第19話(前)

「ふい~、ようやく抜け出せたな」

 トールたちが異空間から脱出すると、そこは城の中であった。

 しかし、人の気配はなく、城内は静寂につつまれている。


「さて、余計な時間を食ったし、急いでいくぜ」

 ふたりはここまでくればどんな姿でも問題ないと、魔物の姿のまま城の奥を目指し走りだした。


「太陽はまだ高い位置にある。

 時間はあまり経過していないようだ」

 窓から外を確認したスミが言う。


「しかし、誰もいねー城だな。

 正面突破してもよかったんじゃねーか?」


「たしかに不自然なほど誰もいないな。

 あるいはこれも罠なのか。

 とにかく我々があそこを脱出したことは気付かれているハズだ。先を急ぐぞ」

「ああ、罠があってもぶち壊すだけだ」


 廊下を突き当たりには巨大な扉があった。

 トールがその怪力をもって扉を押し開けると、そこには広い空間だった


 その最奥の玉座にはフードで顔を隠すハズー王の姿があった。


「魔物風情に、ここまでの侵入を許すとはな」

 ローブ姿のハズー王が、肘をついたままつまらなそうな声をあげる。


「もっとも、魔物が人間の城に踏みいる理由はないか。

 貴様らもレーヴェストと同じ魔力を宿した人間あたりか」


 魔術師でもあるハズー王はトールとスミの姿を見ても動じはしない。


「城の中すっからかんにしといて、何寝ぼけたことぬかしやがる」

「はて、空ということはないのだがな。

 配置した連中は役にたたなかったか。まぁ、これから始まる大事に、途中で邪魔が入るよりはマシではあるな」


「それでオデ様たちを通してちゃ本末転倒だ」

 彼らの通ってきた道を振り返れば、街の巡回のほうが城の警備よりも厳重なほどに思えた。


「どのみちただの兵では大した足止めにもならんかったろう。

 ならば、無能な味方は敵よりもタチが悪い」


「それについては同感だが、だからってオメーが有能って保証にはなんねーな」


 トールがハズー王を挑発する。


「魔法も魔術も使えん岩鬼人トロール風情がよくほざく」

「魔術なら使えんぜ!」


 舌戦を切り上げたトールが杖状の魔具を振るうと、竜の吐息の如き炎が溢れ王の身体を襲う。

 しかし、炎は王のローブをなびかせただけで、焦げ目ひとつ作ることはなかった。


「ふん、魔具にこめられた力など所詮はその程度よ」


 トールの扱う魔具は強力なものであった。

 にもかかわらず、それはハズー王はそれを造作もなく防いでみせたのだ。

 普通の人間にできる芸当ではなかった。


「まさか魔法か!?」

「その通りだよ」

 驚くスミの言葉をハズー王は肯定する。


「異空間に繋いだレーヴェストは殺したようだが、この程度のこと自前の魔力で十分だ」


 ならばと、スミが額の角より光線を放ち攻撃する。

 しかし、その間に割り込むように影が現れ、それを防いでみせた。


 それは布を巻き付けたような衣服を着たレーヴェストだった。


 顔から仮面は外されているが、晒された額には以前はなかった複雑な紋様で埋められている。

 感情の籠もらない緑色の目で侵入者をとらえている。


「遅いぞ、レーヴェスト」

「申し訳ありません、しかし準備は整いました」


「そうか、大義である」

 フードの内側に邪悪な笑みが浮かぶ。


「おう、偽物レーヴェスト。

 本物にあってきたぜ、妹のおっぱいを俺様のテクでしっかり育ててくれってよ」


「私が本物のレーヴェストだ」

 抑揚のない声で言うレーヴェストにトールが不満を漏らす。


「どこが優しげでかわいげがあるんだか。

 身内びいきにもほどがあるんじゃねーか?」

「額の紋様の影響だろう。

 使命に余分な感情を抑制しているんだ。

 以前は仮面に仕込んでおいたものを、今度は直に額に書き込んだのだろう」


「ふっ、幻獣風情がよく見破る。

 だが、おまえらはここに辿り着くのが遅かった。みよ!」


 ハズー王が手を掲げると、その先には宙に浮かぶアヴェニールの姿があった。

 白い衣装に身を包み、両腕を光る輪に繋がれぶら下げられている。


「ちっ、拘束好きなじいさんだ!」


 トールがアヴェニールの元へ走ろうとするが、不可視の障壁が立ちふさがる。


「言ったであろう、すでに遅いと!」


『ふんばるぐ、ふんばるば、ふんばるるん!』

 王が両手を広げ呪文を唱える、その両手を叩くように合わせると城の天井が開く。


 それにあわせて床に描かれた広大な魔術陣が光りだす。


「させるか!」

 再び魔具を振るい、炎がハズー王の身体を襲う。


 儀式に集中している今なら、防御はできないと踏んだのだ。

 だが、炎にさらされたハズー王はそのローブを燃やしながらも無傷であった。


 フードが焼け落ち、その下から現れた顔はレーヴェストと似た褐色の肌を持つ若い男のものであった。

 その耳の先が人間とことなり尖っていた。


「王が魔物、それも闇森精人ダークエルフだと!?」


 ハズーの王が人に酷似した魔物であることに驚くふたりであったが、ハズー王は構わず儀式を続ける。


『ふんばるぐ、ふんばるば、ふんばるるん! いでよ魔王の剣!!』


 すると、空の色に溶けるような半透明な塔があらわれる。

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