第9話(後)

 だがしかし、レーヴェストの放った光輪はトールに届く前にかき消された。


「なにっ!?」


 渾身の魔術の不発に動揺するレーヴェスト。

 魔術を失敗したのではない。


 発動した魔術を何者かにかき消されたのだ。

 それは並の力量ではできることではない。


 そんなレーヴェストとは裏腹に、トールは何が起こったのかを把握していた。

 遅まきながらにやってきた相棒に声をかける。


「スミおせーぞ」

 トールの視線の先には、四肢を大地につけた一角獣の姿があった。


「これはどういうことだレーヴェストよ。

 貴様は娘を迎えに来ただけではないのか」


「これはこれは一角獣ユニコーン殿。

 私は救出を拒む魔物を追い払おうとしただけです」


 レーヴェストは冷静さを取り戻し、スミに弁解をする。

 この場でトールだけでなく、スミとまで対立することは避けたかった。


「その男を傷つけたことはどうでもいい。

 だが、話もせぬまま別れるというのは、やはり互いに心残りになろう。

 すまぬがアヴェニールと別れを告げさせてもらえぬか?」


 スミは疑いの籠もった声でレーヴェストに問う。


「それは……できかねます」


 スミをどうするか躊躇するレーヴェスト。

 彼の魔術を打ち消したスミの魔法は並の力ではない。


 トール一人なら力尽くで突破できると思っていたが、さすがにスミほどの力量の相手と連戦をするのは想定外だ。


 しかし、スミは逃げ腰なレーヴェストに逃がす気はないと宣言をする。


「そうか、ではこのような言い方は流儀ではないのだが……力尽くでいかせてもらう!」


 スミが額の角に意識を込めると、強い光線が放たれる。


 レーヴェストはとっさに服の隙間から、左腕に描かれた魔術文字をさっとなでる。

 すると、瞬時に魔術障壁が張られスミの攻撃魔法を防ぐ。魔法の余波があたりに被害をもたらすが、レーヴェストの身体には傷一つついてなかった。


「魔術は人がその技術をもって魔法の力を真似たもの。

 しかし、魔法の力こそがオリジナルだとしても、人の技術はそれをも上回るのですよ」


 レーヴェストの言動は虚勢であったが、魔法を主体として闘うスミにはそれは有効に思われた。

 魔法さえ防いでしまえば、一角獣の身体で行える攻撃は体当たりか、後ろ足による蹴りだと考えたのだ。

 どちらもレーヴェストには脅威にならない。


 レーヴェストの思惑どおり、スミは魔法によるレーヴェストの攻略を選択から外す。

 だが、それはレーヴェストに有利な状況になったわけではなかった。


「笑止、その程度のことで調子にのるな!」

 スミの身体が光に包まれると白い馬体は消え、波打った髪の隻眼の男がその場に現れる。


 恵まれた体格を純白の金属鎧で覆い、さらには一角獣の意匠がほどこされたサーベルを右手に構えていた。


 男は手に下サーベルで鋭い突きをくりだす。


 レーヴェストは辛うじてそれを『確殺』で受ける。すると剣同士が反発しあうような嫌な音が響いた。


「速いっ。それになんだその剣は。

 魔具を拒むとは……聖剣だとでもいうのか」


「よくぞ我が一太刀をしのいだ。しかし脆弱ぜいじゃく!」


 続けて放たれた一撃も辛うじて受けるレーヴェストであったが、豪腕を受け止めた手にはしびれが走る。


「(なんということだ、この私がたった二太刀で追い込まれるとは)」

「レーヴェストよ、アヴェニールをさらい、何を目論んでいる!」


「(くっ、もっと迅速に行動していれば)」

 スミの問いには答えず、自らの行動の緩慢さを悔やむ。

 もっと手早くアヴェニールを捕まえていれば、こんな状況に陥ることはなかったろうと。それでも彼はアヴェニールを諦める気はなかった。


「その剣筋、正規の訓練を受けたものだな。

 魔術師でありながら、正規の剣術も扱えるとは随分と良い育ちのようだな」

 スミが剣を交えながらにレーヴェストの素性を探る。


 魔術を極めるには素質の他にも長い時間が必要となる。

 レーヴェストほどの若さで修めるには並大抵の努力ではなかったろう。


 魔術書や道具を得るために大量の資金も必要である。

 そこから剣術まで覚えようとする者はまずおらず、ましてや両方を一流の域まで高めるのは困難を極める。

 それを考えればおのずと出自は限定される。


「それはこちらの台詞ですよ。

 あなたこそ何者です。

 一角獣ユニコーンに化け、魔法を使う人間など聞いたことがありません」


 軽口を叩きながらもレーヴェストは焦っていた。

 一度は魔法を防いでみせたとはいえ、もう一度防げる保証はない。


 それでいてこちらの魔術は問答無用で防がれる。

 剣術も手にした剣の力も相手が上だ。


 このまま策もなく戦い続ければ、負けるのはレーヴェストのほうである。


「(この男には岩鬼人トロールのような馬鹿げた回復力はないハズ。

 ならば『八頭蛇ヤマタノオロチ』を使えば……。

 だが、持ち替えてはこちらも剣撃を防ぐことができなくなる。どうする!?)」


 レーヴェストの迷いを読み取り、スミが渾身の一撃を放つ。

 辛うじて攻撃を受けるレーヴェストであったが刀身にヒビが入る。


「しまっ」

 さらにバランスを失ったレーヴェストに、スミが追い打ちをかける。


 しかし、その剣はレーヴェストの胸を貫く直前で動きを止めた。剣の先にはアヴェニールが封じられた水晶がかけられていた。


「アヴェニールっ!?」


 気づかずあと半歩、スミが踏み込んでいたら、彼女を傷つけていたかもしれない。

 そこでわずかに動揺した。


 レーヴェストはスミにできた刹那の隙をみのがさなかった。


「『蜘蛛の投網スパイダーネット』」

 手早く詠唱を終えると、魔術の投網でスミの動きを封じる。


「彼女をどうするつもりだ!」

 魔法の網から抜けだそうとするスミだが、それは容易ではなかった。


「別に命を奪おうというわけではありません、その力を借りるだけですよ」

「力だと!?」


「この地にいるあなたたちにならわかるかもしれませんね。

 ですが、それに私が答える理由はない」


「(まさかこの者はあれを行おうというのか?)」


 服の隙間から、鎖骨のあたりをなぞると、レーヴェストの身体が宙に浮く。


「では、こんどこそ」

 夜空に消えようとするレーヴェストをまだ追う者がいた。


「ちょっとまったぁ!」

 それは天使の羽エンジェル・ウィングを装備したトールだった。

 足から大量の血液を流したまま飛翔する。


「まだ来ますか、しつこい!

 しかし、直線で来るとは愚かな!」


 レーヴェストの魔術に構わず、トールが水晶めがけて手を伸ばす。

 しかし、それよりも先に光輪の魔術が完成する。


「『光輪ヤツザキコウリン』」


 レーヴェストの手から放たれた光の輪は、こんどこそそれはトールの身体を引き裂いた。


 だが、トールの勢いに押されたレーヴェストは、狙った頭を外してしまう。

 それでもトールの肩から胸までを引き裂き、背中の魔具までも破壊する。

 千切れかけた腕を懸命に伸ばすが、重力は彼の身体を離しはしなかった。


「アヴェニーーール!!」

 トールの絶叫が色のない森に木霊こだまする。

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