている。

 いかに貴様といえど、いまのレーヴェストを倒すのは容易ではあるまい」


 レーヴェストから闇の触手が無数に伸び、スミに襲いかかる。

 触手はスミの剣で払われるとすぐに散るが、すぐに再生されてしまう。

 魔力を帯びたレーヴェストの動きは、以前よりも格段に向上していた。


「くくくっ、女相手に苦戦をしているようじゃな聖騎士パラディンよ。

 それともなにか、大義がなければ女は斬れぬか」


「だまれ外道が!」

 言うもレーヴェストの攻勢をスミは押しかえすことができない。


 ドロスはスミからトールへと視線を移すと、手にしたコインをさらしてみせる。


「簒奪者よ、これがなんだかわかるか?」

「なんだそりゃ?」


 その手に掴まれたコインはトールの知識をもってしてもわからぬものだった。


「これが『真実の口トゥルースマウス』じゃよ。

 だが、おヌシが知らぬのも無理はない。

 これは魔具ではないのだからな」


「魔具じゃないだと。まさか?」

「そう、神の力を得る神具だ。

 長年、神具を宿したこの娘の身体には、異空間に封じたレーヴェストなど、比べものとならん魔力を蓄えられる。

 暴走する心配もなく、その身を魔に堕とすこともない。

 まさに選ばれし聖女よ。

 もっとも、その清らかすぎる身体に触れれば、並の人間はみな死に絶えるがな」


 種明かしをするようにドロスが語る。


「長年、神具を身体に封じていたせいで、魔力に対する容量が大きくなったのであろう。

 その娘の魔力は人の身としては大きすぎるほどだ。

 魔女と呼んでも差し支えがないだろう。

 だが、それでも神具を常時発動させるには魔力が不足になる」


「魔力の消費を抑えようと、無意識のうちに自分で目を封じてたっていうのか」


「それだけではない。

 足りぬ分を補うために身近な人間から頻繁に奪っていたのだ。無意識とはいえ罪なことだ。

 特に僅かでも身に危険を感じると、過剰に接触者から魔力を吸収する。

 例え魔術を使わぬ者でも魔力を奪われれば、勘が鈍り体調も悪くなる。

 必然的に運が悪くなると感じることじゃろうて。

 ただ、それだけのことで、普段は起こらぬことが起こりやすくもなる」


「たかだか嘘を見抜くだけの道具にそんな魔力は必要じゃねーだろ」

 トールはドロスの説明を否定する。

「嘘を見抜くだけではない。

 その口は嘘を撤回し、真実を吐かせることを要求する。

 無論強い意志をもてば逆らうことも出来よう。

 だが、並のものにはそれは敵わぬ」


「けっ、まるで趣味の悪い呪いだな」

「ああそのとおりだ。

 だが、神の所業など、人間にとっては呪いも同じ。それは身をもって知っておろう?」


「はっ、テメーとはいらねー場所で気があうぜ」

「クククッ」


「だが、つまり神具を取り除いた今なら、あいつは上手いことハッピーエンドを迎えられるってんだ」

「それはおまえがワシに勝てたらの話だ。

 魔王の剣と接続され、多大なる魔力を得ているワシが、岩鬼人トロールとなった貴様ごときに負けるわけがあるまい!」


「はっ、そりゃこっちの台詞だ。

 てめーごときがラスボスとは肩すかしもいいとこだ。

 一瞬で捻ってやんぜ!」


   ◆


轟雷神罰砲トゥール・ハンマー!」


 巨大な雷が放たれ、トールの巨体を撃つ。

 トールは盾へと変形させた愚者の黄金フール・ザ・ゴールドで受け止めるが、発生した電撃の余波が盾の周囲を伝いトールの身体を焦がす。


「くっ」

 ドロスは魔物として魔法を使いながら、魔術も扱える。

 さらには無尽蔵ともいええる魔力を補給されては、いかにトールであっても劣勢を強いられる。


炎魔神の抱擁イーフリート・ハグ!」

 女型の炎の巨人が空気を焼きながら現れると、トール身体を抱擁する。


氷狼牙舞陣フェンリル・ダンシングフィールド!」

 無数の氷片が現れると、それぞれが意志を持った弾丸のごとく不規則に飛翔し、トールの身体へと突き刺さる。


「げぼはぁー!」

 続けざまに放たれるドロスの魔法に、トールの身体が傷ついていく。

 だが、その度にトールの身体は再生を繰り返すが、反撃の隙すら見いだすことはできない。


「しぶといな、魔物に堕ちてもさすがは魔術王といったところか」

 得たばかりの魔力を試すようにしながら、トールをなぶるドロス。


「(ちくしょう、月さえでてれば『血まみれの騎士団ブラッディー・ナイツ』でぶっとばしてやるのに)」


 空にはまだ太陽がサンサンと輝いている。

 いかにトールでも常に最大攻撃を発することはできない。


「なるほど身体に秘めた大魔力を再生の魔法のみに向けているのか。恐ろしいほどの回復力だ。

 しかし、それは無駄に苦しみを長引かせるだけのものにしかすぎんな。

 そろそろその滑稽な顔にも見飽きた。幕を下ろさせて貰うぞ」


 勝ち誇ったドロスが見下した笑みを浮かべる。

 そして、より強大な魔法を放とうと、その頭上に大量の魔力をあつめる。

 足を氷の槍で貫かれたままのトールはまだ動けない。

 スミもレーヴェストに圧倒されたまま、助けにいく余裕はない。


「地獄の七神よ、その罪悪の名をもって神の領域を汚せ……」

 それまで以上に強力な魔力がドロスの周囲にあつまる。


「これで仕舞いだ」

 だが、悠然と魔法を放とうとするドロスの背後に、小さな影が現れた。


「そうだね、そろそろお仕舞いにしよっか。

 ピキもいい加減、見学に飽きちゃったし」


「なんだと!?」

 不意に背後から発せられた声にドロスが慌てて振り返る。


「ちょっきんきーん」

 そうピキが手にしたステッキを振るうと、アヴェニールから供給されていた魔力がドロスに届かなくなる。

 そして集めた魔力は、その手から放つ間もなく拡散していく。


「馬鹿な!?」

 我が身に起きたことが信じられずドロスが目を見開く。

 驚愕するドロスに構わず、ピキは己の目的を遂行する。


「じゃ、バイバイのバイ♪」

 水平に振られたステッキがドロスの頭を首から落とした。

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