第9話(前)
トールがその場に辿りついたのは、レーヴェストがアヴェニールを手中に収め、立ち去る直前だった。
「なんだてめぇ、オデ様の城でなにしてやがった」
「あなたがトールですか。
生憎と私は急いでいるものでこれで失礼させていただきますよ」
「待て、オデ様の名前をどこで聞いた」
「さてどこだったでしょう」
「すっとぼけてんじゃねぇ、おまえがスミの言っていたアヴェニールを連れてこうってヤツか。
あいつがいないところを見ると、連れ帰るのはあきらめたか?」
「はい、私が現れると、彼女は城のどこかにお隠れになってしまいました。
説得を試みたのですが、いつまでも出てこず、さきほど諦めたところです」
レーヴェストは抑揚のない声で嘘を並べる。
アヴェニールが相手でない以上、互いの事情を知らない者同士、嘘を見抜かれる心配は薄い。
それに、ここで余分な時間をとるのは本意ではない。
「あいつは目が見えないんだ。
こん中がいくら広いとは言え、かくれんぼなんてできるハズはないだろ」
「なにやら魔具を使用して大猫に化けました。
いかに猫とはいえ、あのような大きさでは、さすがに私の手にはあまります」
トールの疑いの眼差しを平然と受け流し応える。
それも事実に合わせた嘘で、真実みを増している。だが、トールはそれを信じない。
「ってことは、おまえは逃げられるような、ヘマをしたわけか」
「そんな滅相もありません。
ただ、彼女は挨拶もなく別れるのは嫌だと。
されど私にも時間がありません。
この森に長居しないことも
「で、結局おまえはあのポヨンポヨンおっぱいに触れぬまま帰ろうとしていたと?」
「はい、本人が嫌がるのを無理強いすることはできませんから」
下品な言い方に感情のない声で応えるレーヴェストに、トールは「
レーヴェストの身体がわずかに硬直した。
「
レーヴェストの反応にトールがニヤリと笑う。
「どうしてわかりました?
カマをかけたわけでもないようですが」
嘘を認めるように、レーヴェストはたずねる。
「いやハッタリだぜ、半分はな。
ただ、おまえみたいな魔物にまでいちいち説明するような律儀なヤツが、手ぶらで平然と帰るわけがないと思っただけさ」
「なるほど、確かに」
トールの推理にレーヴェストがわずかながらに感心をする。
「それに、おまえはオデ様の魔具の探知からすりぬけてやがる。
只者じゃねーってのは最初から感じていたさ」
「それであなたは私を、どうするつもりですか?」
「もちろん、アヴェニールを返してもらう。
どこへ隠した?」
「それを私が言うとでも?」
自らの倍はあろうトールの要求をレーヴェストは平然と拒否する。
「なに、ここでの問答は様式美ってやつさ」
トールは不敵に笑うと、左腕に巻いた黄金の腕輪を金棒へと変化させる。
そして大きく振りかぶり、レーヴェストに襲いかかった。
だが、それをレーヴェストは危なげなく回避する。
「みかけに似合わず素早い身のこなしです」
「手堅くかわしておいて、シレッと言ってんじゃねー」
トールの一撃は大地に大きな穴を穿っただけだで、レーヴェストの服にすら触れていない。
レーヴェストはトールから距離をとると、腰の柄に手を握りそれを引き抜く。
それは剣と言うには異端な姿をしていた。
一般的な剣の姿とは大きく違い、その刀身は複数の薄いリボン状の金属でできていた。
その表面には魔術で扱われる文字が書き込まれている。
「魔具かっ!」
「魔具『
この刀身に触れれば、その肌がどれほど硬かろうと意味はありません」
レーヴェストが奇妙な剣を振るうと、八枚の薄い刀身が伸び、それぞれ別方向からトールに襲いかかる。
回避先を封じられたトールは、あえなくその刀身にからみつかれ捕まってしまう。
身体中が魔具に締め付けられる。
しかし、トールはその力に平然と耐えてみせた。
「こんくらいでオデ様がどうこうなるかよ」
全身に力を込め、巻きついた金属の刀身を引きちぎろうとする。
だが、それよりも先にレーヴェストが魔具に秘められた力を発動させる。
「生憎と『八頭蛇』は引き裂く武器であり、獲物を潰す武器ではありません」
その宣言どおり、その刀身が引かれると、表面にちりばめられた、おろし金のような無数の刃がトールを無残に引き裂いた。
「おまえの命になど興味はない。
だが私が去るまでの間、足止めはさせてもらう」
血まみれのトールに勝利を確信したレーヴェストであったが、トールは戦意を失ってはいなかった。
身体中の皮が引き裂かれたのをものともせず、金棒で殴りかかる。
驚くことにレーヴェストが与えた傷はごく短時間の内に塞がりつつあった。
まさかの反撃に、虚をつかれたレーヴェストの回避が遅れる。
直撃こそしなかったものの、僅かにかすった仮面が粉砕される。
若く流麗なレーヴェストの顔が月下の元にさらされる。褐色の顔には細く釣りあがった目は緑の色を帯びていた。
「けっ、イケメンかよ。てっきりツラ隠してるから、お仲間かと思ったのによ。
イケメンは死ね。氏ねじゃなくて死ね!」
レーヴェストの顔をみたトールが罵声をあびせる。
「
大人しく死んだフリでもしていれば見逃したものを!」
仮面を失ったレーヴェストに人間味が現れる。
レーヴェストは外套を外し、身軽になると再び奇剣を振るう。
八本の刃が大気を引き裂き、再びトールの身体へと巻き付く。
そして、今度はより深くその肉を引き裂いた。
大量の肉片が緑の血とともに飛び散る。
その傷は骨を露出させるほど深い。
しかし、それでもトールは動きを止めなかった。
「効かねぇ!!」
トールは咆哮し、レーヴェストに襲い掛かる。
いかに魔物で、いかに無尽蔵の体力と回復力を持っているとはいえ、効いていないわけがない。
命を失ってもおかしくないほど深手だ。
それでもトールは強靱な精神力で痛みを押さえ込む。
すると、みるみるうちに傷が塞がり始める。
「なんという回復力。
トールの姿に気おされながらも、レーヴェストはとっさに武器を持ち変える。
そして反った刀身の剣を抜くと、まだ傷のふさがりきらないトールの足首を一刀のもとに切り飛ばした。
その場に崩れるトールだが、金棒を使い身体を起こそうとして、自らの身体に起きた異変に驚く。
「なんじゃこりゃ、傷が回復しねぇ!?」
「魔剣『
この剣で斬られた傷は決して癒えることはない。
元々魔具として込められた魔術に、大量の人間を殺めたことにより、剣そのものが呪いを帯びたのだ。
さすがにその醜い胴体を両断するほどの威力はないが、これで動くことはできまい」
斬られた足首を必死に繋げようとするトールだが、傷は一向に塞がらない。
「ではとどめです。
流石に頭を割れば回復もなにもあったものではないでしょう」
レーヴェストが巻かれた布の隙間から右腕をなぞると、そこに淡い光を放つ魔術文字が現れる。
「光よ、我が手に集いて、敵を葬る刃となれ」
呪文に呼応するように、褐色の肌に鎖のように巻かれた魔術文字が発光する。
「(げっ、こいつ全身に魔術文字を埋め込むことで、魔力を増幅させてやがる)」
「『
レーヴェストの作り出した光輪が、高速で回転し動けぬトールへと放たれる。
刃をもった光の輪が、月よりもまぶしく光り闇を斬り裂く。
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